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神からの挑戦編
悪魔が帰る時
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「クソッタレ」
孝太郎は大樹寺の帰還を告げるニュースとそれに伴うロシアの庇護を知ると、力いっぱいに拳を叩き付けた。
拳を机の上に叩きつけた際に生じる音が虚しく夕刻の部屋の中に響いていく。
既に定時が過ぎたこともあり、午前から夕方までの勤務に就いている仲間たちは大抵が各々の家へと引き払っていた。
夕刻から早朝にかけてまでの勤務を行う仲間たちはまだ警視庁内に着く時刻ではない。それ故にこの時間は孝太郎が一人で深夜の課長代理に渡すための資料を作成する時間になっている。本来であるのならば引き継ぎの書類作成にはもう少し多くの時間を必要とするのだが、既にオーバーロードとなり、人間を超えた孝太郎にとって引き継ぎ事項を記した書類を作るなど従来の人間が扱うのに必要な時間の三分の一程度の時間しか必要としなかった。
それ故に書類を早々に仕上げ、誤字脱字の確認や書類全体に間違いがないかなどの基本的な見直しを終えた後は自由な時間となる。そのため暇つぶしの目的で孝太郎は一日に起きたニュースを確認していた。一日のうちのなんてことはない時間になるはずであったが、そのニュースは孝太郎の気持ちをそんな浮ついた気持ちから地の底へと叩き落とすのに十分であったのだ。
机の上で拳を震わせる孝太郎の脳裏に21世紀の初頭に起きたあの忌まわしい出来事が頭をよぎった。
21世紀初頭、当時のロシア大統領が無茶苦茶な理由をつけて、国境の国へと侵攻した事件である。
これに関しては資料のみならず当時の記録映像などを通して三百年もの間、人類が行った最も愚かな行動の一つとして記録されている行動だ。
24世紀の今日においてそのような暴挙に出るなどということになろうとは思いもしなかった。
だが、ここで一つの懸念が発声する。それはロシア帝国に対する個人的な怒りな念を置いておいても仲間であるマリヤが白眼視されるかもしれないということである。
これに関しては孝太郎が自身の部署にはそうした風評被害を根絶するように動いていたから上手くはいったが、それでも一部のところではマリヤやロシア系の住民に対する当たりが強くなってしまったらしい。
本来であるのならば憎むべきはロシア帝国とそれに追随するバプテスト・アナベル教というカルト宗教団体だというのに、そのことが人々には理解できないでいるのだろうか。
孝太郎が沈痛な表情を浮かべながら頭を抱えていた時だ。
扉を叩く音が聞こえた。仲間の誰かだと思って少々億劫な様子で声を返した時だ。
孝太郎にとって意外な人物が顔を見せた。
「久し振りだね。孝太郎さん」
「お、お前は……」
予想外の人物の登場に孝太郎は思わず言葉を失った。
済ませた表情にどこか達観したような顔に小柄ではあれども堂々とした佇まい。
見間違えることも忘れるはずもあるまい。バプテスト・アナベル教の教祖大樹寺雫本人であった。
彼女がどうして警視庁などという場所にまで現れたのだろうか。侵入時に機械を壊しだというのならばこれまで警視庁内に仕掛けられた警報装置に引っ掛からなかったことには説明がつく。
だが、現在の時刻は午後六時。全員が帰宅するにはまだ早い時間だ。堂々と入ってきたのならば誰かが気が付いたはずだ。
いや、そうでなくても孝太郎が少し声を上げるだけで大樹寺はたちまち警察の御用になってしまうのだ。
どうして、そのような危険を犯してまで警視庁にまで乗り込んできたのだろうか。
孝太郎が威嚇のために武器保存から六連発の回転式拳銃を取り出し、招かれざる客人に向かって拳銃を突きつけたのだが、彼女は意に返す様子も見せずに不気味な笑顔を浮かべながら自らの目と鼻の先に突き付けられていた銃口を手で下ろさせ、孝太郎の近くへと迫っていく。
当惑する孝太郎を他所に大樹寺は孝太郎の腕を取り、孝太郎の胸元に勢いよく抱き付いていくのであった。
「会いたかったぁ、相変わらずいい匂いしてるんだねぇ」
「……離せッ!お前なんかに触れられたくもないんだ」
「ハハッ、嫌われちゃったかな?」
大樹寺は軽く笑いながら答えた。
「当たり前だ。日本の中にお前が好きな奴なんて誰もいないさ」
「そうでもないよ。私を待っててくれた人もいたんだしさ」
大樹寺はそう言うと、得意げな顔を浮かべながら懐から携帯端末を取り出し、得意げな顔で自らの帰還を喜ぶ老若男女の姿を孝太郎へと突き付けたのである。
それに対して孝太郎は嫌悪感で顔を歪めるばかりであった。
そんな孝太郎を大樹寺は腕を掴んで、無理やり自分の前に引き寄せ屈託のない笑顔を浮かべて言った。
「ね?これがその証拠だよ」
