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6_職場
しおりを挟む自宅から繭型の乗り物に乗って、自動運転で着いた先は白く四角い保護施設。
何が保護施設だ屠殺施設や殺処分施設に名前を変えてしまえと心の中で悪態をつきながら、ティフォは自分の職場に向かって歩く。
入り口に立つと白い壁に取り込まれ、識別認証による勤怠管理と同時に殺菌のミストを浴び、施設内の担当フロアに自動誘導される。
薄く発光する壁から出ると、同じように出勤する職員と軽く挨拶をかわした。
いつもと変わらない朝の光景だ。しかし今朝のティフォには、みんなが朝とは思えないほど疲れ無気力な表情をしていることに改めて気付いた。
きっと昨日までのティフォも同じ顔をしていたのだろう。
誰だってこんな仕事をしたくて入社したわけじゃない。政府の方針に我慢ができず、辞めていった職員も沢山いた。それでまた一人あたりの負担が増えるという悪循環。
ティフォは主任という名ばかりの役職を与えられ、給料は増えず仕事量だけが増え続けていた。
それでも何も思わず考えず、仕事があるのだから働くという単純な図式にすることで、自分を騙しながら働いてきたのだ。
「よう、おはようさん」
「……おはよう」
ニヤニヤと挨拶をする同僚の姿を確認すると、ティフォは挨拶もそこそこに立ち去ろうとした。
苦手な同僚のギーだった。
待てよと触手を絡められ、そのヌルついた触手の感触にぞっとする。
手足でありながら生殖器でもある触手は、サラリとした状態でなくてはマナー違反なのだ。
不可抗力を除き、触手をヌルつかせていいのは、つまり、そういう雰囲気になったときだ。公衆の面前で、しかも朝の職場でなど論外だった。
あまりのことに指摘するのも不快だが、とうの本人は何食わぬ顔で話を続けている。
ティフォはため息を飲み込んで、ギーの触手を振り払いながら、なるべく平静を装った。
「何、新しい彼女でもできたのか?」
「いや」
「へぇ。その割には、ねぇ」
「プライベートだ。それにもう時間だろ。ギーも自分の研究室に急げ」
「俺は業績がいいから細かいことはいいんだよ。それよりもティフォお前、今月のノルマ、ヤバいんじゃないのか」
「真面目に仕事はしている」
「おーおー、真面目に、ねぇ。新しい主任さんは、どうにも要領が悪いからなぁ」
慈悲の心がカケラもないギーは、保護された地球人をろくに確認もせず、片っ端から殺処分をしているという噂だった。
確認作業や治療もせずに処分していけば、たしかに効率はいいだろう。
しかし、そんなことは許されるべきではない。
私たちが最後の砦にならなくてはという思いで、多くの職員は神経をすり減らしながら奔走しているのだ。ノルマ制を示唆して数だけを競わせるような上のやり方が、そもそも間違っているのだ。
「お前は」
「あー、はいはい、お説教は結構。政府にとっちゃ、俺のほうがありがたい存在なんだぜぇ」
「そういう問題じゃないだろう」
「お優しい主任さんは、俺の心配より自分の心配をするべきだな。まぁせいぜい足を引っ張らないように、頑張ってくれよ」
ティフォは無言で自分の研究室の前に立ち、振り返りもせずギーを追い払うように触手を振った。
白い壁に取り込まれたその先が、ティフォの担当となる研究室だ。
前任が精神的な理由で退職してから、急遽のことで後釜に据えられたティフォのことが、ギーはよほど気に入らないらしい。
仕事ができると自負しているのは、嫌というほど伝わってくるのだが。ティフォがため息を吐くと、研究室の奥から助手のカヤが顔を出した。
「おはようございます。朝からため息ですか。まさかまた昨日も遅くまで残業してたんですか」
「いや、そこでギーに会って。昨日はあれから二件急ぎの要件があっただけで、後処理もそこそこにちゃんと帰宅したよ」
「ああ、それは災難でしたね」
カヤは頭の回転もよく、気立てのいい助手だ。保護施設職員になるための実務研修を兼ねた助手なのだが、この様子なら正式に資格試験に合格する日も近いだろう。
カヤが正規職員になるまでに、この施設と地球人問題が少しでもいい方向に向かって欲しい。せめて自分が持ちうるノウハウを惜しみなく与え、助手の間は定時帰宅を促す。
つまりティフォにはその程度しかできない不甲斐ない状態なのだ。
今はまだいい。しかしいつかカヤも他の職員のように、死んだ目をしながら働くようになってしまうのだろうか。
「主任。さっそく新しい保護生体が待っていますが、受け入れてもいいでしょうか」
「はい。では、本日もよろしくお願いします。今日は新しく試したい治療法があります。治療過程のデータ採取とサポートをよろしくお願いします」
透明なケースが時空輸送で送られてくる。中の地球人はまだ幼いようだ。落ち着きなくキョドキョドしながら手を噛んでいる。
自傷行為はあるものの、意識は明瞭。ティフォは指示書に手早く目を通しながら、治療にあたる。
ティフォはムームを思い出す。もう一匹たりとも殺処分をしたくない。ノルマなど糞食らえだ。しかしただの職員である私にできることは、何があるのだろうか。ティフォは心の内で自問自答を繰り返した。
今日受け入れた地球人は二体。たったの二体だった。
さらにはそのどちらも治療過程のデータ採取のための被験体として、研究室に留置すると、書類データに明記した。
そして極めつけに、そわそわと定時で帰宅準備を始めたティフォを見て、助手のカヤは目を剥いた。
まぁそうなるだろう。しかしどう思われても構わない。いきなり知らない部屋で一日を過ごしたムームが気になって気になって、ティフォはもう限界だった。
助手のカヤを追い出すように一緒に定時で研究室を出る。社畜のティフォにとって当然のことながら、初めてのことだった。
「……うん。よかったです。主任がいつ倒れるかと心配しなくてすみそうで。では、お疲れさまでした」
カヤはしばらく考えたあと、にっこり笑ってそう言うと、触手を振りながら壁に取り込まれていった。
思うところはあるだろうに無駄な詮索はしない、性格も頭もとてもいい子だ。他の職種へ今から変更する気はないのだろうか。今度、それとなく聞いてみようか。いや、余計なお世話だろうか。
ティフォが仕事や助手のカヤのことを考えたのは、ここまでだった。
壁から外に出れば、所有する繭型の乗り物まで自動で誘導される。
壁の中で識別認証と同時に殺菌のミストを浴び、朝と同じ場所に出るのだ。
一歩外に出れば、ティフォの頭の中は家で待つムームのことでいっぱいになっていた。
いつもは自宅に戻ってからも上手く気持ちが切り替えられず、寝ても覚めても仕事のことを考えては憂鬱になっていたものなのに。
ティフォはうっかり鼻歌を歌いださないように腹に力を入れながら、いそいそと繭の中に乗り込んだ。
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