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ことわ子

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好奇の目【ゼン】

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 考えごとをしながら歩いていると、問屋の目の前まで来ていた。白く曇ったスライドガラスのドアを開けながら店内に向かって声をかける。
 すると、すぐに店主のおじさんが商品に埋もれたカウンターの奥から顔を出した。
 相変わらず、あまり売れない商品には薄く埃が積もっていて、カオスな商品棚はどこに何が置いてあるのか一目では分からない状態だった。
 しかし、ここが一番付き合いの長い問屋で、俺が独立する前からお世話になっていたため、ここで買い物をすることが大半だった俺には見慣れた光景だった。

「おー、ゼン。今度は何買い忘れてたんだ?」
「紙ヤスリと……あ、後ついでにルーペとピンセットも何本か買っとくか……」

 俺が、そう呟くと、おじさんは何故かニヤニヤと笑い始めた。心当たりがない分不気味に感じる。

「そういえば、お前さん、随分可愛い従業員雇ったんだってなぁ……」
「可愛い従業員……?」
「ほら、髪が派手な色で華奢な感じの……」

 トナミだ。
 顔が可愛い従業員ということなら大体は同意するが、この野次馬的な感じだと絶対に勘違いされているな、と弘也の時のことを思い出した。
 俺はため息を吐くと、誤解を解くために口を開いた。

「彼女じゃないから」
「またまた~今はまだ彼女じゃなくても狙ってるんだろ? 大丈夫、ゼンはイイ男だから向こうから言い寄ってくるって!」
「あいつ、あれで男なんだよ」

 俺の返しにおじさんは固まった。まぁ固まりたくなるのも無理はない。それほど、トナミの顔は華があって人の目を引く。

「いや、商店街で噂になってたんだよ。ゼンの店に可愛い子がいるって」
「また面倒くさいことになってるな……」
「結構、その子目当てで外から覗いてるやつも多いみたいだよ。この前も地元の高校生どもが遠巻きに撮影して騒いでたって」
「え、……」
「中にはわざわざ声をかけたやつもいたって聞いたけど。男でも良い気はしないよなぁ……」
「なんだよそれ……」
「ゼンの彼女ならゼンが守ってくれると思ってたけど、そうか、違うのか……」

 そこまでの噂になっているとは思わず、驚くと同時に言い表せない不快感が胸の中に充満する。
 俺が店に立っているときにはそんな様子は一切無かった。ということは、俺が店を離れたタイミングを狙って、そういう輩が現れていたことになる。
 そして、今俺がこうして雑談をしている間も、トナミが好奇の目に晒されているかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなった。

「ごめん、俺もう戻らなきゃ……!」
「はいこれ、取り敢えず一通り見繕っておいたから、足りないものがあれば電話しな。こっちから届けに行くから」
「ありがとう!」

 俺の気持ちを察してくれたのか、おじさんは笑いながら商品を渡してくれた。こういうところが好きで俺はこの店に通い続けている。
 急いで問屋を出て、小走りで店に戻る。なるべく早く、トナミを人の目から隠せる場所に行かせようと気持ちが急ぐ。
 トナミはそんなこと、一度も俺に相談して来なかった。もしかしたら、大して気にしていないのかもしれない。トナミはそういう経験を今までの人生で何度も経験してきて、今更何とも思わないのかもしれない。
 それでも、俺が嫌だという理由だけで、歩幅はどんどん大きくなっていった。

「トナミ!?」

 店の裏から中に入り、店番をしていたトナミに声をかける。トナミは大きくビクッと身体を揺らすと、ゆっくりと俺の方を向いた。
 オレが出て行った時からは想像もつかないくらい真っ青な顔で小刻みに震えている。

「トナミ、どうした? 何か嫌なことでもあったのか!?」

 トナミは引き攣った表情のまま首を左右に振った。
 絶対に何かあったはずなのに、トナミは口を開こうとしない。こんな状態になっても俺には何も教えてはくれない。そのことが悔しかった。
 俺は無意識にトナミに手を伸ばした。震えているトナミの手に触れようとした瞬間、勢いよく手を引っ込められた。
 俺に触れて欲しくないという、完全な拒絶の色を灯した瞳が揺れている。

「トナ──」
「ごめん、」

 震える声でトナミが呟いた。
 
「ごめん、今日は、もう、上がっても、いい……? ちょっと……疲れちゃった、から……」

 途切れ途切れにまるで言葉を覚えたての人間のように言葉を区切って息をする。

「あ、うん。それは大丈夫だけど──、」

 その先の言葉を発することは躊躇われた。
 こんな状態のトナミに俺はこれ以上理由を追究することは出来ず、直ぐに上がるように促す。
 俺が今出来ることはそれくらいしかない。

「後のことは全部やっておくから、直ぐに上がって休んでな」
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 いつものトナミからは想像出来ないくらいか細い声で何度も謝ってくる。
 痛々しくて見ていられなくなった俺は、もう大丈夫だから、と言葉を残し、作業に戻るフリをした。
 俺が近くにいる限り、トナミは謝り続けるだろうと思っての行動だったが、トナミは傷付いたように顔を歪め、店を出て行った。
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