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第五十一話
Secret garden・前編
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その夜、熱が出た。リアンによると、長年の感情を吐き出した事による一種の好転反応だろう、という事だった。何日かすれば落ち着くみたいだから、今の内に熱を出し切ってしまおう。熱は四十度を少し超えて、胸や体の節々が痛くてしんどかったけど。リアンとノア、レオが交代で看病してくれて気もちはフワフワしていた。不謹慎かもしれないけど、何だか嬉しい気もちもあって。だって、生まれて甘えても良いんだ、て心底思えたから。……そりゃ、時と場合、そして程度にもよるんだけどさ。体調が安定するまでも間は、いいかな……て。
真夜中や明け方に咳の発作が結構頻発したけど、その時看病の担当だったリアンかレオ、ノアの誰かが必ず対応してくれて。すごく安心出来た。
そんな感じで、三日、四日……一週間が過ぎた。熱は上がったり微熱になったりと変動はあったけど、胸の痛みや体の怠さは随分と楽になって、発作も明け方に一、二回に減っていった。
体を拭いてもらうのは相変わらず恥ずかしくて慣れなかったけど、有り難いなぁとしみじみ感じた。食事も何か口に出来るようになって、いわゆる流動食の内は三人の内の誰かに介助されながらだったけれど、もう普通の食事を自分で食べられる。少しずつ体に力が甦って来るのが実感出来て嬉しい。
今、昼食を食べ終えたところだ。ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。看護用の椅子でいつものように読書中だったリアンに話しかける。
「そう言えば、ここ三日ほどノアの姿が見えないようですが……」
リアンは顔を上げ、少し嬉しそうに俺を見つめた。何だろう?
「そうやって素直に疑問に思った事を口に出して頂けて嬉しいです。やっと、信頼して頂けるようになりましたね」
「え? 前はそうじゃなかったでしたっけ?」
「はい、毎回こちらのタイミングを見計らって後回しにしたり、躊躇したりされていましたよ」
「えー? そうでしたか。うーん……そう言われてみれば、今話しかけて大丈夫かな、と気にしていたような……」
「ええ、そう気遣われる度に、『執事としてまだまだだな』と反省し落ち込んだものです」
「どうしてそんな? 俺が勝手に気を回し過ぎていただけで……」
少しだけ悲しそうな表情をしたリアンに焦る。俺、余計な気を遣わせてたのか。するとプッと吹き出すリアン。ん? 何だ?
「ふふ……すみません、落ち込んだと言うのは冗談ですよ。少し反省したのは本当ですがね。もう少し親しみ易い雰囲気を出すべきかな、と」
「冗談……」
また揶揄われたのか。
「失礼しました」
「いや、フフフ、冗談なら良かった。でも反省の必要ないですよ。それにしても、何でもお見通しなんですね」
「そりゃ、元国王陛下執事ですからね、そのくらい当然ですよ」
なるほど、職歴を聞いてからだから尚更重みがあるな。俺、リアンに弟子入りしようかな……なんて。
「そうそう、ご質問の件ですが……ノアは殿下に命じられてここ三日ほど『秘密の花薗』を作っております」
「『秘密の花薗』?」
「ええ、何でも……殿下と惟光様二人だけの秘密の場所が欲しいのだとか」
「二人……だけの?」
二人だけ……聞いただけで胸がドキドキして来た……
「ええ、詳しくは殿下ご自身から直接お聞き下さい」
リアンは眼鏡のエッジに右人差し指をかけ、意味有り気に微笑んだ。この仕草とこの笑み、このパターンは王子との甘い時間の予感が……
「それにしても、姿が見えない事を気にかけて貰えて、ノアはとても喜ぶでしょうね」
「え? それぐらいの事で?」
「ええ、あの子にとっては重要事項ですよ。何しろあなたに憧れていますから。レオもそうですけどね」
「……そんな、俺なんかに、憧れだなんて……」
照れる。俺、『ただの人』なのに……
「もう、ご自分を卑下するのは少しずつ辞めていきましょうね」
「あ……」
そうか、また無意識に……
「少しずつで良いのですよ。それこそ一進一退を繰り返しながらで。幼い時からの思考の癖は、一朝一夕には変えられませんからね」
「はい」
「という事で殿下が間もなくおいでになります」
「え??? 今から?」
いきなり過ぎて目玉が飛び出しそうになった。だってだって、服装とか寝間着用の浴衣だし、髪も枕に寄りかかり易いように右横に緩く縛っていて歯磨きもまだ……
「ウフフフフ、大丈夫ですよ。そのままのあなたで。殿下は容姿や体裁、肩書で人に惹かれる方ではありません」
「あ……」
そうか。でも心の準備が……
「そう言って慌てふためくあなたを見るのも楽しいですしね」
ん? また揶揄われた?
