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8.ここにいなくてもあなたを思う
ここにいなくてもあなたを思う③
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あんなロマンティックさのかけらもないような告白をきちんと考えると言ってくれるのは、紬希くらいだろう。
年甲斐もなくはしゃいでしまっているのは、貴堂が誰よりも一番よく分かっているし、メールだけでは気が済まなくて電話をしてしまうなど、今までの貴堂ならありえないことだ。
それでも、紬希のあの耳に心地の良い声が聞きたかった。
会いたいと言ったら、とても小さな声で照れたように『私も会いたいです』と言ってくれたのだ。
それを聞いた貴堂は息を呑みそうになった。きっとまたあの白い頬をふわりと赤くしてそっと言ったのに違いないから。そんな姿が目に浮かんで、言葉を失くしてしまったのである。
今、彼女が自分の近くにいたら、きっと思いきり抱き締めてしまっていたはずだ。
思わずこぼれてしまった今すぐ会いたい……は心からの気持ちだ。
けれどきっと紬希はそんなことを急に言われても困るだろう。紬希はとても焦っていた。困らせたいわけではないのに。
なのに彼女は『私、待ってますから』と言ったのだ。
普段だって、貴堂は運航に関しては当然のこと充分気を付けるのだが、待っている人がいる、ということがこんなにも無事に帰らなくてはいけない、という気持ちにさせられるものだとは思っていなかった。
紬希は作業場の窓を大きく開く。
網戸にしてから、レースのカーテンを引いた紬希は作業場を振り返った。
作業台の上に置いてある貴堂の仕立て途中の仮縫い用のシャツに口元が微笑んでしまう。
(あと、ちょっとかな)
通常はネットなどでもらったデータの通りに淡々とシャツを作成していくことが多くて、仮縫いまでさせてもらったことはないからだ。
本来、シャツを作成するときは人が採寸してサイズぴったりにすることがもちろん望ましい。
専門店ではフィッターと呼ばれる採寸を専門としている職人もいるくらいなのだ。
けれど、紬希にそれをすることは不可能だ。
そのため『三嶋シャツ』では紬希がシャツを作成するのに必要な情報を全て入力してもらえるようなシートを透が作って、注文の際にはそこに細かく記入をしてもらうようになっている。
採寸が難しい人のために透が友人と開発した採寸のための計測アプリは、その友人が別のことにも使えると権利を守ってくれているので、透はそこからも収入を得ることができているのである。
そうやって今までは兄妹で力を合わせて仕事をしてきた。
ツールではなく紬希が自身で採寸してシャツを作成したのは、今までは兄と雪真だけだった。その雪真だって仮縫いまではしたことがない。
できることなら紬希は自分で作るすべてのシャツの採寸も、仮縫いも全てを自分の手でできたらいいなあとは思うけれど『三嶋シャツ』は紬希一人で作っているのである。
それに加えて、紬希には他人と接することが苦手だ、という性格もある。
どう考えてもそれはできないことだ。
いくつかの試行錯誤を繰り返して、今の形になったのだ。
けれどシャツの最終的な仕上がりは、やはり紬希の感覚と技なのだった。
先日貴堂が選んだ布については、現在まだ縫うところまでには至っていない。
年甲斐もなくはしゃいでしまっているのは、貴堂が誰よりも一番よく分かっているし、メールだけでは気が済まなくて電話をしてしまうなど、今までの貴堂ならありえないことだ。
それでも、紬希のあの耳に心地の良い声が聞きたかった。
会いたいと言ったら、とても小さな声で照れたように『私も会いたいです』と言ってくれたのだ。
それを聞いた貴堂は息を呑みそうになった。きっとまたあの白い頬をふわりと赤くしてそっと言ったのに違いないから。そんな姿が目に浮かんで、言葉を失くしてしまったのである。
今、彼女が自分の近くにいたら、きっと思いきり抱き締めてしまっていたはずだ。
思わずこぼれてしまった今すぐ会いたい……は心からの気持ちだ。
けれどきっと紬希はそんなことを急に言われても困るだろう。紬希はとても焦っていた。困らせたいわけではないのに。
なのに彼女は『私、待ってますから』と言ったのだ。
普段だって、貴堂は運航に関しては当然のこと充分気を付けるのだが、待っている人がいる、ということがこんなにも無事に帰らなくてはいけない、という気持ちにさせられるものだとは思っていなかった。
紬希は作業場の窓を大きく開く。
網戸にしてから、レースのカーテンを引いた紬希は作業場を振り返った。
作業台の上に置いてある貴堂の仕立て途中の仮縫い用のシャツに口元が微笑んでしまう。
(あと、ちょっとかな)
通常はネットなどでもらったデータの通りに淡々とシャツを作成していくことが多くて、仮縫いまでさせてもらったことはないからだ。
本来、シャツを作成するときは人が採寸してサイズぴったりにすることがもちろん望ましい。
専門店ではフィッターと呼ばれる採寸を専門としている職人もいるくらいなのだ。
けれど、紬希にそれをすることは不可能だ。
そのため『三嶋シャツ』では紬希がシャツを作成するのに必要な情報を全て入力してもらえるようなシートを透が作って、注文の際にはそこに細かく記入をしてもらうようになっている。
採寸が難しい人のために透が友人と開発した採寸のための計測アプリは、その友人が別のことにも使えると権利を守ってくれているので、透はそこからも収入を得ることができているのである。
そうやって今までは兄妹で力を合わせて仕事をしてきた。
ツールではなく紬希が自身で採寸してシャツを作成したのは、今までは兄と雪真だけだった。その雪真だって仮縫いまではしたことがない。
できることなら紬希は自分で作るすべてのシャツの採寸も、仮縫いも全てを自分の手でできたらいいなあとは思うけれど『三嶋シャツ』は紬希一人で作っているのである。
それに加えて、紬希には他人と接することが苦手だ、という性格もある。
どう考えてもそれはできないことだ。
いくつかの試行錯誤を繰り返して、今の形になったのだ。
けれどシャツの最終的な仕上がりは、やはり紬希の感覚と技なのだった。
先日貴堂が選んだ布については、現在まだ縫うところまでには至っていない。
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