「離せッ!」
孝太郎は嫌悪感を露わにしながら大樹寺の手を勢いよく跳ね飛ばす。
手を叩かれた大樹寺は手を跳ね除けられた当初こそぼんやりとした顔を浮かべていたが、すぐにクックッと意味深な笑みを浮かべて笑い出したのであった。
「相変わらずだねぇ。真っ直ぐな正義感……それに警察官として市民を守るという自負……流石孝太郎さんだ」
「カルト教団の教祖に褒められても嬉しくないな」
「どうして?私に褒められて人はみんな天国にでも登るような顔をしているよ」
大樹寺は孝太郎の言葉が理解できないと言わんばかりに小首を傾げている。
それに対して孝太郎は嫌悪感を露わにしながら答えた。
「それは褒められた人が全部お前の信者だからだよ。お前は昌原と同じだ。日本に無用のテロを引き起こし、大勢の人を殺めた」
大樹寺は孝太郎の少しきつめの言葉を聞くと、初めて険しい顔を浮かべ反論を試みたのであった。
「お言葉を返すようだけれども、その一部は警察に倒された信者だよ。第一、あの子を撃ったのは警察じゃなかったっけ?」
『あの子を撃った』という単語で孝太郎の脳裏に思い浮かんだのは大樹寺がロシアに逃亡を図る前、強制捜査に赴いた際に説得を試みたあの少女のことである。
バプテスト・アナベル教は少女が何者かに撃たれたことにより、警察への抵抗を露わにして大規模な戦闘へと陥ったのである。
そのことがきっかけとなり、戦国時代の合戦を思い起こさせるような大規模検挙となり、大勢の警察官や信徒たちがその戦いで散ることになってしまったのだ。
警視庁の中であのことを知らぬ者はいまい。恐らく今後の警察学校でも例の事件は教えられていくはずだ。
問題となるのは少女を撃ったのが教団関係者か、警察関係者のどちらかであるということだ。
様々な思惑があり、この議論はあの事件からそれなりの日数を経たというのにも関わらず、その調査は進展していない。
だが、孝太郎は卑劣な大樹寺のことであるから教団関係者が彼女を撃ち、その罪を警察に着せようとしているのだと推測していた。
その旨を伝えるも、当然向こうは孝太郎の推測を否定した。
「そんなことはないよ。撃ったのはあなたたちだから」
大樹寺は小さな声でそう吐き捨てたかと思うと、一歩を踏み出し、孝太郎の元へと進んでいく。
思わず怯んでしまった孝太郎の前で大樹寺は指を鳴らす。
途端に大樹寺の体は眩い閃光のような光に包まれ、その姿を消した。
孝太郎はそれを見た瞬間に大樹寺雫もオーバーロードとしての力を手に入れたのだと、改めて確信を抱くことになったのである。
孝太郎は大樹寺の帰還を告げるニュースとそれに伴うロシアの庇護を知ると、力いっぱいに拳を叩き付けた。
拳を机の上に叩きつけた際に生じる音が虚しく夕刻の部屋の中に響いていく。
既に定時が過ぎたこともあり、午前から夕方までの勤務に就いている仲間たちは大抵が各々の家へと引き払っていた。
夕刻から早朝にかけてまでの勤務を行う仲間たちはまだ警視庁内に着く時刻ではない。それ故にこの時間は孝太郎が一人で深夜の課長代理に渡すための資料を作成する時間になっている。本来であるのならば引き継ぎの書類作成にはもう少し多くの時間を必要とするのだが、既にオーバーロードとなり、人間を超えた孝太郎にとって引き継ぎ事項を記した書類を作るなど従来の人間が扱うのに必要な時間の三分の一程度の時間しか必要としなかった。
それ故に書類を早々に仕上げ、誤字脱字の確認や書類全体に間違いがないかなどの基本的な見直しを終えた後は自由な時間となる。そのため暇つぶしの目的で孝太郎は一日に起きたニュースを確認していた。一日のうちのなんてことはない時間になるはずであったが、そのニュースは孝太郎の気持ちをそんな浮ついた気持ちから地の底へと叩き落とすのに十分であったのだ。
机の上で拳を震わせる孝太郎の脳裏に21世紀の初頭に起きたあの忌まわしい出来事が頭をよぎった。
21世紀初頭、当時のロシア大統領が無茶苦茶な理由をつけて、国境の国へと侵攻した事件である。
これに関しては資料のみならず当時の記録映像などを通して三百年もの間、人類が行った最も愚かな行動の一つとして記録されている行動だ。
24世紀の今日においてそのような暴挙に出るなどということになろうとは思いもしなかった。
だが、ここで一つの懸念が発声する。それはロシア帝国に対する個人的な怒りな念を置いておいても仲間であるマリヤが白眼視されるかもしれないということである。
これに関しては孝太郎が自身の部署にはそうした風評被害を根絶するように動いていたから上手くはいったが、それでも一部のところではマリヤやロシア系の住民に対する当たりが強くなってしまったらしい。
本来であるのならば憎むべきはロシア帝国とそれに追随するバプテスト・アナベル教というカルト宗教団体だというのに、そのことが人々には理解できないでいるのだろうか。
