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花を手折るまで後、6日【3】
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***
「どこに行ったんだろ……?」
シセルが行きそうな場所はほとんど見てまわった。応接室、温室、食堂、浴室、果ては馬小屋まで、普段シセルを見かける場所はくまなく探した。しかしシセルの姿はどこにもなかった。
もしかしたら、僕との花の契りが嫌で城から逃げ出してしまったのかもしれない。そう思うとどんどん心臓が早く動き出した。
そこまで嫌だったなんて。
安直に、これからもシセルと一緒にいられるという事実に舞い上がってしまっていたが、シセルの気持ちは少しも考えていなかったことに今更気がついて愕然とする。
独りよがりのバラの花束。
そんなものを渡そうとしていた自分を恥じた。
花の契りは王族の義務だが、それに他の人間を巻き込むことの愚かさに気づいてしまったからにはこのままではいけないと思った。シセルが嫌なのであればこの話はなかったことにしたい。
シセルの気持ちを無視してまで一緒にいたいとは思わない。しかし神託を覆す、そんな前例は勿論ない。
僕は短く息を吐いて宙を仰いだ。
せめて、
せめてもう一度シセルと話したいと思った。
***
僕はぐるぐると考え込みながら、自室の前へと帰ってきた。
結局、シセルは見つからなかった。もしかしたら騎士団に戻っているかもしれないと、訓練場に足を運んだが、まだ戻って来ていないようだった。
本格的に城から逃げ出してしまった説が濃厚になってきた。
そんなことをしたらシセル本人はおろか、実家の伯爵家も処罰の対象になる。家族仲が良かったシセルが安易にそんな行動をとらないだろうと願いながら、一旦落ち着こうとドアを開く。
すると。
「シセル!」
探し回っていたシセルがまさか自分の部屋にいるとは思わず、思わず大きな声を出す。
「シセル! 良かった!」
僕の妄想の中でシセルは既に捕まっていて、伯爵家に騎士団が向かっている最悪の状況だった。そうなる前にシセルを見つけられて心の底から安堵する。
僕は悩んでいたことも忘れて駆け寄った。触れて現実を確かめたいと思った。手を伸ばすと自分より少し高い位置にある顔に触れた。ひんやりと冷たい、いつものシセルの体温を感じる。
あぁ、良かった。
「おい」
僕は自分の妄想に入り込み過ぎて、顔を触られているシセルが、眉根を寄せてこちらを見ていることに気がつかなかった。声をかけられてようやく我に返る。
いけない。また一人で暴走してしまった。
僕はシセルに大切な話をしようと姿勢を正した。
「あの、さっきはごめんなさい」
「それは何に対する謝罪なんだ?」
シセルの水色の瞳は先程とは違い怒りの色を孕んではいない。かわりに少し困惑の表情をしている。
「一方的に僕の気持ちを押し付けてしまったこと」
「決まりなんだから仕方ないだろ。リシュにも俺にも拒否権なんかない」
顔を歪めてそう言う。その顔から否定の言葉が一言一言漏れ出してくる度に僕の気持ちは落ち込む。
充分すぎるほどにシセルの気持ちは感じ取れた。
やっぱりこんなのはおかしいと思う。
「僕、考えたんだけどさ、神託、覆せないかなって」
「は?」
「勿論前例はないし、きっと只事じゃすまないと思う。だけど、このままでいいのかなって。シセルと……あと僕の為にも」
僕の真剣さは目が合ったときに伝わったようで、シセルは冗談だろ、と笑い飛ばすようなことはしなかった。その代わりに妙な緊張感が二人を包み込む。
「僕は王族だから花の契りを交わさないといけない。だけど、シセルにそんな義務はないから。……だから」
「だから? 違うやつを『花』にするってか?」
急に大きな声を出されてびっくりする。
「あんなに馬鹿みたいな顔して、浮かれて花束まで渡してきたのに、もう心変わりかよ」
「ちが──」
何かを勘違いしているシセルは詰め寄って来て、僕の右手を強く掴んだ。強引な力に思わずよろける。
「──ない」
「へ?」
「リシュの『花』は譲らない」
