僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、5日【1】

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 リシュの『花』は譲らない。

 シセルははっきりとそう言った。

 僕はカーテンの隙間から漏れる朝の光に目を細めながら、ベッドに寝転び頭の中で反芻した。昨日はシセルが去った後、もんもんと考え込んでしまい、結局ろくに眠れなかった。

 あれは一体どういう意味だったんだろうと未だに考え続けている。てっきりシセルは僕の『花』になることを嫌がっているんだと思っていた。だけど、シセルは全く逆のことを言った。

 背伸びをしながらうつ伏せになる。枕に顔が埋まって当たり前だが息苦しい。

 そういえば、シセルは俺たちに拒否権はない、とも言っていた。つまり拒否権さえあれば辞退したいということなのだろう。優しいシセルのことだ、家のことや僕の立場を鑑みて、譲らないという選択肢を選んでくれたんだろう。

 結果的に一応は僕の意向とシセルの意向は一致したことになる。しかしどうにも腑に落ちない。本当にこのままでいいんだろうかと考えてしまう。

 と、控えめにドアをノックする音がして飛び起きた。いつもより遅い時間までダラダラしてしまっている自覚はあったが、わざわざメイドが呼びに来るくらいの時間になってしまっていたのかと反省する。
 僕は返事をすると入室を許可した。

「昨日からちょっと考え事しててさ、あんまり寝れてないんだよね」

 入室の挨拶がないことを不審に思いながらも、カーテンで仕切られた向こう側にいるはずのメイドに向かって話しかける。
 ただの世間話のつもりだった。決して寝坊したわけではないという言い訳も少し含まれていたが。

「それは、俺のせいで?」
「え……」

 カーテンの向こう側から現れたのはシセルだった。

「シセル! なんで!?」
「俺が『花』に決まったからだろ」
「あ、……そうか」

 『花』に決まった人間は基本的に伴侶となる王族の傍で生活することになる。契りを交わす前の予行練習のようなしきたりだが、今の僕にとってそれは最悪の決まりだった。
 それはシセルにとっても同じかもしれない。

「だからわざわざシセルが呼びに来てくれたんだ……」
「そういうわけだから、早く支度しろよ」

 シセルはどちらかといえば愛想の良い方ではなかったが、昨日の一件以来、更に悪くなったような気がした。
 そんな態度をとられ続けるのは悲しい。
 僕は思い切って声を出した。

「あのさ、提案があるんだけど」

 声が上擦ってしまい、恥ずかしくなる。

「シセルは今まで通りに過ごして欲しい。僕に付き従う必要はないし、僕も束縛したりはしない。だけど」

 一晩かけて考えた僕の答え。

「花の契りだけは僕として欲しい」

 僕はシセルの目を見てそう言った。二人にとって最適な答えだと思っていたのに、何故かシセルはみるみる顔を赤くした。

「それ意味分かって言ってるのか!?」
「……分かってるけど」

 言葉通りの意味だ。シセルの自由を奪いたくない。僕のことが嫌いなら傍にいてもらわなくても構わない。しきたりの許す範囲でシセルには幸せでいて欲しいと思う。
 シセルは何か言葉を飲み込んだ後、分かった、とだけ呟いた。
 これで体面的にはシセルは僕の伴侶となった。契約で結ばれた仮初めの関係だが、少しだけ安心している自分がいた。

「そういうことなら俺はもう行く」
「え、あ、うん」
「リシュ、今日の予定を忘れてないよな?」
「予定……?」

 シセルとのあれこれで頭がいっぱいだった僕は、今日の予定をすっかり忘れていた。

「乗馬大会!」

 乗馬大会は国の公式行事で主催者は僕の兄である第二王子のエドアルトが取り仕切っている。エドアルト兄さんは時間に厳しいことで有名だ。弟の僕が遅刻なんてしようものなら、向こう十年は恨み言を言われ続けることになる。

「やばい!」

 僕は飛び起きると急いで着替えを始めた。この時ばかりは支度の手伝いをしてくれるメイドを日ごろから断ってしまっていることを後悔した。
 慌てすぎて手元がもたつく。シャツのボタンを留めながらベストを着ようとして裏表が逆になっていることに気がつく。

「あああああ」

 焦りすぎて訳が分からなくなってくる。時間さえあれば自分の支度くらい自分で出来るのに、と涙目になりながらバタバタと室内を右往左往する。

「リボン! リボンはどこだっけ?」

 公式行事には専用のえんじ色のリボンタイをつける決まりになっている。公式行事は年に数回しかないため、リボンタイをつける機会は多くない。
 つまり、すぐには見つからない。

「どこ置いたっけ? 前に使ったのはいつだっけ? あれ?」

 記憶が曖昧で思い出せる気がしない。僕はチラリと壁に掛けられている時計を見た。開会式まで後十五分と数秒。どうせ起こしに来てくれるならもう少し早く来てくれたらいいのに、とシセルに責任転嫁し始めたその時。

「動くなよ」

 どこからともなく出してきたえんじ色のリボンタイを手に持ち、シセルが僕に腕を伸ばしてくる。貴族なのに香水を付けないシセルの、花のような微かな香りに思わず息をするのを忘れる。

 子どもの頃からいつも不思議に思っていた。シセルはいつもいい匂いがする。こんな関係になっても変わらない香りに心が落ち着く。
 シセルは僕にリボンを結ぶとすぐに離れた。

「ありがとう! どこで見つけたの?」

 シセルはため息をつきながら、机の上に置いてある宝石箱を指差した。仰々しいその宝石箱は去年の誕生日にエステラ姉さんがくれたものだ。無くしたら困ると、リボンタイをその中にしまったのだが、宝石の類に全く興味がない僕はその宝石箱を開ける機会がなく、その内に中身のこともすっかり忘れていた。
 僕本人が忘れていたのに、シセルは見事探し当てた。なんでもないような出来事かもしれないが、すごく嬉しかった。

「早くしないと本当に遅れるぞ」

 言いながらもしっかり僕のことを待っていてくれている。そんなところも昔から好きだった。
 僕はシセルにつけてもらったリボンを鏡で一瞥して、崩れそうになる顔を必死で堪えた。
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