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第一部『悪魔と人』

神通恭介の場合ーその②

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「……話を聞くところによると、お前は“サタンの息子”とやらになったそうだな?」

翌日恭介がクラスメイトにしてクラスのお姫様で恭介の憧れである姫川美憂ひめかわみゆに自身もサタンの息子になったという事を告げると彼女は淡々とした口調で返した。

「そ、そうだよ!おれはお前の力になりたくてさ、それでルシファーっていうすげーかわいい女の子と契約してすごい力を得たんだよ!なぁ、頼むよ!おれを認めてくれ!」

「……なら結構だ。お前と組んでも碌な結果にならないだろうからな。それにそんな突拍子もない事を言ってると笑われるぞ」

彼女はそれだけ告げると荷物を持って背中を向けて何処かへと去っていく。
三つ編みに物静かな印象が特徴である。これだけかと思われるだろうが、彼女の魅力はそれだけではない。彼女が男子を惹きつける魅了はその形の良い素体にあるのだ。普段は澄ましていてどこかツンとしている様な印象に素体の良い顔が加われば、それはまるで絵画の様に神秘的なのだ。男子の人気は高い理由はそこに由来する。
単なる地味な女子生徒であるのならば今のような男子人気は得られなかっただろう。

と、そこまで考えて恭介は彼女の人気の理由がそればかりではないという事を思い出す。
彼女の人気の一つにはドラマ好きという事もあり、古今東西の様々なテレビドラマに精通している点に惹かれている男子生徒も多いのだ。中でも彼女は熱烈な時代劇マニアであった。
恭介のクラスの男子のうちの何人かが時代劇の事を熱心に語るのも姫川の気を引くためなのだ。
こんな風にして男子生徒からの人気を一身に集める姫川美憂であったが、それとは対照的にクラスの女子からの好感度はイマイチである。いやイマイチどころではない。明確に嫌われている、といった方がいいだろう。その証拠が彼女の机に書かれた悪口やクラスの女子生徒が休み時間のたびに彼女を見つめる白い目にあるだろう。

一度『サンドバッグ』と認定された相手は悲惨なものである。こちらが引くほどの悪口が机の上に油性マジックペンで書かれている。
それを見てクラスの端で女子がコソコソと会話している。髪を染めスカートを短くしている典型的なギャルと言わんばかりの女子である。
彼女の先導の元にクラス中の女子が姫川美憂を敵視しているのだ。
姫川は当初は虐めの事を知らなかったので机を留守にしている間にお気に入りの時代小説がビリビリに破かれていたりしていた。
両目に怒りの炎を宿らせ、殴り飛ばさんばかりの勢いで詰め寄る姫川を前に図々しくも惚けてみせるギャルやその取り巻きの姿を見て、男子陣の何人かが姫川に力を貸すために動いていた事を恭介は今でもはっきりと覚えていた。
どうしてあんな事ができるのだろう。集団心理というものが働いた結果なのだろうか。この事件を機男子陣と女子陣との間で水面下の抗争がスタートし、姫川美憂は本人の意図しないところで男子陣の頭目に仕立て上げられてしまっていたのだ。
図らずとも『お姫様』にされてしまった姫川の事を思って彼女の境遇を自分のの机の上で憂いていると俺は学校の窓の外に映る陽が大きく西に傾いている事に気がつく。

今日は学習塾のある日ではないか。遅れてはまずい。恭介は慌てて学校鞄の中に教材を詰めて学校の外へと出て行く。
学習塾は学校の目と鼻の先の場所にあった。四階建てのビルを貸し切っており、一階が受付と自習室となっている。
恭介は下駄箱に靴を入れて、スリッパに履き替えたかと思うと、慌てて教室へと駆け込んだのだったを

