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第五十一話
Secret garden・中編
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その花園は、療養所と彩光界の中間の切り離された空間にあると言う事だった。
殿下はノアを従えて部屋に入って来ると、「惟光、頑張ったね! 随分顔色も良くなって安心したよ」と声をかけ、にっこりと微笑んでてくださった。そのフルートみたいな柔らかく澄んだ癒しの声、深海を思わせるロイヤルブルーの瞳にうっとりする。自然に口元が綻んだ。さっきまで焦りまくっていた自分が、嘘みたいに落ち着いているから不思議だ。やっぱり、王子の声にはヒーリングの力はあるんじゃないかと思う。
その後、リアンに抱き上げられて(うーん、お決まりのパターンになりつつあるというか……)レオが用意した車椅子に移動。(早く車椅子から卒業したいところだ)ノアがレオに変わる形で車椅子を押し、王子が右隣に寄り添うようにして立っている。王子はそのまま軽く目を閉じると、軽く右手の平を天に掲げた。
「光と闇の精霊達よ、ラディウスの名においてここに集え! 我が血の契約に従いて、我の行く先を照らし導け!」
唱えた。わぁ、生の詠唱だ……。すると、王子、ノアと俺を輪で囲うように、床が光りを放ち始めた。その光は俺達をすっぽりと包み混むようにして広がった。まるで光で出来た大きな風船の中に入ったみたいだ。外の様子は薄っすらと見える。
「いってらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」
少し離れた場所で見守っていたリアンとレオが声を揃えてそう言って頭を下げた。その声を合図にしたかのように、俺達を乗せた光の風船はふわりと浮かび上がった。そのまま強めの風に乗ったように進む。これは、もしかして光の風船で旅をするんだろうか。秘密の花薗、というくらいだから周りには視えないのだろうけど。やがて光は徐々に強くなり、数回瞬きをしている内に外の景色は宇宙空間みたいに変わっていた。映画とかでよく見るような、あんな感じの宇宙空間だ。
「時空の狭間を行くから、外はこんな景色なんだ」
と王子は説明した。へぇ? 何となくイメージにしっくり来るなぁ。三十秒ほど光の風船は宇宙空間を進んで行くと、不意に光が強くなり始めた。眩しさに瞬きをする事数回、気付けば緑豊かな場所へと景色は移り変わっていた。
「着いたよ」
王子がそう声をかけると同時に、俺達を包み込んでいた光の膜は煌めきを残して消失して行った。同時に頬を撫でる爽やかな風。まるで五月の風みたいだ。耳に心地良く響く小鳥のさえずり、麗らかな陽射し、小川のせせらぎ、仄かな甘みを帯びた草花の香り。まるで森林公園の中に居るみたいだった。大地にはさながら上等の絨毯みたいに、柔らかな苔一面に茂っている。
「素敵な場所です」
自然に言葉が出た。ノアが車椅子を押し、ゆっくりと進み始める。
「気に入って貰えて良かった。僕がノアにお願いして作って貰ったんだ。森林公園の中の『秘密の花薗』を。この場所は全て夢夜界と彩光界の狭間に位置する切り離された空間にあるんだよ。僕とノア、惟光しか入れない場所なんだ。そしてね、これから行く『秘密の花薗』は、僕と惟光しか入れない二人だけの秘密の場所だよ」
二人だけの花園……王子の説明を、甘やかに奏でる風のようにうっとりと聞いていると、薄紅色の蔓薔薇が絡む白いアーチが見えて来た。その前まで行くと立ちどまる。薔薇の香りが辺りに立ちこめ、アーチの中は広大な英国式の庭が広がっているようだ。公園の周りは、白樺でぐるりと囲まれている。白樺の木々の隙間は、あすなろを植える事で隙間を無くしていた。
「それでは、自分はここで失礼致します」
アーチの前に来ると、ノアはそう言って頭を下げた。そうか、ノアが行く、て事は俺、とうとう車椅子から離れて立って歩けるんだ! やった!
「有難う、助かったよ」
王子の言葉に、「勿体ないお言葉にございます」と再び深々と頭を下げる。
「有難う、ノア。素敵な場所を作ってくれて」
「い、いいえ、恐れ入ります」
俺が声をかけると、やっぱりノアは赤面して。照れを隠すようにペコリと頭を下げるとスーッと空気に溶け込むようにして消えた。うーん、魔術の基本なのかもしれないけど、瞬間移動か、凄いなぁ。
「二人だけになれたね」
王子は俺の右の耳元で囁くと、背後に回って車椅子を押し始めた。赤面する暇もなく仰天した。え? 王子自ら押してくださるなんて畏れ多い! 耳元で囁かれて恍惚としている場合はないってば!