間近で見たシセルの瞳は大きく揺れていた。
「どこに行ったんだろ……?」
シセルが行きそうな場所はほとんど見てまわった。応接室、温室、食堂、浴室、果ては馬小屋まで、普段シセルを見かける場所はくまなく探した。しかしシセルの姿はどこにもなかった。
もしかしたら、僕との花の契りが嫌で城から逃げ出してしまったのかもしれない。そう思うとどんどん心臓が早く動き出した。
そこまで嫌だったなんて。
安直に、これからもシセルと一緒にいられるという事実に舞い上がってしまっていたが、シセルの気持ちは少しも考えていなかったことに今更気がついて愕然とする。
独りよがりのバラの花束。
そんなものを渡そうとしていた自分を恥じた。
花の契りは王族の義務だが、それに他の人間を巻き込むことの愚かさに気づいてしまったからにはこのままではいけないと思った。シセルが嫌なのであればこの話はなかったことにしたい。
シセルの気持ちを無視してまで一緒にいたいとは思わない。しかし神託を覆す、そんな前例は勿論ない。
僕は短く息を吐いて宙を仰いだ。
せめて、
せめてもう一度シセルと話したいと思った。
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僕はぐるぐると考え込みながら、自室の前へと帰ってきた。
結局、シセルは見つからなかった。もしかしたら騎士団に戻っているかもしれないと、訓練場に足を運んだが、まだ戻って来ていないようだった。
本格的に城から逃げ出してしまった説が濃厚になってきた。
そんなことをしたらシセル本人はおろか、実家の伯爵家も処罰の対象になる。家族仲が良かったシセルが安易にそんな行動をとらないだろうと願いながら、一旦落ち着こうとドアを開く。
すると。
「シセル!」
探し回っていたシセルがまさか自分の部屋にいるとは思わず、思わず大きな声を出す。
「シセル! 良かった!」
僕の妄想の中でシセルは既に捕まっていて、伯爵家に騎士団が向かっている最悪の状況だった。そうなる前にシセルを見つけられて心の底から安堵する。
僕は悩んでいたことも忘れて駆け寄った。触れて現実を確かめたいと思った。手を伸ばすと自分より少し高い位置にある顔に触れた。ひんやりと冷たい、いつものシセルの体温を感じる。
あぁ、良かった。
「おい」
僕は自分の妄想に入り込み過ぎて、顔を触られているシセルが、眉根を寄せてこちらを見ていることに気がつかなかった。声をかけられてようやく我に返る。
いけない。また一人で暴走してしまった。
僕はシセルに大切な話をしようと姿勢を正した。
「あの、さっきはごめんなさい」
「それは何に対する謝罪なんだ?」
シセルの水色の瞳は先程とは違い怒りの色を孕んではいない。かわりに少し困惑の表情をしている。
「一方的に僕の気持ちを押し付けてしまったこと」
「決まりなんだから仕方ないだろ。リシュにも俺にも拒否権なんかない」
顔を歪めてそう言う。その顔から否定の言葉が一言一言漏れ出してくる度に僕の気持ちは落ち込む。
充分すぎるほどにシセルの気持ちは感じ取れた。
やっぱりこんなのはおかしいと思う。
「僕、考えたんだけどさ、神託、覆せないかなって」
「は?」
「勿論前例はないし、きっと只事じゃすまないと思う。だけど、このままでいいのかなって。シセルと……あと僕の為にも」
僕の真剣さは目が合ったときに伝わったようで、シセルは冗談だろ、と笑い飛ばすようなことはしなかった。その代わりに妙な緊張感が二人を包み込む。
「僕は王族だから花の契りを交わさないといけない。だけど、シセルにそんな義務はないから。……だから」
「だから? 違うやつを『花』にするってか?」
急に大きな声を出されてびっくりする。
「あんなに馬鹿みたいな顔して、浮かれて花束まで渡してきたのに、もう心変わりかよ」
「ちが──」
何かを勘違いしているシセルは詰め寄って来て、僕の右手を強く掴んだ。強引な力に思わずよろける。
「──ない」
「へ?」
「リシュの『花』は譲らない」
間近で見たシセルの瞳は大きく揺れていた。
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