恭介が入った時教室は殺気立った空気に包まれていた。机の上で懸命に問題を取り組む生徒と険しい視線でストップウォッチを持って生徒たちを睨む教師の様子から察するに小テストを行なっていたらしい。そんな時に恭介が恥もなくドタドタと入り込んでしまったのだから自然と注目の視線が集まったのだろう。
恭介はその気まずい空気に気付いたのか、照れ臭そうに自身の頬を人差し指でかきながら自分の席へと座っていく。
小テストの結果は悲惨なものに終わった。苦笑する恭介を他所に険しい視線を向けていた講師は追試のために居残りを言い付けたのであった。
居残りを済ませて帰ると塾の時計の針は既に22時を指していた。
それを見て大きな溜息を吐いて帰る準備をしていると、不意に両耳に金属と金属とがぶつかり合う音が鳴り響いていく。

(こ、これは!?)

(戦闘を告げる音だね。キミはゲームに参加するのは初めてだったね?特別に戦闘が発生している場所まで案内してあげるよ)

ルシファーの言葉に従って靴を履き替えて、学生鞄を持ったまま駆け出していくと共に恭介は真夜中のシャッターの閉まった商店街の路地裏へと辿り着いたのだった。
そこでは二体の得体の知れない姿をした怪物が武器と武器とを構えて対峙していた。

「チッ、しつこいヤローだな。お前も」

「貴様を殺すまでは死ねんからな」

物陰から様子を伺って見たところ二人のサタンの息子は機関銃にレイピアという対照的な武器を構えて狭い路地裏の上で至近距離で睨み合っていた。
片方は文字通り黄色の蛇のような目をした目に、短く小さな通気口としての役割しか果たしていない鼻、それに蛇の鋭い歯を模した口という蛇の顔そのものをした銀色の兜を被った白色のピーコート式の軍服を纏った少女。
もう片方は同じく軍服でありながら、色のない黄色の目に鋭く尖った鼻、赤く裂けた唇を意識した兜に黒色の長く、それでいて見せつけるように胸元を開けたドレス状の軍服に黒色の大きなブーツを履いた少女である。
蛇の方は鋭い鞭の様にしなるレイピアを持っており、もう片方は恭介の知る形状のものとは異なる不思議な機関銃を持っていた。それは実際のところは円形筒型の弾倉が付いた『トンプソンm1928』と称される古い時代の機関銃であったが恭介の知るところではない。

恭介は武器考察もそこそこに二人の会話に耳を傾けていく。
二人の会話に耳を澄ませていると、二人のうち蛇の頭を模した兜を被っている方の声が憧れの姫川美憂に似ている様に聞こえる。
恭介が親近感を覚えつつも身の危険を感じて路地裏に放置された看板の後ろに隠れつつ、様子を伺っていると、傍から声が聞こえてきた。
それもただの声ではない。声変わり前の高くて可愛らしい少年の声である。

「戦いなんてやめてよ!こんな馬鹿げたゲームは間違ってるよ!」

それが聞こえた瞬間に二人は慌てて距離を取り、互いに武器を構え直す。そんな二人の間に三叉の槍を持ったサバンナの獣のような分厚い毛皮を生やした茶色の鎧を上半身に、茶色の鎧に黒色のタイツを履いたそのまま馬の顔を被ったかのような鎧をした男が割り込んだのだ。
いや男という表現は的確ではない。少女たちよりも低い背をしているし、先程のあの声は声の主が少年である事を証明しているではないか。
恭介がそんな事を思いながら看板から様子を伺っていると、もう片方の女が不機嫌な声で少年の叫びに答えた。

「テメェ、何度も言ったよなぁ、あたしとこいつの戦いを邪魔するなって」

「全くだ。どうしてこんな奴が脱落しないんだ。映画とかならこういうタイプが真っ先に殺されてしまいそうなもんだが」

二人は間に入った少年に対して呆れたような声を投げかけていく。
だが少年はそんな二人の態度にも怯む事なく自身の主張を続けていく。

「こんな戦いに意味なんてないよッ!戦いなんてやめてーー」

と、ここで少年が飛び上がる。銃声が鳴り響き、彼の足元を襲ったためである。
驚いた少年は抵抗する間もなく、丸い弾倉の付いた機関銃を持つ女の黒いブーツに腹を蹴られてそのまま商店街の何かの店のシャッターに思いっきり体を体当たりさせてしまう。
蹴り飛ばされて弱っている少年をその蹴った女は嘲笑う。

