【完結】愛玩動物

匠野ワカ

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7_お風呂

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 壁にも全面ガラス張りの窓にも変化する、広く無機質な室内。
 ここは地球人保護施設で働くティフォの自宅。その中の寝室にあたる部屋。


 高性能AIが、この家の主人であるティフォを認識し、部屋のロックを解除する。

 念のため、ティフォの出入り以外は常にロックする設定となっている。誰かがティフォの意思に逆らい出入りしようとすれば、セキュリティの緊急通報が入る設定だ。
 今日一日中、AIから異常を知らせる連絡はなかった。ならば中のムームに異変があるはずもないのだが、気持ちは別問題だ。

 心配と不安からやや緊張しながら室内に入り、ティフォは立ち尽くした。




 そこには、小ぶりの湯船にゆったりと浸かるムームがいたのだ。



 仕事でやむを得ないとは言え、長時間一人にしてしまったと心配するティフォをよそに、ムームは入浴を堪能しているところだったらしい。

 ムームが元気そうで何よりだが、初日からここまで部屋の機能を使いこなすとは、純粋に驚きだった。

 想像し得る最悪の事態として、ティフォはムームの排泄の失敗を想定していた。その場合も、部屋のAIがすぐさま清掃するのだから、ゆっくり教えていけばいいだろうとまで考えていたのだ。
 これはティフォの予想をはるかに超える事態だった。


 ただ一つ問題があったとすれば、この部屋は寝室であって浴室ではないということくらいだった。
 それも閉じ込められているムームにとっては関係のない話だろう。
 AIが空調を整えてくれる。水滴は、床や壁に使われている生体鉱物による自動クリーン機能が常に稼働しているので、これもまた大きな問題ではない。


 ティフォはムームの知能の高さと何よりもその胆力に感心しながら、まじまじと観察をしてしまった。

 仕事では対象生物に警戒されないよう慎重に観察をするのだが、あまりのことに好奇心が抑えきれなかったのだ。
 ティフォは、ムームに射殺さんばかりの目で威嚇されて、ようやく我にかえった。



「あ、ご、ごめん。失礼しました」

 ティフォはそう言いながらムームに背を向け、触手で顔を覆った。
 さんざん隅々まで知ってはいるが、入浴中に不躾な視線は地球人にとってもマナー違反に違いない。

 背後からは、湯船から出る水音。ひたひたと聞こえるのは足音だろうか。



「えっと、その、ムームさん。もういいですか?」

 言葉の通じないムームからの返答は、当然ながらない。それでも触手で顔を覆いながらしばらく待てば、ムームの短い鳴き声が聞こえた。
 ティフォは了承の意と受け取って、ムームが怯えないようにゆっくり振り返った。


 ムームは造りだした不思議な形の台に、どっかりと座り、AIに風を送らせて濡れた髪を乾かしている。

 きっと二本の足では立っているのも疲れるのだろう。
 ムームの座る台には、背中や両脇に支えのような囲いがあり、座面は柔らかそうだった。地球の家具を再現したものだろうか。ゆったりと慣れた様子で台に腰掛けるムームを見ていると、どちらが家主か分からない。


