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「えっ……流さん……?
泣いてるんですか? どうして流さんが……泣かないで下さい……」
匠は困惑したように、まだわずかしか動かない手を深月に差し出した。
深月はその手を握ると、小さく嗚咽しながらポロポロと涙を零す。
お守り、拠りどころ……。
そんな、自分にとって大切な物が、忌むべき一生消えない傷の象徴にされた……。
自ら命を絶とうとしたほどの、苦しみの元凶にされた……。
なのに……どうしてそんなに穏やかに、悲しく笑うんですか……匠さん……。
言葉にならない想いで胸が締め付けられる。
「おい、流、本当にお前が泣いてどうするよ。
いつもの元気はどうした……? 大好きな匠が困ってるだろ……」
オヤジの優しい声がして、頭をグシャグシャと撫でられた。
「はいぃ……。
すみませんんんん…………なんだか……急に……」
深月が袖口でグイっと涙を拭く。
「深月、今夜は仕事に出るんだろ? しっかりしろ」
深月の肩をポンと叩きながらタオルを差し出す浅葱の声も、普段より優しい。
「はぃぃぃぃ……すみません……もう大丈夫ですぅぅ……」
浅葱から受け取ったタオルで深月はゴシゴシと顔を拭った。
「今夜……仕事なんですか……?」
匠が深月から浅葱の方へと顔を向けた。
「ああ。と言っても、危険は無い。深月が出るのは簡単なものだけだ」
「そう……ですか……」
「匠はそろそろ休め。あまり疲れると、また痛むぞ。
今日の出血なら、自分の部屋で大丈夫だ」
「あ、でも……お二人が出るまで、俺、起きてます。
見送り……とか……。……しようかな。流さん」
匠が優しく深月の方へ向かって言うと、まだタオルを握っていた深月が嬉しそうに顔を上げた。
「大丈夫か? 無理するなよ。
辛くなったらすぐに部屋へ引き上げるんだぞ」
オヤジが心配して声を掛けた。
それからしばらくして浅葱と深月は、オヤジのデスクで仕事の打ち合わせを始めた。
まだ手を伸ばした程度、それも、ぼんやりとした影しかない世界にいる匠には、その三人の姿は遠く、何も見えなかったが、声だけは聞えていた。
「逃走経路は…………想定される人数が……。
ここの角を…………深月はここで…………」
次々と指示を出す浅葱の声。
「僕はここで……浅葱さんが…………こっち……」
それを必死に頭に叩き込もうとしている深月の声。
その声を聞きながら、匠はソファに座ったまま、深月に貰ったボールを握っていた。
だが頭の中では、その浅葱の指示する作戦の意図と、それに対してどう動くべきか……自分の行動イメージが鮮明に浮かび上がっていく。
……無駄が無い……。
……さすが浅葱さんだ……。
無意識にそこまで考えてハッと我に返った。
……俺が……行く訳じゃない……。
溜息のように小さく一つ息を吐き、手元を見つめた。
今、自分の手の中にあるのは銃ではなく、子供用のおもちゃのボールだった。
思わず握った左手に力が入る。
だが、柔らかいはずのボールは、ほとんど原型を変える事さえない。
小指側三本の指に力を入れると、肘に鋭い痛みが襲った。
それでも右手で肘をかばうようにしながら、ひたすら握り締めた。
唇を噛んで思い切り……。
ずっと聞えていた三人の声が少しずつ遠くなっていた。
呼吸が苦しくなる……。
それは発作の兆候だった。
匠の手からボールが落ち、コロコロと足元に転がった。
泣いてるんですか? どうして流さんが……泣かないで下さい……」
匠は困惑したように、まだわずかしか動かない手を深月に差し出した。
深月はその手を握ると、小さく嗚咽しながらポロポロと涙を零す。
お守り、拠りどころ……。
そんな、自分にとって大切な物が、忌むべき一生消えない傷の象徴にされた……。
自ら命を絶とうとしたほどの、苦しみの元凶にされた……。
なのに……どうしてそんなに穏やかに、悲しく笑うんですか……匠さん……。
言葉にならない想いで胸が締め付けられる。
「おい、流、本当にお前が泣いてどうするよ。
いつもの元気はどうした……? 大好きな匠が困ってるだろ……」
オヤジの優しい声がして、頭をグシャグシャと撫でられた。
「はいぃ……。
すみませんんんん…………なんだか……急に……」
深月が袖口でグイっと涙を拭く。
「深月、今夜は仕事に出るんだろ? しっかりしろ」
深月の肩をポンと叩きながらタオルを差し出す浅葱の声も、普段より優しい。
「はぃぃぃぃ……すみません……もう大丈夫ですぅぅ……」
浅葱から受け取ったタオルで深月はゴシゴシと顔を拭った。
「今夜……仕事なんですか……?」
匠が深月から浅葱の方へと顔を向けた。
「ああ。と言っても、危険は無い。深月が出るのは簡単なものだけだ」
「そう……ですか……」
「匠はそろそろ休め。あまり疲れると、また痛むぞ。
今日の出血なら、自分の部屋で大丈夫だ」
「あ、でも……お二人が出るまで、俺、起きてます。
見送り……とか……。……しようかな。流さん」
匠が優しく深月の方へ向かって言うと、まだタオルを握っていた深月が嬉しそうに顔を上げた。
「大丈夫か? 無理するなよ。
辛くなったらすぐに部屋へ引き上げるんだぞ」
オヤジが心配して声を掛けた。
それからしばらくして浅葱と深月は、オヤジのデスクで仕事の打ち合わせを始めた。
まだ手を伸ばした程度、それも、ぼんやりとした影しかない世界にいる匠には、その三人の姿は遠く、何も見えなかったが、声だけは聞えていた。
「逃走経路は…………想定される人数が……。
ここの角を…………深月はここで…………」
次々と指示を出す浅葱の声。
「僕はここで……浅葱さんが…………こっち……」
それを必死に頭に叩き込もうとしている深月の声。
その声を聞きながら、匠はソファに座ったまま、深月に貰ったボールを握っていた。
だが頭の中では、その浅葱の指示する作戦の意図と、それに対してどう動くべきか……自分の行動イメージが鮮明に浮かび上がっていく。
……無駄が無い……。
……さすが浅葱さんだ……。
無意識にそこまで考えてハッと我に返った。
……俺が……行く訳じゃない……。
溜息のように小さく一つ息を吐き、手元を見つめた。
今、自分の手の中にあるのは銃ではなく、子供用のおもちゃのボールだった。
思わず握った左手に力が入る。
だが、柔らかいはずのボールは、ほとんど原型を変える事さえない。
小指側三本の指に力を入れると、肘に鋭い痛みが襲った。
それでも右手で肘をかばうようにしながら、ひたすら握り締めた。
唇を噛んで思い切り……。
ずっと聞えていた三人の声が少しずつ遠くなっていた。
呼吸が苦しくなる……。
それは発作の兆候だった。
匠の手からボールが落ち、コロコロと足元に転がった。
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