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皇帝の星『オクタヴィル』

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 レ・ラクスはビームソードを突き付けられても怯みはしなかった。それどころか平然とした態度で修也のビームソードの元へと向かっていった。

「面白い、そいつでオレを突いてみろ。さぁ、どうだ? 突いてみろ? このクソ親父」

 レ・ラクスが堂々と自身の整えられた胸筋を指差しながら近付いてくる様子に修也は思わず怯んでしまい武器を引っ込めようとしたが、自身の背後にいるデ・レマの顔を浮かべて思い止まった。彼女を守るためには修也は怯むわけはいかなかった。

 守るべき存在を得た者は強いという言葉があるように修也は強気な態度を浮かべてビームソードを引っ込めるどころか、むしろ逆にレ・ラクスの肩をビームソードの先端で貫いてみせたのだった。

 これによってレ・ラクスのこれまで傷一つ負わなかった強靭な右肩に突き傷並びに火傷が生じることになってしまったのである。

 レ・ラクスにとってこれ以上の屈辱はなかった。彼はそのまま勢いよく修也の元にまで迫り、その肩を強く突き飛ばすと人差し指を突き付けながら叫んだ。

「もう許さん!! 決闘だッ! 貴様とオレのどちらがデ・レマの夫に相応しいのかを決めるぞッ!」

 レ・ラクスは大きな声で叫んだ。野良犬が縄張りを主張する時のような咆哮を思い起こさせた。黒塗りの兜からは血走った目が迸っているのが見えた。

 慌てて修也の元に駆け付けたジョウジによって言葉の意味を理解した修也はレ・ラクスの身勝手な決闘理由に強い怒りの感情を胸の奥に感じていた。
 己の邪な野望のためだけに何の罪もない幼い子どもを妻にしようと目論み、自身の優位性を示すためだけにガーゴイルを放ち、王家の人間たちを危機に晒すような卑劣な人間はここで断罪されなくてはならない。

 修也は乗り掛かった船だと覚悟を決めてレ・ラクスからの決闘を受け入れることにした。近くに居たジョウジに自身の言葉を訳すように指示を出し、大きな声を張り上げたかと思うと、レ・ラクスを人差し指で突き付けながら叫んだ。

「夫? 勘違いしてもらっては困るが、私は彼女の夫になるつもりなどない。ただ彼女が哀れなだけなんだよ。彼女は私やキミとは違って未来を生きようとする人間だ! そんな素晴らしい彼女を過去にばかりにこだわり己の手込めにしようとするキミのような存在から守りたいだけなんだッ!」

「き、貴様、どうなっても知らんぞ」

 レ・ラクスはそう叫んだかと思うと、タイルの床を両足で思いっきり蹴り、その上で修也ではなく会談の席に居た皇帝デ・ラナを狙ったのである。

 レ・ラクスの真の狙いとしてはデ・ラナの命を奪って天からの使節たちの信用を王宮から失墜させることにあったのだ。

 計算通りであればこの計画は間違いなく成功に終わり、デ・ラナ二世は首をへし折られ、全身から血を噴き流して死亡するという哀れな末路を辿るはずだった。

 だが、結果は失敗に終わった。レ・ラクスが頭上から飛び掛かろうとしたところを修也の手に握ったレーザーガンによる熱線で押し止められてしまったのである。

 レ・ラクスは自身の腹部に大きな火傷が生じていったのを見て悲鳴を上げた。
 彼はこれまでの人生において負ったことがないような精神的、そして物理的な怪我を負ってしまい地面の上を転がり回っていたのだった。

「レ・ラクスを捕らえいッ!」

 デ・ラナの指示が飛ぶ。シェフが慌てて部屋から出ていくと、入れ違い様に槍を持った衛兵たちが流れ込んでいった。

 そして右上腹部を両手で押さえながら滝のような涙を流すレ・ラクスを躊躇なく部屋から引き離していった。

 両手と両足を衛兵に縄を打たれ犬のように引き摺られ、連れ出される姿は一見すれば哀れに見えるだろう。しかし修也から見れば人の弱みにつけ込み、自身の獲得した子どもに手を出そうとした男だ。同情するつもりなど毛頭なかった。