「で、殿下、押してくださるなんて……」
歩けます! とは言えなかった。王子は前に回り込んで屈み込むと、俺の額に口づけをしたからだ。上質の絹みたいな感触が額に、バニラと薔薇の混じり合った香気が打ち香る。突然過ぎて思考が停止した。
殿下はノアを従えて部屋に入って来ると、「惟光、頑張ったね! 随分顔色も良くなって安心したよ」と声をかけ、にっこりと微笑んでてくださった。そのフルートみたいな柔らかく澄んだ癒しの声、深海を思わせるロイヤルブルーの瞳にうっとりする。自然に口元が綻んだ。さっきまで焦りまくっていた自分が、嘘みたいに落ち着いているから不思議だ。やっぱり、王子の声にはヒーリングの力はあるんじゃないかと思う。
その後、リアンに抱き上げられて(うーん、お決まりのパターンになりつつあるというか……)レオが用意した車椅子に移動。(早く車椅子から卒業したいところだ)ノアがレオに変わる形で車椅子を押し、王子が右隣に寄り添うようにして立っている。王子はそのまま軽く目を閉じると、軽く右手の平を天に掲げた。
「光と闇の精霊達よ、ラディウスの名においてここに集え! 我が血の契約に従いて、我の行く先を照らし導け!」
唱えた。わぁ、生の詠唱だ……。すると、王子、ノアと俺を輪で囲うように、床が光りを放ち始めた。その光は俺達をすっぽりと包み混むようにして広がった。まるで光で出来た大きな風船の中に入ったみたいだ。外の様子は薄っすらと見える。
「いってらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」
少し離れた場所で見守っていたリアンとレオが声を揃えてそう言って頭を下げた。その声を合図にしたかのように、俺達を乗せた光の風船はふわりと浮かび上がった。そのまま強めの風に乗ったように進む。これは、もしかして光の風船で旅をするんだろうか。秘密の花薗、というくらいだから周りには視えないのだろうけど。やがて光は徐々に強くなり、数回瞬きをしている内に外の景色は宇宙空間みたいに変わっていた。映画とかでよく見るような、あんな感じの宇宙空間だ。
「時空の狭間を行くから、外はこんな景色なんだ」
と王子は説明した。へぇ? 何となくイメージにしっくり来るなぁ。三十秒ほど光の風船は宇宙空間を進んで行くと、不意に光が強くなり始めた。眩しさに瞬きをする事数回、気付けば緑豊かな場所へと景色は移り変わっていた。
「着いたよ」
王子がそう声をかけると同時に、俺達を包み込んでいた光の膜は煌めきを残して消失して行った。同時に頬を撫でる爽やかな風。まるで五月の風みたいだ。耳に心地良く響く小鳥のさえずり、麗らかな陽射し、小川のせせらぎ、仄かな甘みを帯びた草花の香り。まるで森林公園の中に居るみたいだった。大地にはさながら上等の絨毯みたいに、柔らかな苔一面に茂っている。
「素敵な場所です」
自然に言葉が出た。ノアが車椅子を押し、ゆっくりと進み始める。
「気に入って貰えて良かった。僕がノアにお願いして作って貰ったんだ。森林公園の中の『秘密の花薗』を。この場所は全て夢夜界と彩光界の狭間に位置する切り離された空間にあるんだよ。僕とノア、惟光しか入れない場所なんだ。そしてね、これから行く『秘密の花薗』は、僕と惟光しか入れない二人だけの秘密の場所だよ」
二人だけの花園……王子の説明を、甘やかに奏でる風のようにうっとりと聞いていると、薄紅色の蔓薔薇が絡む白いアーチが見えて来た。その前まで行くと立ちどまる。薔薇の香りが辺りに立ちこめ、アーチの中は広大な英国式の庭が広がっているようだ。公園の周りは、白樺でぐるりと囲まれている。白樺の木々の隙間は、あすなろを植える事で隙間を無くしていた。
「それでは、自分はここで失礼致します」
アーチの前に来ると、ノアはそう言って頭を下げた。そうか、ノアが行く、て事は俺、とうとう車椅子から離れて立って歩けるんだ! やった!
「有難う、助かったよ」
王子の言葉に、「勿体ないお言葉にございます」と再び深々と頭を下げる。
「有難う、ノア。素敵な場所を作ってくれて」
「い、いいえ、恐れ入ります」
俺が声をかけると、やっぱりノアは赤面して。照れを隠すようにペコリと頭を下げるとスーッと空気に溶け込むようにして消えた。うーん、魔術の基本なのかもしれないけど、瞬間移動か、凄いなぁ。
「二人だけになれたね」
王子は俺の右の耳元で囁くと、背後に回って車椅子を押し始めた。赤面する暇もなく仰天した。え? 王子自ら押してくださるなんて畏れ多い! 耳元で囁かれて恍惚としている場合はないってば!
「で、殿下、押してくださるなんて……」
歩けます! とは言えなかった。王子は前に回り込んで屈み込むと、俺の額に口づけをしたからだ。上質の絹みたいな感触が額に、バニラと薔薇の混じり合った香気が打ち香る。突然過ぎて思考が停止した。
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