 ムームは近くのテーブルから赤い実を一つ手に取り、ふてぶてしく齧り付いた。
 赤い果汁が口元を汚し、ムームの口の中にある赤い器官がそれを舐め取る。

 地球人の舌だ。
 ケプラー惑星群の触手生命体にはない、艶めかしい器官だった。ムームの体型に合わない大きな衣類から覗く肌は、暖かな色をしている。


 ティフォはそれだけで、昨夜のあられもないムームを思い出してしまった。
 青い体液が身体中を活発に巡り始め、顔が青くなる。血圧の上昇と動悸。理由は明白だ。


 ティフォは自制心を総動員して、性的興奮から触手がはしたなくぬめらないように視線を外した。


 ふと見れば、テーブルの上の食料がそれなりに減っている。

 ムームはどうやら甘味よりも、塩気のある食べ物のほうが好きなようだ。辛味も大丈夫らしい。酸っぱいものは一口かじって置いてある。苦手なのかもしれない。


 ティフォはざっとムーム好みの食材をピックアップし、今度はその食材を使って、いくつか調理した料理をAIにオーダーをした。

 そうこうするうちに、顔の青みは落ち着いてくれたようだ。



「あ、今、新しいご飯を出すからね。ムームはどんな調理方法が好きかな」


 ティフォはそう言いながらも、次々にでき上がる料理をテーブルに載せていく。

 朝の食材は時間が経って鮮度も落ちているだろう。ムームがお腹を壊したら大変だ。ムームには、新鮮な食事を食べてもらわなくては。
 今度、オーダーができるようにムームに教えてみようか。賢いムームなら、きっとすぐに使いこなせるだろう。
 ティフォはそう考えながら、古くなった食材を触手でまとめて、口にザラリと放り込んだ。

 鮮度が落ちたとは言っても、捨てるほどではない。ムームに合わせた小さくて柔らかな食材ばかりを用意していたのだ。これくらいならティフォの大きな口では一口だった。

 それを見たムームが、ぎょっとしている。



「ご、ごめんね。お行儀が悪かったかな。あ、大丈夫、ムームは食べないからね! 怖がらないで欲しいなぁ」

 ティフォが触手を振りながら弁明すれば、言葉が分からないなりに伝わったのか、ムームはしかめた顔をしながらも料理に目をやった。

「そう、これ、ムームの夕飯だよ! よかったら召し上がれ。お口に合えばいいんだけど」

 ムームはしばらく料理とティフォの顔を見比べていたが、無言で一つの料理皿をティフォの前に押しやった。

「遠慮しないで食べて。分かるかな? ムームの、ご飯、だよ。それとも、加工された食べ物は嫌い? あ、もしかして毒味をご所望かな?」



 朝と同じように食べてみせようと、料理皿を触手で持ち上げ、ザラリと一口食べてみせる。そうして料理皿をまたムームの前に戻せば、ムームの眉間に深いシワが寄った。

「あれ? 違った? えっと、じゃあこっちを食べる?」


 次々に一口食べてはムームの前に戻すが、一向にムームは手を付けようとしない。体調が悪いのかと心配になったティフォは、こっそりと透過スキャンでムームの体調を記録したが、目立った数値の悪化はないようだ。

 オロオロし始めたティフォを見て、ムームはため息をつくと、一つの皿を引き寄せた。

 同時に机から細い二本の棒を作り出して、手に持つ。ムームの手は触手とは違い、先が細く分かれていて、二本の棒を器用に握って動かしている。



 なるほど。地球人は道具を使って食事をするらしい。
 いったいどうなっているのかは分からないが、二本の棒を動かして魔法のように料理を口に運んでいく不思議な光景に、ティフォは思わず見とれてしまった。
 たった四本しかない手足だが、こんな繊細な動きをするとは、なかなかに興味深い。

 二本の棒で料理を取り分け、持ち上げ、小さな口元に運ぶ。口が開いて、咀嚼し、飲み込む。ただその繰り返しなのだが、ずっと見ていられる食事風景だった。


 しかし、不躾に見続けていたらまたムームに不快に思われてしまうだろう。ティフォは無理矢理に視線を外すと、自分の料理もオーダーし、ムームと一緒に食事をすることにした。

 精神的な疲労でずっと食欲がなかったのだが、経口固形栄養剤ではなく、きちんとした食事がしたくなった。これもムームのお陰だろう。思えば誰かと食事をするのも久しぶりだった。


 ティフォが外を見れば、今朝なんとなく設定した地球の青い風景にも、夜が訪れていた。

 地球の夜空には、薄ぼんやりとした光源の球体が淡く光りながら浮かび、それが水面の青の濃淡に反射して、優しく瞬いているようだった。

 参照データによると、月という衛星らしい。地球には夜でも光があるのか。うらやましい。今夜は自分もこの景色を見ながら、ゆったりと入浴をしようと、ティフォは密かに決意する。
 ミストシャワーや経口流動栄養食で済まさず、自分だって知的生命体らしい水準の生活をするべきだ。

 窓の外には、夜の青い風景。目の前にはかわいい地球人。そして温かい料理。ティフォは満たされた気持ちで食事をした。


 そこに悪気はなかったのだ。




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