 そればかりか、レ・ラクスを確実に仕留めるためデ・マレに向かってジョウジの翻訳を介してここぞとばかりに語っていった。

 全ての話を聞き終わった後、デ・マレは髭を震わせながら衛兵たちに向かって叫んだ。

「よしッ! 今からでもすぐにレ・ラクスを処刑しろッ! 遠慮はいらん!」

 デ・ラナの言葉を聞いた衛兵たちはすぐに扉から出ていった。牢屋の中にいるレ・ラクスを処刑場へと運ぶつもりなのだろう。
 これで幼い皇女の身に何かが起きることはない。修也は『メトロイドスーツ』を解除して胸を撫で下ろした。

「さぁ、宇宙よりの使者殿よ。今日はご苦労であった。このまま部屋に戻るが良い。明日また交易についての詳しい話を進めようではないか」

 ジョウジからの翻訳で言葉の意味を知った修也は素直に「はい」と答えてにこやかな笑顔のまま退室していった。
 終夜は部屋に戻ると、先ほどよりも朗らかな顔を浮かべてジョウジに向かって語っていった。

「よかったですね。ジョウジさん! これであいつはもう二度とレマの前に現れませんね!」

 しかし嬉々とした表情で語る修也とは対照的にジョウジはどこか暗い顔を浮かべながら部屋の壁を見つめていた。

「どうしたんですか? ジョウジさん?」

「……大津さん。あなたはもしかすれば大変なことをしでかしてしまったかもしれませんよ」

「た、大変なことって?」

「レ・ラクスなる男は怒らせると厄介なタイプです。一度怒らせたが最後、彼は謝るまで人を殴り続けるタイプだと私のコンピュータは分析しました」

「あり得ない話ではないですね。しかしもう彼はあの世にいきます。そんなことは関係ないのでは」

「いいえ、本題はここらなんです。大津さん『火事場の馬鹿力』という諺はご存知ですか?」

「えぇ、確か、切迫した状況に置かれると、普段は想像できないような力を無意識に出すという意味でしたね?」

「はい。あの男は皇帝の指示によって牢屋に繋がれました。通常ならば彼は絶対に押し込められたまま処刑の日まで出てこないでしょう。ですが、私の見立てではあの男は大津さんに激しい憎悪を燃やしています。下手をすれば自身の中に隠されていたいわゆる潜在能力を怒りによって限界にまで引き出してしまうかもしれません」

 あり得ないことではなかった。実際『火事場の馬鹿力』と呼ばれる力が咄嗟に働いて窮地から己の身を救ったという例は古今東西に存在する。
 有名なものでは息子を助けるために車を持ち上げた母親の話などがあった。

 それらの例を思い出していた修也は思わず自身の背筋が凍っていく感触を感じた。修也の態度は急に弱々しくなっていった。修也は声を震わせながらジョウジに向かって怖じ怖じとした調子で問い掛けた。

 だが、ジョウジからの返答は素っ気ないものだった。

「さぁ、私は知りませんよ。あの男を先に挑発したのは大津さんなんですから」

 要するにジョウジは『自分の尻は自分で拭え』と言いたいのだ。仮に修也がレ・ラルクに倒されてしまいフレッドセンからそのことを追及されたとしても自身はその理論で乗り切るつもりでいるのだ。

 抜け目のないところは流石はアンドロイドというべきだ。
 修也は苦笑しながら勢いと正義感、そして勝手な自己投影で浴びなくてもよい火の粉を浴びてしまったという深い後悔の念に襲われてしまった。

 修也はどこか不安に胸を苛まれながらその日は休むことに決めた。
 まさかそのまま修也の不安が的中してしまうとは思ってもみなかった。
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