その男、有能につき……

大和撫子

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第五十話

「続・元の世界をちょいと拝見」~家族は今……・後編~

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「では、参りましょう」

 リアンは再び軽く右手をあげ、親指と中指をこすり合わせてパチンと鳴らした。すると、3D映像は静止、今まで彼らの息遣いまでリアルに聞こえてきたものが完全に止まった。

『この子、こんなに傲慢に育ってしまって。この先、人を人とも思わないような非情な大人になったらどうしましょう?』

 母親の苦悩(?)の声が響いた。これが心の声か……

『どこかで育て方を間違えたかしら……。この前お父さんとも話合いしたけど、あたしが甘やかし過ぎたからだって言うし。甘やかし過ぎはそっちでしょ、て言い合いになって話し合いにならなかったわ』

 ははは、もうおせーよ母さん。それに、今更どこが間違ってたか分からないなら考えるだけ無駄だって。夫婦で話し合っても、俺の事をないがしろにし過ぎた、てのは出てこねー訳ね。あ、そ。

『この子には困ったものだ。母さんとの話し合いでも私の接し方が光希を増長させたんだの一点張りで話し合いにもならなかったが……』

 今度は父さんか。兄弟比較して兄貴を落とし過ぎて弟が傲慢になった、とは微塵も感じない訳だね。駄目だ、こいつら二人。うん、お前ら両親には『毒親』の称号を与えてやろう。

『確かに光希は何でも出来る天才肌ではあるが、世の中には目立たずひたすら真面目にコツコツ日々を積み重ねている人が大半を占めている、惟光のようにな。そういう人たちが世の中を創っているという事に気付かず自惚れてしまっている。私たちの育て方、どこで間違ってしまったのだろう?』

 俺の名前が凡人代表に出てくる事はまぁ良いとして……そりゃ父さんが俺達がまだ年端もいかない子供の時に、散々『惟光は光希に比べてポンコツの出来損ないだ』なんて二人揃えて言って聞かせたら、褒めらてちややほややと大事に育てられた方は誰だって傲慢な子に育つわなぁ。もしかしたら覚えていないのかも知れないけど、無自覚な言葉の暴力って奴だ。なーにが育て方をどこで間違えたんだろう? だよ。

『なんだかなー。つまんねーな。人生チョロイっつーか。何をやってもすぐに称賛されるほど出来ちまうし。手を抜いても誰よりも出来ちまう。手応えと言うものを感じてみたいのに、感じられた事ねーし』

 今度は光希か。はいはい、自慢自慢、本音でも自慢てすげーな。でも、本当に何でも出来ちまうんだからそこがまた憎らしいというか……はい、嫉妬です。

『その点、兄貴みたいなのは見てて面白かったなぁ。そんな簡単な事も一生懸命やらないと出来ないのか、とか、一生懸命やっても無能ぶりなその奮闘ぶりが人間臭くてさ』

 悪かったなー無能で。でも、父さんじゃねーけど俺みたいのが居るからお前みたいな非凡の奴が際立つんだぞ!

『兄貴が一人暮らし始めてから、凡人観察が出来なくてつまんなくなったもんだけど……行方不明か。どこへ行ったんだかなぁ。俺があまりにも眩し過ぎていたたまれなくなって遠くに行っちまったんかな』

 凡人観察って……コイツ、我が弟ながらどこか人間味がねーよな。少なくとも家族の前では本音も建前も殆どない、というのがよく分かった。

「……大丈夫ですか?」

 気遣わし気にかけられるリアンの声に我に返る。肩に力は入り過ぎていた事に気付く。

「はい、大丈夫です、有難う」
「どうします、もう少し先を見てみますか?」
「そうですね。この三人での家族の話し合いも見てみたいです」

 何だかほぼほぼ予想通りの展開で拍子抜けしたわ。光希が『人生チョロイ、つまんねー』ってのと似た感じになるか? そう思うそもそもの根本原因が全く違うけどな。全くもって賛同出来ねー。

「では」

 とリアンは言うと、再び右親指と中指をこすり合わせてパチンと鳴らした。場面はサッと切り変わり、父と母が隣り合ってソファに座り、向かい側に光希が座り、膝をつき合わせている。両親は深刻そうな顔をしているが、弟は平然としている。

『……ちょっとお前、惟光に対して舐め過ぎた態度取り過ぎじゃないか?』

 父さん、今更そんな事言っても遅過ぎだよ……

『そうよ、前から言おう言おう思っていたけど、お兄ちゃんに対して目に余るわ。居なくなった今もそんな態度……』

 母さん、せめて光希が小学校の内にはっきりビシッと言って欲しかったよ……

『あーでもさ、家族に隠し事って良くないじゃん。俺、家族には本音で接してるから』

 はっ? 両親もポカンとしている。

『大丈夫、心配すんなって。俺、外面が良いからさ。外じゃしっかり兄貴を立ててるし、目上の人は例え無能でもしっかり立ててへりくだってるしさ。大丈夫、目上には礼儀正しくて謙虚な子で通ってるし、年下には憧れと尊敬の眼差しで見られて、同僚には優しくて思いやり深い、で通ってるから。完璧!』

 二ッと笑って右手でVサインをして両親に突き出した。……駄目だ、コイツ。我が弟ながらサイコパス傾向があるのかもしれん。

『もっと言えばさ、小さい時から兄貴の事父さんも母さんも「出来損ない」とか「失敗作」とか言ってたろ? そりゃ、駄目屑兄貴って馬鹿にしちゃうよねー。今更何言ってんだか。さ、無駄話はこれでおしまい。いいじゃん、食い扶持が一人消えて。二人とも遺産は俺だけに遺しておくよう今から計画しといてな』

 そう言って、サッサと部屋から出て行ってしまった。残された両親は呆然としている……。映像はそこで終わった。ハッハッハ……毒親にサイコパス息子な一家だったのか……虚しいなぁ。でも、俺の病気とか移ってないみたいでそれは良かったかな。もし結核とかだったら移してたら悪いな、てそれだけは気掛かりだったんだ。まぁ、仮に移ってたにしても何もしてやれないけどさ。まぁ、とにかく良かったよ。

「お疲れ様でした。よく耐えましたね」

 そう言って、リアンは俺に桜色のバスタオルを手渡す。受け取りはしたものの、はて?

「あなたの事です、怒りも悲しみも……感情を吐き出さずに溜め込んでいると見ました。それが病気の根本原因です。この空間は防音効果抜群ですし、秘密厳守ですから。安心して吐き出してください。タオルは、泣けば涙や鼻水で私の服を汚すとか気を遣うでしょう? それを当ててください」

 あー、思い切り泣いても怒鳴っても良いよ、という事か。更に俺に一歩近づくと、両手を広げた。

「私の胸では物足りないかもしれませんが、全てを受け止めてみせましょう」

 腕の中で泣けって? そんな、急に泣く……な……んて……あれ? その時初めて、涙が溢れている事に気がついた。タオルを顔に当てる。

「物足りないなんてそんな……ごめん、リアン。今だけお言葉に甘える……」

 言いながら、身を預けるようにして上体を乗り出した。しっかりと受け止められる温かな両腕。細身に見えて意外にも逞しい胸。幼い子どもが父親に甘えるような気もちになった。酷く安心したと同時に、嗚咽が込み上げる……
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