「という事で、殿下とごゆっくり」
悪戯な笑みを浮かべるリアンは、立ち上がってドアを目指した。同時にトントントンとドアノックが! あっ! 待って、まだ心の準備が……俺は急いで手櫛で髪を整えた。
「失礼致します。殿下がお見えになりました」
レオの声と共に、リアンがドアを開ける。トクン、と鼓動が跳ねた。
真夜中や明け方に咳の発作が結構頻発したけど、その時看病の担当だったリアンかレオ、ノアの誰かが必ず対応してくれて。すごく安心出来た。
そんな感じで、三日、四日……一週間が過ぎた。熱は上がったり微熱になったりと変動はあったけど、胸の痛みや体の怠さは随分と楽になって、発作も明け方に一、二回に減っていった。
体を拭いてもらうのは相変わらず恥ずかしくて慣れなかったけど、有り難いなぁとしみじみ感じた。食事も何か口に出来るようになって、いわゆる流動食の内は三人の内の誰かに介助されながらだったけれど、もう普通の食事を自分で食べられる。少しずつ体に力が甦って来るのが実感出来て嬉しい。
今、昼食を食べ終えたところだ。ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。看護用の椅子でいつものように読書中だったリアンに話しかける。
「そう言えば、ここ三日ほどノアの姿が見えないようですが……」
リアンは顔を上げ、少し嬉しそうに俺を見つめた。何だろう?
「そうやって素直に疑問に思った事を口に出して頂けて嬉しいです。やっと、信頼して頂けるようになりましたね」
「え? 前はそうじゃなかったでしたっけ?」
「はい、毎回こちらのタイミングを見計らって後回しにしたり、躊躇したりされていましたよ」
「えー? そうでしたか。うーん……そう言われてみれば、今話しかけて大丈夫かな、と気にしていたような……」
「ええ、そう気遣われる度に、『執事としてまだまだだな』と反省し落ち込んだものです」
「どうしてそんな? 俺が勝手に気を回し過ぎていただけで……」
少しだけ悲しそうな表情をしたリアンに焦る。俺、余計な気を遣わせてたのか。するとプッと吹き出すリアン。ん? 何だ?
「ふふ……すみません、落ち込んだと言うのは冗談ですよ。少し反省したのは本当ですがね。もう少し親しみ易い雰囲気を出すべきかな、と」
「冗談……」
また揶揄われたのか。
「失礼しました」
「いや、フフフ、冗談なら良かった。でも反省の必要ないですよ。それにしても、何でもお見通しなんですね」
「そりゃ、元国王陛下執事ですからね、そのくらい当然ですよ」
なるほど、職歴を聞いてからだから尚更重みがあるな。俺、リアンに弟子入りしようかな……なんて。
「そうそう、ご質問の件ですが……ノアは殿下に命じられてここ三日ほど『秘密の花薗』を作っております」
「『秘密の花薗』?」
「ええ、何でも……殿下と惟光様二人だけの秘密の場所が欲しいのだとか」
「二人……だけの?」
二人だけ……聞いただけで胸がドキドキして来た……
「ええ、詳しくは殿下ご自身から直接お聞き下さい」
リアンは眼鏡のエッジに右人差し指をかけ、意味有り気に微笑んだ。この仕草とこの笑み、このパターンは王子との甘い時間の予感が……
「それにしても、姿が見えない事を気にかけて貰えて、ノアはとても喜ぶでしょうね」
「え? それぐらいの事で?」
「ええ、あの子にとっては重要事項ですよ。何しろあなたに憧れていますから。レオもそうですけどね」
「……そんな、俺なんかに、憧れだなんて……」
照れる。俺、『ただの人』なのに……
「もう、ご自分を卑下するのは少しずつ辞めていきましょうね」
「あ……」
そうか、また無意識に……
「少しずつで良いのですよ。それこそ一進一退を繰り返しながらで。幼い時からの思考の癖は、一朝一夕には変えられませんからね」
「はい」
「という事で殿下が間もなくおいでになります」
「え??? 今から?」
いきなり過ぎて目玉が飛び出しそうになった。だってだって、服装とか寝間着用の浴衣だし、髪も枕に寄りかかり易いように右横に緩く縛っていて歯磨きもまだ……
「ウフフフフ、大丈夫ですよ。そのままのあなたで。殿下は容姿や体裁、肩書で人に惹かれる方ではありません」
「あ……」
そうか。でも心の準備が……
「そう言って慌てふためくあなたを見るのも楽しいですしね」
ん? また揶揄われた?
「という事で、殿下とごゆっくり」
悪戯な笑みを浮かべるリアンは、立ち上がってドアを目指した。同時にトントントンとドアノックが! あっ! 待って、まだ心の準備が……俺は急いで手櫛で髪を整えた。
「失礼致します。殿下がお見えになりました」
レオの声と共に、リアンがドアを開ける。トクン、と鼓動が跳ねた。
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