僕は花を手折る

ことわ子

文字の大きさ
上 下
3 / 21

花を手折るまで後、6日【3】

しおりを挟む
***


「どこに行ったんだろ……?」

 シセルが行きそうな場所はほとんど見てまわった。応接室、温室、食堂、浴室、果ては馬小屋まで、普段シセルを見かける場所はくまなく探した。しかしシセルの姿はどこにもなかった。

 もしかしたら、僕との花の契りが嫌で城から逃げ出してしまったのかもしれない。そう思うとどんどん心臓が早く動き出した。
 そこまで嫌だったなんて。
 安直に、これからもシセルと一緒にいられるという事実に舞い上がってしまっていたが、シセルの気持ちは少しも考えていなかったことに今更気がついて愕然とする。
 独りよがりのバラの花束。
 そんなものを渡そうとしていた自分を恥じた。
 花の契りは王族の義務だが、それに他の人間を巻き込むことの愚かさに気づいてしまったからにはこのままではいけないと思った。シセルが嫌なのであればこの話はなかったことにしたい。

 シセルの気持ちを無視してまで一緒にいたいとは思わない。しかし神託を覆す、そんな前例は勿論ない。
 僕は短く息を吐いて宙を仰いだ。
 せめて、
 せめてもう一度シセルと話したいと思った。


***


 僕はぐるぐると考え込みながら、自室の前へと帰ってきた。
 結局、シセルは見つからなかった。もしかしたら騎士団に戻っているかもしれないと、訓練場に足を運んだが、まだ戻って来ていないようだった。
 本格的に城から逃げ出してしまった説が濃厚になってきた。

 そんなことをしたらシセル本人はおろか、実家の伯爵家も処罰の対象になる。家族仲が良かったシセルが安易にそんな行動をとらないだろうと願いながら、一旦落ち着こうとドアを開く。
 すると。

「シセル!」

 探し回っていたシセルがまさか自分の部屋にいるとは思わず、思わず大きな声を出す。

「シセル! 良かった!」

 僕の妄想の中でシセルは既に捕まっていて、伯爵家に騎士団が向かっている最悪の状況だった。そうなる前にシセルを見つけられて心の底から安堵する。

 僕は悩んでいたことも忘れて駆け寄った。触れて現実を確かめたいと思った。手を伸ばすと自分より少し高い位置にある顔に触れた。ひんやりと冷たい、いつものシセルの体温を感じる。

 あぁ、良かった。

「おい」

 僕は自分の妄想に入り込み過ぎて、顔を触られているシセルが、眉根を寄せてこちらを見ていることに気がつかなかった。声をかけられてようやく我に返る。

 いけない。また一人で暴走してしまった。

 僕はシセルに大切な話をしようと姿勢を正した。

「あの、さっきはごめんなさい」
「それは何に対する謝罪なんだ?」

 シセルの水色の瞳は先程とは違い怒りの色を孕んではいない。かわりに少し困惑の表情をしている。

「一方的に僕の気持ちを押し付けてしまったこと」
「決まりなんだから仕方ないだろ。リシュにも俺にも拒否権なんかない」

 顔を歪めてそう言う。その顔から否定の言葉が一言一言漏れ出してくる度に僕の気持ちは落ち込む。
 充分すぎるほどにシセルの気持ちは感じ取れた。
 やっぱりこんなのはおかしいと思う。

「僕、考えたんだけどさ、神託、覆せないかなって」
「は?」
「勿論前例はないし、きっと只事じゃすまないと思う。だけど、このままでいいのかなって。シセルと……あと僕の為にも」

 僕の真剣さは目が合ったときに伝わったようで、シセルは冗談だろ、と笑い飛ばすようなことはしなかった。その代わりに妙な緊張感が二人を包み込む。

「僕は王族だから花の契りを交わさないといけない。だけど、シセルにそんな義務はないから。……だから」
「だから? 違うやつを『花』にするってか?」

 急に大きな声を出されてびっくりする。

「あんなに馬鹿みたいな顔して、浮かれて花束まで渡してきたのに、もう心変わりかよ」
「ちが──」

 何かを勘違いしているシセルは詰め寄って来て、僕の右手を強く掴んだ。強引な力に思わずよろける。

「──ない」
「へ?」
「リシュの『花』は譲らない」

 間近で見たシセルの瞳は大きく揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...