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「俺に? ……プレゼントですか?」
「ああ……」
 浅葱はポケットから小さい箱を取り出すと、蓋を開け手渡した。

 匠が箱の中の物にそっと指で触れる。

「これ……俺の……?」 
「ああ、わかるか? お前のだ」
「あ、ありがとう……ございます……」
 ようやく絞り出した匠の声がわずかに震えていた。

「どうしたー? 匠ー! 泣いてるのか?」
 オヤジが茶化すように豪快な笑顔を見せる。

「本当に……ありがとうございます……」
「以前のはこの前、無くしてしまったからな。
 オヤジと相談してたんだ。お前が元気になったら、作ってやろうって」

 浅葱がそっと箱の中身を取り上げ、ソファの後ろへ回ると、匠の首に一つのペンダントを掛けた。
 匠の胸の傷の上で揺れるそれは、空へ登ろうとしている勇壮な龍の姿だ。
 匠はそれをギュッと両手で握り締める。
 あの日、男の手で引き千切られたまま無くなった匠のペンダントだった。

「えっ! すごい!! 
 めちゃくちゃカッコ良くて似合ってますよ! 
 でも、匠さんの……って、何なんですか?」
 深月は、その細工も見事な龍に歓声を上げた。

「流は“タグ”って聞いた事ねぇか? いわゆる認識票ってやつなんだがな」
 浅葱と匠が同時に頷いた。

「兵士が首から掛けてるペンダントで、あれには名前や、血液型、所属軍なんかが刻まれていてな、戦場での遺体認識に使われるんだ」

「ああ、映画とかで見たことあります」

「そう、それだ。
 俺達は“表”じゃねぇから、もし殺られちまっても、そういう正式な身元確認はされないんだがな。
 それでも、仲間としては放っちゃぁおけねぇだろ。
 それでだ……。
 いつ、どこの誰が始めたかは知らねぇが、そのタグの意味を真似した……こういった物を身につけて仕事に出るようになったんだ。
 仲間内だけの身元確認のためにな。
 まぁ、正式な物じゃねぇから、別に名前や所属が書いてあるわけでもねぇし……というか、俺達はあえて入れてないんだけどな」

「俺達って……じゃあ、みんな、こんなペンダントを持ってるんですか!?」
 深月が目を輝かせながらオヤジに尋ねる。

「ペンダントだけじゃねぇぞ。
 指輪だったりブレスレットだったり……外国の奴はタトゥーだったりな、色々だ。
 決まりがあるわけじゃない、何でもいいんだ。
 最期に自分を探してもらえる目印ならな」

「……おやっさんや浅葱さんも!?」

「俺は外には出ねぇからなぁ~……持ってねぇ……」
 オヤジが笑う。

「ほとんどは、恭介や匠みたいな、外に出る実働の奴だな、持ってるのは」
「じゃあ、浅葱さんも!?」
 そう聞かれて、浅葱が自分の胸元からペンダントを取り出した。

「俺のは鷲だ」
 そこには壮大に羽を広げ獲物を狙う鷲がいた。

「おおっー! これもカッコイイ! 
 何の形にするかって自分で決めるんですか!?」

「それもいろいろだ。
 一種のお守り、自分のりどころ……だからな。
 信仰を持ってる奴は、宗教や信念……そういった象徴だったりもする。
 自分のベース、自身のいしずえ
 まぁ、人それぞれタグの捉え方は違うから、何にするかは自由だ。
 大切な人に決めてもらったり、誰かの物を引き継ぐ事もある。
 要するに、正式な物じゃねぇから、何でもいいんだ。
 好き勝手に決めるから他の誰かと被ってるかもしれねぇが、自分の身近で大切な人間のタグが何かさえ知ってればそれでいいんだ」 

「拠りどころ……お守り……。
 一人ひとりの大切な物……か……。
 僕も覚えておきます! 
 匠さんが龍で、浅葱さんが鷲……」

 そこまで言うと、ふと何かに気付いたように深月の顔色が変わった。

 ……龍……。
 ……匠さんの……龍……。

「……もしかして……」
 慌てて深月は匠の方を振り返った。
 
 匠は優しく微笑んでいた。
 だが深月には、その微笑みがひどく儚げで、深遠の哀しみを湛えているように見えた。

「だから……匠さんは……。
 背中に龍を……、、……入れられた……?」
「うん……たぶんね……」

 その落ち着いた穏やかな匠の悲しい声に、深月の目から涙が溢れ出していた。
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