「へへッ、あいつ口では一丁前のことを抜かしやがるくせに飛び跳ねやがったぜ。天敵の鳥を見つけて慌てて蓮の葉の上から池の中に飛び込むカエルみてーな勢いをつけて飛んでいきやがった」

「上手い比喩だ。お前時代小説でも書いてみたらどうだ?それなりに面白そうなものが書けそうだと思うが」

蛇の方から皮肉めいた賞賛が飛ぶ。だが相手はそれを理解してか、はたまた本当に素直に受け取ったのか、蛇の兜を被った女の方に向かって礼の言葉を述べる。
そして礼の言葉を終えると、再度銃口を突き付けて、

「テメェこそどうだよ?つまらない学校なんぞやめちまって、あたしのところに来いよ。いう事を聞きゃあ、衣食住は保証するし、たまにはご褒美だって与えてやるぜ」

と、皮肉めいた笑い声を上げながら言った。

「……貴様のクスリなんぞいるか」

蛇の兜をした方は即答して、そのまま悪魔のような兜をした相手に向かって切り掛かっていく。
四方八方から飛び交うレイピアの先端を華麗な身のこなしに恭介は思わず見惚れて閉まっていた。
それに兜の方は口調こそ乱暴そのものだが、どことなく妖艶な雰囲気を醸し出しており、兜越しからもその素顔が想像できた。恐らく俗世間に言うところの悪女という感じの美女もしくは美少女が登場するに違いない。


恭介は想像して思わず顔を赤く染めていた。もし兜を外してすごい外見をした美女もしくは美少女が登場したらどうしよう、と。
彼がそんな妄想を頭に浮かべながら体をくねらせていた時にルシファーが彼の心の中で囁いていく。

(キミも早く姿を変えなよ。キミはこのボクが選んだ最高の“サタンの息子”なんだからね。きっといい結果が出せると思うよ)

それを聞いた恭介はそのまま両手の拳を握り締めた後に肘を引き、体全体に力を込めていく。
するとどうだろう。恭介の体は昨晩、帰り道の田んぼの中に映し出されたのと同じ怪物の姿となっているではないか。
おまけに手には昨日見たのと同じような片刃の立派な剣が握られている。
これがあれば戦いを有利に進められるだろう。

(よしッ!いけるぜ!)

恭介が心の中で密かにガッツポーズをしていた時だ。不意に彼の足元に向かって銃弾が飛び交う。
慌てて飛び退いたものの、そこにまたしても銃声が浴びせられたのだからたまったものではない。
彼が慌てて、真横を見つめるとそこには丸い弾倉の付いた古めの機関銃を持った軍服の女の姿。
兜に隠れて表情はわからないのだが、確実な舌打ちの音は聞こえた。

「さっきから妙な気配がしてたかと思ったら、まさかまた新しい参加者が出てきたとはなぁ。テメェが誰かは知らねぇけどさ、ここで死んだ方があたしにとって有利だからさ、取り敢えず死んでくれよ」

「お、おい、待てよ!おれの方からいい提案があるーー」

恭介は彼女に耳寄りの提案を持ち掛けようとしたのだが、彼女は聞く耳を持たずに攻撃を繰り出していく。
一方的に逃げる獲物を追いかける猟師の如き爽快感に見舞われていたに違いない。彼女は気持ちがいいかもしれないが、恭介にとっては不快でしかない。
急いで彼女に対処しようとした時だ。不意に銃撃が止んだ。

