僕は花を手折る

ことわ子

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花を手折るまで後、6日【2】

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「? どうしたの?」

 書斎に篭って気を紛らわせるために一心不乱に本を読んでいたところに声を掛けられた。

「姉さん、それにカルロッテ様も」

 僕は本から顔を上げ、二人に挨拶した。
 声を掛けてきたのは二つ上の姉、エステラ姉さんでその隣には姉さんの『花』のカルロッテ様がいた。
 二人は小さい頃から仲が良かったが、二年前に花の契りを交わしてからは更に仲睦まじく過ごすようになった。

 来月には姉さんの結婚が決まっているというのに二人の仲良さは相変わらずで、むしろ結婚相手であるロテグ侯爵が二人の仲の良さに嫉妬して癇癪を起こしたなんて噂も流れてきた。

 お互いがお互いの一部のように信頼しあっている二人は僕の憧れで目標だった。

「リシュが読書なんて珍しい!」
「読書くらい僕でもしますよ」

 ふうん、と疑いの眼差しを向けてくる姉さんをよそに、カルロッテ様はニコニコとしながら口を開いた。

「リシュ様、この度はおめでとうございます」
「え」
「そうそう! 聞いたわよ! とうとうリシュの『花』が決まったって」
「あ、あぁ……」

 折角忘れようと努力していたのに、あろうことか王族仲良しカップル選手権優勝の二人にこの話題を掘り返されるとは思わなかった。

「相手は誰? 私はイヴェルに賭けてるの!」
「わたしはエルート様に」

 二人は顔を見合わせて、いたずらを計画する子どものような顔でくすくすと笑った。
 人々の模範となる王族とその『花』が揃って弟の花候補で賭け事なんて情けない、と父上が聞いたら怒るだろう。

「残念、二人ともはずれです」
「えっ、ということはもしかして、シセル?」
「はい」
「これはまた大穴ね」
「大穴ね」

 二人の中でシセルは予想外だったらしい。シセルの家はそこまで歴史があるわけではないものの、正真正銘の伯爵家で武芸に秀でていた。そこまで意外な人選ではないと思ったが、二人は納得いかないように首を捻った。

 そもそも『花』は僕たちの意向で決まるものではない。そこに大穴という概念はないのだが、姉たちには自分の中で固まったイメージがあったらしい。

「イヴェルは穏やかで優しいから、ぼーっとしているリシュにぴったりだと思っていたんだけど」
「それを言うならエルート様もとても博識で、きっとリシュ様にとってすばらしい『花』になっていたと思うの」
「でもイヴェルはとても背が高いしスタイルもいいわ。背が高くないリシュと並んだときに絵になるのは絶対にイヴェルよ」
「エルート様はとても綺麗な容姿をされていて、肌の白さもリシュ様と同じくらいかそれ以上よ。女性的な魅力もある方だから、並んだときにリシュ様の魅力を引き出せるのはエルート様ね」

 こちらの気持ちはお構い無しに、二人の談義は段々と白熱してくる。

「それに比べてシセルは……ねぇ」
「シセル様は……なんというか……」
「まずスタイルがリシュと同じくらいなのよね……シセルの方が少し高いくらいかしら?」
「それに勉学の方も他の二人よりは劣るというか……勿論優秀な方ではあるんですけど……」
「他の二人より秀でた部分が武芸ってところもリシュとは合わないような気がして……」
「そうなのよ……」

 シセルの散々な言われように自分のことのように悲しくなってきた。

「あ、ごめんなさい! リシュ様の『花』に対してこんな……」

 僕の表情を察したのか、カルロッテ様が頭を下げてきた。
 二人の言いたいことは良く分かる。実際、他の二人の方がなんとなく有力視されていたらしい。だからこそ、シセルの決定にすごく喜んだのだ。

「気にしないでください。僕自身びっくりしています」

 きっとシセルも驚いたはずだ。

「そういえば、姉さんたちは、お互いが伴侶に決まったとき、どう思いましたか?」

 話を逸らすのと同時に、ふと思い浮かんだ疑問を聞いてみた。

「どうって……具体的には?」
「嬉しかったとか……緊張したとか」

 もしかしたら、シセルが怒っていた原因が分かるかもしれないと思ったからだ。

「わたしは……そうですね、名誉ある『花』に選ばれて最初は緊張しました。わたしよりも家族の方が大慌てで……」
「そうだったの? 私は嬉しい以外の気持ちが湧かなかったわね……。一番の親友と一生一緒にいられるって決まったんですもの。わたしにはカルロッテ以外考えられなかったわ」
「まぁ、エステラ、そんな嬉しいことを考えてくれていたの?」
「改まって告白するのもなんか恥ずかしいわね」

 二人の世界に入りそうになったところで、ちょうど書斎にもう一人の人物が入ってきた。僕は内心ホッとして救世主に声をかけた。

「騎士団長、どうかしましたか?」
「リシュ様、シセルを見かけませんでしたか? 訓練の集合時間になっても現れないので探しにきたんです」
「シセルがですか? 珍しいですね」

 武芸に秀でた伯爵家出身のシセルは騎士団に所属していた。剣の腕前はたいしたもので、大会では騎士団長に次いで優秀な成績を収めている。
 自分の特技を生かせる騎士団はシセルにとって理想の居場所で、訓練をサボることなんて今まで一度もなかった。
 それなのに。
 シセルが訓練をサボった心当たりが僕には一つだけあり、その心当たりがきっと正解だろうと思うと落ち込んだ。

「僕も探してみます」
「そんな! リシュ様の手を煩わせるわけには……」
「いいんです。読書にも飽きてきた頃合でしたし、散歩がてら行きそうなところを見てみます」
「ありがとうございます」

 騎士団長は深々とお辞儀をすると書斎から出て行った。

「と、いうことなんで失礼します」
「シセルに会ったら、今度私たちとお茶しましょうって伝えといてくれる?」
「多分嫌がると思います」
「なんでよぉ」

 文句を言う姉さんとそれを嗜めるカルロッテ様を書斎に残し、僕は検討をつけた場所に向かって歩き出した。
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