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8_食事
しおりを挟むケプラー惑星群の触手生命体は雑食性ではあるが、主食は木の実だ。
そこらじゅうに自生している木には、硬い殻に覆われたコブのような実が一年中たわわに実っている。
触手生命体はそれを食べるために進化の過程で大臼歯が発達し、次々に新しい歯が作られる多生歯性の特徴を持つようになった。舌という器官はなく、かわりに口内は次々と新しく生まれる大臼歯が喉の方にまで生えているのだ。当然、固い食べ物を好む生命体だった。
ティフォは、ガリゴリバキボキと、地球人からするとおよそ食事中とは思えないような音を立てて咀嚼しては、触手で持ち上げた料理皿を傾けて中身をザラザラと口に流し込む。
口を大きく開ければ、当然、口の中もよく見える。
触手生命体の口の中が、大多数の地球人からすると不快な形状をしているのは、ティフォが悪いわけではない。
だが、ムームの食欲を著しく損なうのもまた仕方のない結果だった。
(一緒に食事をするほどにはまだ気を許してもらえてないのかな)
ゆっくりと食事を終えたティフォは、あまり食べなかったムームの為に夜食分を残して、後の食事は片付けた。
ダストシュートに皿ごと放り込めば、無駄なく全てリサイクルされる仕組みだ。
次にティフォはムームの残した湯船に触手で触れて、ぐっと大きく作り変えた。
作り方は、頭の中で具体的にイメージするだけだ。触れた部分の生体鉱物がイメージ脳波を受け取り、それをもとに形を変えていく。
同時に湯を送り込むのは、AIの仕事だ。
ジェル状の膜で覆われた球状の湯が、湯船の中ではじける。
湯船の形が定まるころには、適温の湯もたまっていた。
ティフォは服を脱いで壁に向かって放り投げる。すると、ふっと壁に穴が開き、脱いだ服が自動で回収されていく。
ティフォは鼻歌交じりで湯船へとダイブした。
食事をして、入浴をする。そういった人並みの暮らしが贅沢に感じるくらいは、仕事に忙殺され続けていた。
勢いよく溢れたお湯が、窓に映る地球の風景のように波打つのを、ティフォは愉快な気持ちで眺める。
ムームを見れば、濡れた服をたくし上げながら、お湯に押されてたたらを踏んでいた。
目が合えば、お前のせいだと言わんばかりの不服顔だ。そんな顔もかわいい。
「はは! あとで新しい服を出してあげるから、怒らないで。そうそう、ムームのサイズの服も用意したんだった。ぶかぶかの服を着ているムームも、かわいいけどね」
無口なムームからの返事はない。
言葉の通じない星で、ほんの少し前まで劣悪な環境にいたのだ。警戒を解かないムームの態度は当然だ。それなのに不思議とこの部屋になじむムームの存在に、ティフォはどこか救われた気がした。
「濡れたしさ、一緒に入らない? さっきより大きなお風呂だよ。きっと気持ちがいいよ」
警戒するムームをさっと触手で絡め取り湯船に浮かべれば、濡れた衣類に足を取られぶくぶくと沈んでしまった。
「ご、ごめん。泳げないの知らなくて、ほら、つかまって」
慌てて触手で支えると、湯から顔を出したムームに地を這うような鳴き声で威嚇をされてしまった。
少し咽せているムームの背中をさすれば、触手を叩き落とされる。
痛む触手を撫でながらシュンとしているティフォを無視して、ムームは濡れた服を脱ぐと怒りもあらわに壁に投げつけた。濡れた服は壁に回収されていく。
「すごいね。ムームは賢いねぇ。脱いだ服の片付もできるんだ。教えなくても学習できるなんて、本当にすごい!」
怒るムームに、ティフォがすごいすごいと褒めれば、言葉は通じなくても何かしら通じたようだ。
ムームは足で触手を蹴り苛立ちを収めると、振り返りもせずお湯をすいすいと泳いでいく。
泳ぎ着いた浴槽縁につかまりながら、つるりとした浴槽の形状を変化させた。
ムームが湯につかりながら腰掛けるのにちょうどいい段差が、浴槽の縁にでき上がる。
さっそく腰掛けたムームは、空中に呼び出したAIに飲み物をオーダーしていく。
ムームは目を丸くして驚くティフォににやりと笑いながら、AIから受け取った水を飲んでみせた。
「すごいね! 本当にすごいね! ムームは文字が分かるのかい? 言葉は? ムームと会話ができたら、どれだけ素晴らしいことか!」
ティフォは感激して、空中のホログラフィーに簡単な単語を書いていく。
ケプラー惑星群共通語は、線と点と記号を組み合わせた優美な文様にも似た文字を使う。
ティフォは『水』の単語を書いて、ムームの飲み物を指さしてみせた。
ムームは面倒くさそうにしながらも、分からないという風に首を横に振るだけだった。
どうやらオーダーする際に空中に現れるホログラフィーの位置を記憶したらしい。
確かに水は一番に出てくる。
それならばと、ムームが気に入った食べ物が最初に出るように、オーダーシートの順番を入れ替えて実際に使って見せてやれば、ムームはすぐに理解したようだ。
オーダーシートを使いこなすムームの様子に、これで仕事中の心配が一つなくなったとティフォは胸をなで下ろした。
お風呂を片付けたあとも諦めきれずに幾度となく確認をしたが、どうやら地球人にはごく簡単な文字であっても判別が難しいらしい。
音声言語つまり会話も、口の構造の違いが大きすぎるためか、双方の言葉を理解することは難しいと言わざるを得なかった。
かくなる上は、ボディーランゲージに頼るしかないだろう。
疲れた様子のムームをベッドに寝かせながら、ティフォはムームの記録をまとめる作業に取りかかった。
万が一にもデータの流出がないように、データ共有機能を解除した上で厳重にロックをかけて、いくつかのダミーデータの下に隠蔽して保存をした。
今日一日で、分かったこと、分からなかったこと。ムームが何が好きで、どんな表情をしたか。バイタルチェックのデータも入力していく。
これは職業病でもあったかもしれないが、何よりもムームのことを詳細に覚えていたかったのだ。
ティフォはこの美しく賢い生き物に、すっかり夢中になっていた。
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