慌てて攻撃をした方向を振り向くと、そこには蛇のような兜をした女に襲われる機関銃の女の姿。
先程恭介を一方的に蹂躙してなぶっていた女は蛇の兜を被った軍服の女にレイピアを突き付けられて、その一方的な攻撃に怯んでいるではないか。

「ほらほら、どうした?あたしを殺すんじゃあないのか?」

「ちくしょうッ!しつけぇんだよッ!このクソヘビ女がッ!」

先程の女は安い挑発に激昂して言い返すと、彼女の脇腹を強く蹴り付け彼女を地面の上へと転がしていく。

「今度という今度は頭に来たぜ。今日でテメェのドタマぶち抜いて、そのままあの世に送ってやるよ」

「生憎と、貴様如きに撃ち抜かれる頭じゃあないんでね。そう簡単に殺されてたまるもんか」

彼女は告げると、兜の歯の装飾を折って地面の上と放り投げて行く。
するとどうだろう。投げられた歯から無数の同じ蛇の兜にレイピアを持った女が現れたではないか。
姫川の分身を見て慌てて距離を取る女。そのまま不利だと感じて退却を試みたのだろう。
だが、それは彼女の分身が許さない。数の力を用いて一気に間合いを詰めていき、彼女を追い詰めていく。

いよいよ彼女の首元に無数のレイピアの先端が突き付けられてその命が閉じられるかと思われた時だ。
彼女は突然狂ったような笑い声を上げた。いやこの時には追い詰められたおかしさで実際に気が狂っていたのかもしれない。
あまりの恐ろしさに恭介が思わず看板の陰に隠れて、その剣を握り締めながら彼女の様子を窺っていた時だ。
またしても銃の音が鳴り響いていく。機関銃の音が辺り一面に鳴り響いていき、気が付けば周りで彼女を囲っていた蛇の兜をした女の分身は全て消え去ってしまっていたのだ。

「おいおい、姫川ァ~。そいつらの攻撃であたしを殺せないって事はいい加減学習したらどうだい?テメェの好きなの時代劇だっていつも、少ない方が多い方をバッタバッタと斬り倒して話を終えるだろ?それと同じだよ。あたしは主役側なんだよ」

『姫川』彼女は確かにそう言った。恭介はその言葉を聞き逃さなかった。彼は自身の頭が命ずるよりも姫川と呼称された少女の前へと滑り込み、自動拳銃を握る女に向かって剣を突き付けながら言った。

「さっきから黙って聞いていればあんたが時代劇を語るなんてお笑い草だぜ、大体話を聞くところあんたは時代劇だと主人公に斬り殺される悪役だろうに」

「クソッタレが、テメーが誰かは知らねぇけど、負け惜しみをいいやがってよぉ、まぁいいや、このままテメェごとこいつで蜂の巣にすりゃあいいか」

勝利を確信した笑みを浮かべていた女は慌てて距離を詰めていくが、もう遅かった。気がついた時には銃弾を撃ち込まれてバラバラになった筈の彼女の分身の肉体から生じた腕の一本、一本が彼女の足首を掴み、彼女を地面の上へと投げ飛ばしたのだ。
蛇の兜をした女、いや『姫川美憂』は思わぬ形でその女の意表を突く事に成功したらしい。

「さてと、ここら辺でお前も終わりだな。何か言い残す事はないか?」

「覚えてろよ。例え死んでも幽霊になってテメェの枕元に出てやる。んでテメェが小便漏らしても構わずに追っかけてやるぜ」

姫川は彼女の遺言を確認すると、そのまま頭にレイピアを突き刺すためか、彼女が被っていた兜を無理矢理引っこ抜く。
すると、そこにはかつての俺のクラスのお姫様『最上真紀子』の姿が見えた。
彼女が被っていた兜は姫川の手により乱暴に投げ捨てられて地面の上を転がっていく。距離を見るに倒れたままでは手を伸ばしてもそれを再び被るのは不可能だと思われる。

