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一夜明けて【ゼン】
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ちょうど忙しさが落ち着いてきた午後。
俺はうっかり忘れていたことを思い出した。
「悪い! ちょっと店番頼まれてくれないか……?」
「店番? いいけど……」
俺は普段通りを装ってトナミに声をかけた。
いつも表情に出てしまう自分にしては自然に振る舞えたとグッと拳を握る。この調子なら大丈夫そうだ。
朝起きたら、トナミの顔が至近距離にあった。一瞬状況が飲み込めなかったが、目だけは一気に冴えた。信じられないことに、俺が抱き寄せるように寄り添いながら寝ていて、思わずベッドから転がり落ちた。幸い、トナミが起きることはなかったが、俺はとんでもないことをしてしまったと頭を抱えた。
おぼろげながら、昨日の夜にトナミが帰って来た記憶はあった。いくつか言葉を交わした様な気もするが、あの時俺はとにかく眠たくて、トナミに早く寝るように促したのを思い出した。それ以上の記憶は無いのだが、何がどうなったらあんな状態に落ち着くのか見当もつかない。
トナミが勝手に潜り込んできた可能性も捨て切れないが、おそらく俺の方から声をかけたのだろう。トナミの背中にしっかりと回された自分の腕がその証拠だ。
そしてトナミは嫌がらずにそれに従った。あんなに密着する体勢で、俺の腕の中で眠ったのだ。
多分それ以上のことは起こっていないはずで、言ってしまえば、ただ男が二人添い寝で寝落ちただけなのだが、その事実がなんだか恥ずかしくて、今朝からずっとトナミの顔を見れないでいた。
見た感じ、トナミは何でもない顔をしているため、掘り返すことも冗談にすることも出来ずに悶々としていた。
相手は男で、素性のわからない人間だと、いくら言い聞かせても、トナミが近くにいると鼓動が速くなるのを抑えることが出来ないでいる。色んな意味で意識してしまっていると認めざるを得ない。
そんな時に限って、トナミに店の手伝いをお願いしていたのだから、俺は本当に間が悪い人間だと思った。
「多分、15分くらいで戻って来れると思うんだけど……!」
雑念だらけで血迷いそうになる自分を落ち着けるために、一旦、物理的に距離を取ることにした。店を出て、世間を見て歩けば、気持ちも落ち着くだろうと踏んだのだ。
トナミだって気まずいかもしれないし、と適当に理由を付け加える。
「急がなくて大丈夫だよ。買い出し?」
「そうそう、材料切れてたの忘れてたんだよな」
そう言いながら、作業で汚れたエプロンを軽く叩いた。もわっと白い埃が舞って、横にいたトナミが軽く咽せた。
「あ、悪い……!」
「だ、大丈夫……」
トナミは少しアレルギー体質なのか、埃に反応することがあった。手伝いに来てもらうようになって、俺もこまめに掃除をしたり、なるべく埃を立てないように気をつけているつもりだったが、気を抜くと直ぐに一人で仕事していた時のように振る舞ってしまうことが多々あった。
これは本当に反省しないとダメだな……
俺は今一度心に刻み込むと、机の上に置きっぱなしだった使い込まれた皮の財布をポケットに突っ込んだ。そして店を出ようとドアノブに手をかける。
「え、そのままの汚れた格好で行くの……?」
「ん? そうだけど。買い出しっていっても行くの問屋だし、別に誰も気にしないだろ今更」
「……そっか、いってらっしゃい」
「……行ってくる」
トナミの返事までの間が気になったが、色々怖くて突っ込んで聞くことができなかった。
一緒に暮らし始めて分かったのだが、トナミはかなり身嗜みに気を使う方だった。風呂上がりには肌の手入れをし、常に爪は綺麗に整えていて、髪には週に一回パックをする。芽依ですらそこまでしているのを見たことがない。見せないようにしていただけかもしれないが。
見たことのないような化粧品が洗面所や風呂場に並んでいくのを見ると何故か妙な気持ちになった。
そのくせに、ファッションには興味が無いのか、買う服はどれもモノクロのシンプルで替えがきくものが多く、アクセサリーの類もつけなかった。
仕事柄、メンズ物のアクセサリーを作ることも多かったが、トナミのような中性的な顔立ちはメンズ物からレディース物、ユニセックスな物まで幅広いデザインが似合いそうで、トナミが自分を着飾ることに興味が無いことが残念でしょうがなかった。
あ、でも最近は……
トナミが自分で作ったブレスレットをしているのを何回か見かけた。一応、括り的にはレディース物だったが、幾何学的でシンプルなデザインだったため、トナミによく似合っていた。
嬉しそうに手首を眺めているのを見ると、こっちまで嬉しい気持ちになった。
今度、なんかアクセサリーでも作ってやろうかな。
そう思って、直ぐにやめた。
前に一度、それをやって失敗しているからだ。なまじ仕事にしている分、手作りという重みの感覚が人とズレてしまっているんだと感じた。
