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皇帝の星『オクタヴィル』

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「出ろ! レ・ラルク! 処刑の時間だッ!」

 レーザーを浴びたことによってすっかりと弱ってしまったレ・ラルクは黒い兜の下で監視役である二名の兵士たちを黙って睨み付けた。

 少し前のレ・ラルクであれば今一睨みだけで十分に監視役の兵士たちを怯えさせるのに十分だっただろう。

 だが、大きな傷を負い、すっかりと弱りきってしまった上に両手と両足に鎖まで打たれているレ・ラルクからの威嚇など見張りの兵士たちからすればそこら辺の木の上に止まっている虫が自分を見つめている程度のものとしか感じられなくなっていた。
 レ・ラルクの様子をせせら笑って見ていた兵士たちだったが、レ・ラルクが閉じ込められた檻の中に手付かずの豪華な料理が並べられていることに気が付いた。

「おい、陛下からのご慈悲は頂かなかったのか?」

 先ほどまでの小馬鹿にしていたような表情を引っ込め、真面目な表情を浮かべた兵士は威圧的な態度でレ・ラルクに向かって問い掛けた。

「……馬鹿を言うな。処刑の前に飯など腹に入るものか」

 レ・ラルクは見張りの兵士たちと顔も合わせたくなかったのか、漆喰で塗り固められた煉瓦の壁を見つめながら答えた。

「貴様ッ! 死に逝く哀れな罪人たちにせめてもの慈悲をとご馳走を用意なさった陛下の大御心が分からぬのか!?」

「慈悲深いお心とやらがあるのならば処刑などという野蛮なことをいい加減にやめてほしいものだね」

 レ・ラルクは皮肉を込めた調子で見張りの兵士たちに向かって言い放った。

 兵士は最後まで皇帝に対して頭を下げなかったレ・ラルクを満足するまで槍の柄に付いていた石突きと呼ばれる箇所で執拗に小突き回していた。その時の表情は レ・ラルクを小馬鹿にしたように笑っていたため、純粋な忠誠心というよりかはレ・ラルクに対する嘲笑からきたものだった。

 その後にそれでもなお牢屋の中に留まり続けようとするレ・ラルクを無理やりに引っ張り上げて中庭に用意された処刑場へと引き摺っていった。
 今日中に執行だという皇帝の言葉は本物であったらしい。中庭に連れ出されたレ・ラルクは空の上に遠く白く流れている天の川が見えたのを確認した。

 臨時の処刑場として用意された中庭には処刑を執り行うためのいわゆる処刑人と呼ばれる白い頭巾を被った大柄な男と検視役兼見届け役と思われる銀色の鎧を纏った中年の男性が肘掛けの付いた椅子の上に腰を掛けながらレ・ラルクを見つめていた。

「これより元ヒードル退治の英雄レ・ラルクの処刑を執り行う。貴様の罪状は明白だ。今更読み上げるまでもない」

「フン、格好つけやがって。貴様なんぞ所詮は皇帝の犬じゃあねぇか」

 鼻につくような皮肉を言い放ったレ・ラルクの顎を中年の男性は履いていた革のブーツで容赦なく蹴り飛ばしたのだった。

 レ・ラルクは悲鳴を上げながら地面の上に倒れようとしたが、それを兵士たちが無理に押さえつけていった。

「この後に及んで反省の色はなしか……やむを得ない。レ・ラルクを処刑せよッ!」

 中年の男が夜の中庭全体に響き渡るほどの大きな声で処刑の指示を出した時だ。
 レ・ラルクを背中から強く押さえ付けていた監視役の兵士二人が吹き飛ばされてしまったのである。

「な、何!?」

 動揺して目を丸くする中年の男の前でレ・ラルクは体全身に力を込めたかと思うと、そのまま鎖を弾き飛ばしてしまったのだった。そのまま引きちぎった手鎖を鞭のように振り回しながら中年の男の元へと向かっていった。