姫川は彼女の姿をもう一度じっくりと見つめるとそのまま剣を構えて、彼女の頭を貫こうとした。
だが、悲鳴を上げたのは最上ではなく、姫川の方だった。
手を拘束された筈の彼女の手にはこれまた古い形をした自動拳銃が握られており、その筒からは白い煙が出ていた。
どうやら彼女は姫川の隙を狙って拳銃で彼女を撃ったらしい。

「ハハッ、無様にも程があるぜ!これまで何回もあたしと戦っていながら手の拘束の事を忘れるとはなぁ!間抜けなテメェには相応しい最期だと思うぜ」

真紀子は最初こそ得意気になって高笑いをしていたが、次の瞬間に「ぐえっ」という醜い悲鳴を上げて地面の上へと倒れ込む。

「……ハァハァ、今のは完全にあたしの落ち度だな。貴様の手の拘束の事を頭から抜け落としてしまうとは……」

美憂はどこかの店の壁に背を預け、腹部から出ている血を抑えながら一人で反省の弁を述べていく。

「ハハッ、テメェがこのままくたばっちまえばあたしはそのまま自由だ。ザマァみろ!」

「くっ」

美憂の悔しそうな声が漏れた。こうしてはいられない。騎士道精神というのが働いたのか、恭介は先程感じた恐怖も忘れて、憧れのお姫様を守るために看板の陰から飛び出して真紀子へと襲い掛かっていくのだった。
そのまま飛び掛かる事ができたのならばよかったのだが、彼女は新しく現れた俺を警戒したのか、咄嗟に恭介に向かってレイピアを突き立てたのであった。
恭介は咄嗟に叫んで誤解を解こうとしたのだが、そのまま足首を斬られてしまった事と体を転んでしまった事によりそのまま地面の上に落ちて倒れてしまった事により言い訳の機会を逃してしまう。

恭介はあいにくと別の腕に拘束されていて体が動かない。そしてこの間にも美憂は真紀子に痛ぶられていた。
後から散らばっていた腕を真紀子の方へと向けようにもその度に的確な射撃で倒してしまうのだから抑えようもない。
ブーツで顔や体を蹴られている様を見ている際に恭介の中に憤りともいえる感情が湧き立っていく。

(……クソ、どうすればいいんだ?)

俺が兜の下で唇を噛み締めながら、姫川が虐められている姿を見つめていた時だ。先程脱落した筈の毛皮の混じった鎧を纏ったサタンの息子が介入し、二人の間に割って入っていく。

「もうやめてよ!こんな戦いに何の意味があるんだよッ!」

「うるせぇぞ!志恩しおんッ!後でおもちゃでも買ってやるから今は大人しく寝てやがれッ!」

真紀子は乱暴な口調で言い返すと、そのまま、もう片方のブーツで志恩なる少年の参加者を蹴り飛ばしていく。
勢いを付けられて蹴飛ばされたためか、志恩は体の上に激しく体を打ち付けて悶え苦しむ。その姿が恭介には少しだけ不憫に感じられた。
この時真紀子の頭の中にあったのは志恩の事だけである。そして彼女はあまりにも志恩ばかりに意識を取られ過ぎてしまっていた。そこに美憂は反撃の機会を見出した。彼女は兜を纏ったままの強烈な頭突きを真紀子の腹に喰らわせてその場を脱したのである。そればかりではない。彼女は反撃へと転じ、彼女に対して複数回にわたってレイピアを振っていく。

レイピアの刃が周辺に振られて白鳥の舞いのような美しい姿を醸し出しており、とても魅力的に映った。
それを避ける真紀子の姿もどことなく戯曲を思わせるかのように美しく感じさせられた。
と、ここで俺は自分の体が自由になっている事に気がつく。
どうやら美憂の意識が恭介から真紀子へと逸れた事により、恭介の拘束が外れてしまったらしい。
恭介が早速姫川を助けるために真紀子の元へと駆け付けようとした時だ。不意に背後から肩を叩かれた。
振り返るとそこには先程の馬の頭のような兜をしたサタンの息子ーー志恩の姿があった。