作って欲しい、と本人からお願いされるまでは余計なことはしない方がいいと、流石に学んだ。
どうにも情が湧いてくると世話を焼きたくなってしまって困る。
俺はうっかり忘れていたことを思い出した。
「悪い! ちょっと店番頼まれてくれないか……?」
「店番? いいけど……」
俺は普段通りを装ってトナミに声をかけた。
いつも表情に出てしまう自分にしては自然に振る舞えたとグッと拳を握る。この調子なら大丈夫そうだ。
朝起きたら、トナミの顔が至近距離にあった。一瞬状況が飲み込めなかったが、目だけは一気に冴えた。信じられないことに、俺が抱き寄せるように寄り添いながら寝ていて、思わずベッドから転がり落ちた。幸い、トナミが起きることはなかったが、俺はとんでもないことをしてしまったと頭を抱えた。
おぼろげながら、昨日の夜にトナミが帰って来た記憶はあった。いくつか言葉を交わした様な気もするが、あの時俺はとにかく眠たくて、トナミに早く寝るように促したのを思い出した。それ以上の記憶は無いのだが、何がどうなったらあんな状態に落ち着くのか見当もつかない。
トナミが勝手に潜り込んできた可能性も捨て切れないが、おそらく俺の方から声をかけたのだろう。トナミの背中にしっかりと回された自分の腕がその証拠だ。
そしてトナミは嫌がらずにそれに従った。あんなに密着する体勢で、俺の腕の中で眠ったのだ。
多分それ以上のことは起こっていないはずで、言ってしまえば、ただ男が二人添い寝で寝落ちただけなのだが、その事実がなんだか恥ずかしくて、今朝からずっとトナミの顔を見れないでいた。
見た感じ、トナミは何でもない顔をしているため、掘り返すことも冗談にすることも出来ずに悶々としていた。
相手は男で、素性のわからない人間だと、いくら言い聞かせても、トナミが近くにいると鼓動が速くなるのを抑えることが出来ないでいる。色んな意味で意識してしまっていると認めざるを得ない。
そんな時に限って、トナミに店の手伝いをお願いしていたのだから、俺は本当に間が悪い人間だと思った。
「多分、15分くらいで戻って来れると思うんだけど……!」
雑念だらけで血迷いそうになる自分を落ち着けるために、一旦、物理的に距離を取ることにした。店を出て、世間を見て歩けば、気持ちも落ち着くだろうと踏んだのだ。
トナミだって気まずいかもしれないし、と適当に理由を付け加える。
「急がなくて大丈夫だよ。買い出し?」
「そうそう、材料切れてたの忘れてたんだよな」
そう言いながら、作業で汚れたエプロンを軽く叩いた。もわっと白い埃が舞って、横にいたトナミが軽く咽せた。
「あ、悪い……!」
「だ、大丈夫……」
トナミは少しアレルギー体質なのか、埃に反応することがあった。手伝いに来てもらうようになって、俺もこまめに掃除をしたり、なるべく埃を立てないように気をつけているつもりだったが、気を抜くと直ぐに一人で仕事していた時のように振る舞ってしまうことが多々あった。
これは本当に反省しないとダメだな……
俺は今一度心に刻み込むと、机の上に置きっぱなしだった使い込まれた皮の財布をポケットに突っ込んだ。そして店を出ようとドアノブに手をかける。
「え、そのままの汚れた格好で行くの……?」
「ん? そうだけど。買い出しっていっても行くの問屋だし、別に誰も気にしないだろ今更」
「……そっか、いってらっしゃい」
「……行ってくる」
トナミの返事までの間が気になったが、色々怖くて突っ込んで聞くことができなかった。
一緒に暮らし始めて分かったのだが、トナミはかなり身嗜みに気を使う方だった。風呂上がりには肌の手入れをし、常に爪は綺麗に整えていて、髪には週に一回パックをする。芽依ですらそこまでしているのを見たことがない。見せないようにしていただけかもしれないが。
見たことのないような化粧品が洗面所や風呂場に並んでいくのを見ると何故か妙な気持ちになった。
そのくせに、ファッションには興味が無いのか、買う服はどれもモノクロのシンプルで替えがきくものが多く、アクセサリーの類もつけなかった。
仕事柄、メンズ物のアクセサリーを作ることも多かったが、トナミのような中性的な顔立ちはメンズ物からレディース物、ユニセックスな物まで幅広いデザインが似合いそうで、トナミが自分を着飾ることに興味が無いことが残念でしょうがなかった。
あ、でも最近は……
トナミが自分で作ったブレスレットをしているのを何回か見かけた。一応、括り的にはレディース物だったが、幾何学的でシンプルなデザインだったため、トナミによく似合っていた。
嬉しそうに手首を眺めているのを見ると、こっちまで嬉しい気持ちになった。
今度、なんかアクセサリーでも作ってやろうかな。
そう思って、直ぐにやめた。
前に一度、それをやって失敗しているからだ。なまじ仕事にしている分、手作りという重みの感覚が人とズレてしまっているんだと感じた。
作って欲しい、と本人からお願いされるまでは余計なことはしない方がいいと、流石に学んだ。
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