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第一部『悪魔と人』

神通恭介の場合ーその③

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「夕べのお礼にお前にゲームの知っている事を教えろだと?」

姫川はそれまで読んでいた時代小説から目を離し、恭介の目を見つめながら問い掛けた。
胡散臭い表情を浮かべて俺を見つめる姫川に対し、恭介は懸命に恩を売っていく。

「ゆ、夕べのあの状況は不味かっただろ?そこをおれが助けてやったんだぜ。教えてくれたっていいだろ?」

姫川は何も言わない。ただ必死の様子の恭介対して冷ややかな目で見つめるばかりである。無限ともいえる沈黙の時間が続いた後に姫川は読んでいた時代小説を閉じ、いつもと同じくドライな口調で言った。

「いいだろう。昨晩お前が介入した事によって戦いがいい具合に好転したのは事実だからな……お前にあたしが知っている限りの事を教えてやろう」

美憂は恭介に自分が知る限りの悪魔との戦いのゲームについてのルールを教えてくれた。
彼女によればこのゲームの参加条件として願いの三割が自身の契約する悪魔に叶えられる事が前提となるらしい。
例えるのなら美憂は家族の幸せという願いのためにその不幸の一つがなくなっている事や昨晩の志恩という少年の例を挙げるのならば彼は戦いを止めるためにこのゲームに参加したとされ、その願いの一つとして、いつでも好きな時に彼女の姉の行動を止める事ができる事などが挙げられる。

「あたしが知っているのはこのくらいだ。それよりも神通、お前周りを見てみたらどうだ?」

姫川の警告に従って辺りを見渡すとそこにはクラス中の男子が恭介に殺気を向けていた。学校では滅多に他人に話し掛けない二代目のお姫様が恭介と親しげに話していた事が要因であるらしい。
恭介は慌てて自分の机へと戻り、鞄から姫川と趣味を合わせるために購入した時代小説を取り出して時間潰しのために眺めていく。
ちなみに買ったのは一ヶ月前だったが、やけに題名が古めかしいのと話が前時代臭いのとが合わさって未だに七十ページくらいしか読めていない。

あんな古臭いものを読んで楽しめる美憂の精神が理解できない。
姫川美憂を信奉する他の男子生徒の中にははまった人もいて同じシリーズを何冊も買った奴もいるらしいが恭介としては合わないものを無理矢理買う必要が見出せない。恭介からすればあんな古臭い小説は今持っている小説一冊で十分であったのだ。
彼が面白くもない時代小説を惰性で読んでいると、始業を告げるチャイムが鳴り響く。教師が教室に入り号令を掛けて一日が始まるという一日の流れであった。

一日に六限の授業。代わり映えのないメニューの入った弁当。つまらない日常。そんなどうしようもない日々を送る恭介にとって今まで精神安定剤となっていたのが姫川美憂であった。
昼休みの際に姫川が鞄の中から風呂敷に大事に包んだ弁当を取り出す。
中身は卵焼きに、ほうれん草のおひたし、里芋の煮付け、焼いた鮭という和食オンリーの和風メニューである。

姫川美憂は心底から和の文化を愛しているということだけが窺えた。
恭介は半ば感心しながら美憂の昼食光景を見つめていた。
昼休みの間彼女はずっと次の時間の予習を行っていた。感心なものである。
恭介は真似をしようとしたが、教科書を見ているだけで頭が痛くなるのでとても美憂の真似はできないだろう。

途中美憂の元に髪を金色に染め上げた柄の悪いミニスカートの同級生とその取り巻きが不機嫌そうな顔を浮かべて姿を表す。
美憂に何やら絡み始めたが、美憂はそれを無視して机の上で勉強を続けていく。
ギャルとその取り巻きはそれが気に食わなかったのか、美憂に掴みかかろうとするがそれは周りの男子のために全力で阻止されてしまう。

大勢の男子が姫川を守るために立ち塞がったので、これ以降はギャルたちは手出しができずに引き下がっていく。
完全に美憂の勝ちである。お姫様が家来を呼べば敵うはずもない。恭介はそれを机の上で頬杖を突きながら眺めていた。
五、六時間目は教室での授業のみであるので恭介は授業もそこそこに頭の中である事を考えていた。