「あの、あなた……新しいゲームの参加者さんですよね?よかったらどうですか?少しお話があるんですが……」

「話だと?一体なんの?」

「このゲームに関する話です。この場は姫川さんと姉に任せて、ぼくらはこの場から退散しませんか?」

兜越しなので見えないが少年の声は真剣そのものである。恭介は一応は首を縦に頷き、少年に手を引かれてその場を足早に去っていく。
恭介の頭の中に美憂の事が頭をよぎったが今のところは彼女は有利に戦いを進めている。当面の心配は不要だろう。仮にまた不利な展開に陥ったとしてもその時に改めて助けに戻ればいいだけの話ではないか。
恭介は背後激しい戦いを繰り広げる二人を一度だけ振り返り、心の中で密かに姫川に手を振り、彼女の無事を願う。
少年に手を引かれた先は真夜中の公園である。誰もいない中に街灯の光だけが僅かに無人の遊具を照らしており、その光景が余計に恐怖感というものを倍増させている。

恭介が思わず身震いをした時だ。少年がサタンの息子としての武装を解き、元の姿を見せた。
ジャージ姿に跳ねた黒い髪をした中々の美少年である。
彼は恭介に向かって丁寧に一礼をして自己紹介を始めていく。

「はじめまして、最上志恩もがみしおんと言います。契約した悪魔の名前はウロボロ……智を司り、人の争いを静止する悪魔と教えられました」

「待てよ!お前その最上って苗字ーー」

「ええ、ぼくはあの最上真紀子の弟ですよ」

目の前の少年が最上真紀子の弟である事を再認識した途端に古代ギリシア悲劇の美少年のように儚い美しさを醸し出している理由が理解できた気がする。要するに素体が良いのだ。体型こそ少年に相応しい子どもらしいものだが、あと少し成長すれば立派な美男子に相応しいスラッとした綺麗な体になるに違いない。
クラスの中では男子たちから絶世の美女とも称されていた最上真紀子の弟ならば自然とそうなるだろう。
恭介が古代ギリシャのナルシスを思わせる美少年をまじまじと眺めていると、少年は真剣な顔で恭介を上目遣いで見つめながら言った。

「お願いします!どうかぼくと一緒にこの戦いを止めてくださいッ!悪魔に選ばれたからってこんな戦いをする理由なんてありませんからッ!」

声変わり前だと思われる可愛らしい声を懸命に上がらせて自身の主張を叫ぶ少年の姿に恭介は思わず胸を打たれた。
同時に恭介の中にある打算的な思いが頭の中を渦巻いていく。
この少年を利用してクラスの姫であり憧れの人物である姫川美憂を助けられないかという思いだ。
もし、このゲームを上手く生き延びられたのならば恭介は姫川美憂と付き合える。
いや結婚ができるかもしれない。そのためには一人でも多くの味方が必要だろう。

恭介は口元の端を歪めながら志恩少年に向かって手を伸ばす。
途端に少年の表情が明るくなっていく。
無邪気な子供らしい笑顔を浮かべて俺の手を強く握り締めていく。

「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」

この後暫く「ありがとうございます!」の連呼が続き、恭介が静止するまでの間この少年は何度同じ言葉を口に出した事やら。
恭介はそのまま志恩少年と連絡先を交換してその場を離れていく。

恭介が志恩と別れて塾の方へと戻るタイミングで都合よく着信音が鳴り響く。
電話の主は恭介の母親であった。どうやら帰りが遅くなってしまった事を咎めているらしい。
恭介は夜の街の中を一人で歩きながら母親への言い訳を考えていた。
母親にあんな馬鹿げた事を言ったとしても到底は信じてはもらえないだろうから、上手い言い訳を考え付かなくてはなるまい。
恭介はブーブーと鳴るフィーチャーフォンを握り締めながら苦笑していた。
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