孝太郎が沈痛な表情を浮かべながら頭を抱えていた時だ。
扉を叩く音が聞こえた。仲間の誰かだと思って少々億劫な様子で声を返した時だ。
孝太郎にとって意外な人物が顔を見せた。
「久し振りだね。孝太郎さん」
「お、お前は……」
予想外の人物の登場に孝太郎は思わず言葉を失った。
済ませた表情にどこか達観したような顔に小柄ではあれども堂々とした佇まい。
見間違えることも忘れるはずもあるまい。バプテスト・アナベル教の教祖大樹寺雫本人であった。
彼女がどうして警視庁などという場所にまで現れたのだろうか。侵入時に機械を壊しだというのならばこれまで警視庁内に仕掛けられた警報装置に引っ掛からなかったことには説明がつく。
だが、現在の時刻は午後六時。全員が帰宅するにはまだ早い時間だ。堂々と入ってきたのならば誰かが気が付いたはずだ。
いや、そうでなくても孝太郎が少し声を上げるだけで大樹寺はたちまち警察の御用になってしまうのだ。
どうして、そのような危険を犯してまで警視庁にまで乗り込んできたのだろうか。
孝太郎が威嚇のために武器保存から六連発の回転式拳銃を取り出し、招かれざる客人に向かって拳銃を突きつけたのだが、彼女は意に返す様子も見せずに不気味な笑顔を浮かべながら自らの目と鼻の先に突き付けられていた銃口を手で下ろさせ、孝太郎の近くへと迫っていく。
当惑する孝太郎を他所に大樹寺は孝太郎の腕を取り、孝太郎の胸元に勢いよく抱き付いていくのであった。
「会いたかったぁ、相変わらずいい匂いしてるんだねぇ」
「……離せッ!お前なんかに触れられたくもないんだ」
「ハハッ、嫌われちゃったかな?」
大樹寺は軽く笑いながら答えた。
「当たり前だ。日本の中にお前が好きな奴なんて誰もいないさ」
「そうでもないよ。私を待っててくれた人もいたんだしさ」
大樹寺はそう言うと、得意げな顔を浮かべながら懐から携帯端末を取り出し、得意げな顔で自らの帰還を喜ぶ老若男女の姿を孝太郎へと突き付けたのである。
それに対して孝太郎は嫌悪感で顔を歪めるばかりであった。
そんな孝太郎を大樹寺は腕を掴んで、無理やり自分の前に引き寄せ屈託のない笑顔を浮かべて言った。
「ね?これがその証拠だよ」
「離せッ!」
孝太郎は嫌悪感を露わにしながら大樹寺の手を勢いよく跳ね飛ばす。
手を叩かれた大樹寺は手を跳ね除けられた当初こそぼんやりとした顔を浮かべていたが、すぐにクックッと意味深な笑みを浮かべて笑い出したのであった。
「相変わらずだねぇ。真っ直ぐな正義感……それに警察官として市民を守るという自負……流石孝太郎さんだ」
「カルト教団の教祖に褒められても嬉しくないな」
「どうして?私に褒められて人はみんな天国にでも登るような顔をしているよ」
大樹寺は孝太郎の言葉が理解できないと言わんばかりに小首を傾げている。
それに対して孝太郎は嫌悪感を露わにしながら答えた。
「それは褒められた人が全部お前の信者だからだよ。お前は昌原と同じだ。日本に無用のテロを引き起こし、大勢の人を殺めた」
大樹寺は孝太郎の少しきつめの言葉を聞くと、初めて険しい顔を浮かべ反論を試みたのであった。
「お言葉を返すようだけれども、その一部は警察に倒された信者だよ。第一、あの子を撃ったのは警察じゃなかったっけ?」
『あの子を撃った』という単語で孝太郎の脳裏に思い浮かんだのは大樹寺がロシアに逃亡を図る前、強制捜査に赴いた際に説得を試みたあの少女のことである。
バプテスト・アナベル教は少女が何者かに撃たれたことにより、警察への抵抗を露わにして大規模な戦闘へと陥ったのである。
そのことがきっかけとなり、戦国時代の合戦を思い起こさせるような大規模検挙となり、大勢の警察官や信徒たちがその戦いで散ることになってしまったのだ。
警視庁の中であのことを知らぬ者はいまい。恐らく今後の警察学校でも例の事件は教えられていくはずだ。
問題となるのは少女を撃ったのが教団関係者か、警察関係者のどちらかであるということだ。
様々な思惑があり、この議論はあの事件からそれなりの日数を経たというのにも関わらず、その調査は進展していない。
だが、孝太郎は卑劣な大樹寺のことであるから教団関係者が彼女を撃ち、その罪を警察に着せようとしているのだと推測していた。
その旨を伝えるも、当然向こうは孝太郎の推測を否定した。
「そんなことはないよ。撃ったのはあなたたちだから」
大樹寺は小さな声でそう吐き捨てたかと思うと、一歩を踏み出し、孝太郎の元へと進んでいく。
思わず怯んでしまった孝太郎の前で大樹寺は指を鳴らす。
途端に大樹寺の体は眩い閃光のような光に包まれ、その姿を消した。
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