彼女は真面目に授業を受け、そのまま席を立ったかと思うと、そのまま鞄を持って教室を出ていく。
恭介はこっそりと後をつけて、校門の前で姫川に声を掛けた。

「待ってくれ、姫川……なぁ、よかったらでいいんだが、おれと組んでくれないか?」

「あんたと?」

「あぁ、おれのルシファーの力とお前の悪魔の力が揃えばきっとこのゲームを勝ち抜く事ができるよ」

「断る」

美憂はそう言って背中を向けて去ろうとする。興味もなさそうに去ろうとする美憂の手に恭介は慌てて財布を鞄から抜き出し、乱雑に取り出した紙幣を彼女の手の中に握らせた。
恭介の今月分の残りの小遣い全てであるが、その額は学生からすれば大金である。多少は融通が効く筈だ。
少なくとも新品の漫画が五冊は買えるほどの額なのだから。

「これは?」

恭介の予想通り姫川は食い付いた。後はこのまま姫川の懐の中に食い込むだけだ。
恭介はここで畳み掛けた。

「おれの今月の小遣いの残り。全部お前にやるよ。だから俺と組もーー」

「なら、この倍の値段はもってこい。それならば話だけでも聞いてやる」

姫川はそう言うと興味なさげに背を向けてその場を去っていく。
翌日恭介はATMから姫川に言われた通りの金額を下ろし、同じ様に放課後に彼女の手の中に握らせたのであった。
美憂はその金を受け取り、自身の財布の中に戻すと、淡々とした声で言った。

「……近くの公園で話そうか。そこならばお前もいいだろう?」

美憂が連れて来たのは学校の近くに存在する小規模な公園である。
住宅地の真ん中に存在するその公園はその一角だけが住居が立たずに公園を築いたような小さな規模の公園であり、そこにはベンチが二台と申し訳程度の小さな砂場に滑り台、ブランコが置かれている。
そのベンチのうちの一台に腰を掛けると、美憂は恭介に向かって言った。

「まず、お前が言っていた件についてだが……保留にしておこう」

「ほ、保留って事は考えてはくれるってことか!?」

「あぁ、あの狂ったゲームで味方がいない状況というのも辛いからな。だが、今すぐ決断を下せるほどあたしは機転が効かないんだ。決心が付いてからの方がお前だっていいだろ?」

「やった!なら早速同じくサタンの息子に選ばれた者として喫茶店にでも寄ってよもやも話でもしようか?」

「……あんたが奢ってくれるのならな」

その言葉に恭介は舞い上がった。天に登る様な心地というのは今のような状況の事を指して言うに違いない。
恭介は早速近所の喫茶店に美憂をエスコートし入店する。
その様はまるでかつての英国で淑女を案内する紳士の様であった。

そして俺は紳士の気持ちを味わいながら学校の近くに位置する喫茶店に入っていく。喫茶店は落ち着いた雰囲気であり、ベタな言葉で表すのならばモダンな場所であった。
店内にはジャズの音が鳴り響いて訪れる人の心を落ち着かせていた。
席も19世紀の英国を彷彿とさせる立派な長椅子であり、ゆたっとした座り心地であり使う分には文句もない。

置いてあるメニューにはコーヒーを始めとした喫茶店にある筈のメニューの名前が書き記されていた。
俺は姫川が好きだという店自慢のプリンアラモードを奢り、俺は紅茶を注文する。
俺は姫川と思いつくままに話を進めていく。
雑談もそこそこに切り上げて帰ろうとした時だ。姫川が俺を呼び止めた。

「なぁ、お前生き残れる自信はあるのか?」

唐突な質問だった。俺は一瞬、姫川の言っている事がわからずに首を傾げた。
だが、俺にそう問い掛ける姫川の目はいつになく真剣であった。
思わずに振り返った俺に姫川はアメリカンコーヒーを啜りながら言った。

「簡単な話だ。ルシファーが開いたこの馬鹿げたゲームをお前は生き延びられるかという事をあたしは聞いているんだ」

その問い掛けに対して俺は即答できなかった。
その場で呆然と立ちつくす俺を置いて姫川は先に喫茶店を後にした。
今後もアルバイトがあるという事で、急いでいるらしい。
華奢なはずの彼女の背中がその場ではなぜかやけに大きく感じられた。

まるで、巨人か何かの背を見つめているかの様だ。
あの背中にどれだけ多くの重荷を背負っているのだろう。
恭介は彼女の両親がかなりの高齢で彼女を産んだという事実を思い出す。
その上、彼女の父親が事故で両足を失ったという事も。

自分なんかとは背負うものが違う。そう考えた時ふと、恭介の目に机の上にあるミックスジュースが飛び込んだので席に戻りジュースを啜っていく。
それはただのジュースの筈であるのにどこか酸っぱく感じられた。
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