 その前に白い頭巾を被った男が中年の男を守ろうと立ち塞がったものの、レ・ラルクの放った鎖によって容赦なくその場から弾かれてしまっていった。

 レ・ラルクの力によって弾き飛ばされた鎖の破片があちらこちらへと飛び散っていく様子が見えた。

 その場に居合わせた男たちから見ればレ・ラルクはもはや人間ではなかった。
 神話に登場する剛力を持つ神そのものであったのだ。

 興奮のあまりにハァハァと犬のような荒い息を吐き出すレ・ラルクを前に検視役兼見届け役を仰せつかったと思われる中年の男はすっかりと腰を抜かしていた。

「ひ、ヒィィィィ~!!!」

「情けない。貴様それでも貴族か?」

 レ・ラルクは腰を抜かした男に向かって冷徹な声で問い掛けた。

 だが、返事は返ってこなかった。その代わりにすっかりと腰を抜かした様子で全身を震わせていた。

 レ・ラルクは失望に近い念を中年の男に抱いていた。鉛のように重いため息を吐いたかと思うと、黙って右腕を使って胸ぐらを掴み上げていった。

「な、何をするんだ!?」

 それが中年の男が彼自身の人生で最後に発した台詞となった。直後にレ・ラルクは空いた左腕を伸ばし、片手で中年の男の首の骨をへし折ったのである。

 ミシッと首の骨が折れる音が聞こえてくるのと同時にレ・ラルクは中年の男を地面の上へと放り捨てると、出房の際に自身を執拗に槍で小突いていた二人を睨み付けた。

 レ・ラルクは泣き叫んでいた二人のうちの一人から槍を奪い取り、逆手に握り締めるとそのまま胸に突き刺していった。
 槍の穂先が深く食い込んでいく姿を見て、レ・ラルクは満足気な笑みを浮かべていた。















「陛下、本日は我々のためにこのような式典を開催していただき誠に感謝しております」

 城にて開かれた送別晩餐会の会場で主役の一人であるジョウジが代表して晩餐会を企画した皇帝デ・マレに向かって頭を下げ、謝辞の言葉を口にしていた。
 あの日の晩、懸念した通りにレ・ラルクは脱獄していた。修也はその翌日と翌々日とレ・ラルクによる闇討ちを恐れて動けずにいた。

 だが、交易が始まるとジョウジやカエデに付き従うことが忙しくなり、脱獄の日以来姿を見せないレ・ラルクの存在など忘れざるを得なかった。
 気が付けば一週間という月日が経過していた。

「なんの、なんの、お主らが交易で、もたらした物はワシらのみならず平民どもの間でも使われておる。質の高い品物を用意してもらって、むしろこちらが礼を言いたいくらいじゃぞ」

 デ・マレの言葉は本心から出たものだった。事実この交易で各地の鉱石や帝国の骨董品などといった品物と引き換えにダクティアナ帝国は莫大な利益を上げていた。

 頑丈で書きやすく、手触りの良い紙や鼻の汚れや日常の汚れを拭くために用いるという紙などの他に甘くて四角い形をした茶色の菓子などが平民たちの間で人気を博したという話を皇帝は耳にしていた。

 香水や化粧品といった品物は階級を問わずに婦人方が愛用していた。
 男たちは平民階級の人物は斧や鋸、桑といった実用的な道具に夢中になっていた。その反面で貴族階級の人間たちは娯楽性の強い帆船模型やドールハウス、飾りてして使用するために作られたという表紙だけの本などに夢中になっていた。

 このような便利で快適な物ばかりを鉱石類やダクティアナ帝国で精製される小物や武器と引き換えにもたらしてくれる『宇宙からの使者』との交流を持っている皇帝の名も高くなるのだ。

「しかし寂しくなるなぁ。今日が終わればお前たちは宇宙に戻ってしまうのだもな」

「いずれまたよい商品を仕入れた暁にはこの星に立ち寄らせてもらいますよ」

「それまでに我が国が続いておればいいのだがな」

 デ・は皮肉を言い放った。この皮肉は自身の元に仕えるという勧誘を断った修也に向けたものだった。

 だが、生憎なことに修也はダクティアナ帝国語を理解していない。
 そのためいくらデ・ラナから皮肉を言われても効くことがなかった。

 会場の端でデ・レマと呑気に微笑んでいた。デ・レマはこの三日の間に大津修也との仲を急速に深め、今では挨拶程度の日本語なら話せるようになっていた。
 それでも挨拶程度では限界があるのか、困惑した顔で修也がジョウジに向かって助けを呼んでいる目で見つめている。

 どうやら行くしかないだろう。ジョウジは話を求める婦人たちを放って修也の元へ向かおうとした時だ。

「久し振りだなぁ。貴様ら」

 と、窓からあからさまな怒気を含んだ声が聞こえてきた。

 修也たちが視線を向けると、そこには憎悪の炎を両目にたぎらせた黒い兜を被り、黒い鎧を纏い、鋭い槍を構えたレ・ラクスの姿が見えた。
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