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 浅葱が外出先から戻ると、リビングのソファに匠が座っていた。

「おかえりなさい」
 匠の声に浅葱の表情が穏やかになる。

「こんな格好で……すみません」
 そう言う匠は上半身が裸のままだ。

「シャツ、羽織るって言ったんですけど……」
「シャツなんて着たら、傷に障ります!
 部屋にいる時ぐらい楽にしていればいいんです!」

 あれほど怖がっていた匠の傷も、リハビリのの手伝いをするうちに、深月は普通に接する事ができるようになっていた。
 そして匠自身も、この部屋の中だけでなら、自分の体を曝け出せていた。
 もちろん、それは仕方なく……だったが……。


「俺は構わんが……もう、こっちでいいのか?」
 リハビリが始まり、再び出血を繰り返すようになってから、匠はまた医務室で過ごす事が多くなっていた。

「今日は出血が少なかったんですよ! ……ね!
 だから良いんです!
 それに医務室なんかじゃ、良くなりませんよ。
 あんなに暗くて何もない所、気が滅入ります!」

 匠に尋ねたつもりだったが、深月が返事をする。
 そして言われて見れば武骨だったリビングには、小さな観葉植物の鉢があちこちに置かれ、そのうえ、色とりどりの風船がフワフワと飛んでいる。

「……で? 何なんだ? これは……」
「流がな、匠の視力回復のトレーニングだって言って、買って来たんだ」
 オヤジが飛び交う風船を指で突付きながら、半ば呆れたように肩をすくめてみせた。

「やっと影っぽい物でも見えるようになったんです!
 でもずっとモノクロでもダメでしょ!? 
 だから、色ですよ! 色!
 あ、そうそう!! もう一つ、プレゼントがあるんです!」

 深月は側に置いてあった袋から、ゴソゴソとゴムボールを取り出した。
 それは小さい子供が遊ぶ玩具のような物で、ふにゃふにゃと柔らかい。

「これを……こう……握って……握力も回復です!」
 そう言って赤いボールを一つ、匠の手に握らせた。

「あまり匠を疲れさせるなよ……深月」
 リハビリだけでも疲れているはずの匠の事が心配になるが、側にいるオヤジが何も言わずに呆れて笑っている所をみれば、まだ大丈夫なのだろう。

「ありがとう、深月さん」
 匠がボールを受け取りながら礼を言う。
 と、突然「あの……」と、深月が改まった。

「あの……ですね……匠……さん……」
 背筋を伸ばし、真っ直ぐに視線を向け……しかし、とても言い難そうに躊躇ためらいながら、
「前からずっと思ってたんですが……その…………」
 ようやく切り出した。

 何を言い出すのかと、皆が深月を見つめる。
 部屋の空気が変ったのを感じ取り、匠も困惑気味だ。

「あ……はい……何でしょうか……」
「その……深月さんって呼ぶの……できればやめて……欲しいな……とか……。
 『流~』とか……『深月~』とか……。
 そう呼んでもらえると嬉しいんですけど……」
 まるで初恋の相手に告白するかのように、深月は真っ赤な顔でそう言った。

「ぷッ…………」 
 何事かと思い、真剣に聞いていたオヤジが部屋の奥で思わず吹き出した。

「あ、じゃあ……あの、流……さん……で……」
「……! はい! それで充分です! ありがとうございます!」
 深月は瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みで匠を見つめた。


 匠がリビングに居るのが嬉しいのか、名前を呼んでもらえる事が嬉しいのか、深月は、かなりハイテンションだった。
「そうだ、匠さん! 指文字ってしたことあります?
 あれは絶対、指の運動に良いと思うんですよ!
 それに、ただ意味も無く指を動かすだけじゃ、つまらないでしょ?
 手話は腕全部使うけど、指文字なら五十音できるし……!
 あ、数字はめっちゃ簡単なんです!」

 そう言うと、いきなり匠の左手を取り、
「これが1で……これが……2……」
 解説しながら匠の指を伸ばしたり曲げたりし始めた。

「……痛ッ……」
 急に腕と指を動かされ、左腕に痛みが走り、匠が思わず顔を顰めた。

「おい、深月」
 浅葱の声が飛ぶ。

 腕にはまだ全く力が入らなかったが、わずかに肩を上げる程度はできるようになっていた。
 だが、時折襲うこの左腕の激痛は続いたままだ。

「すみません! 痛かったですか!? 急にやりすぎました……」
「……大丈夫です……流さん」
「匠、疲れたらすぐに休むんだぞ?
 それに流もだ。ほどほどで匠を開放してやれ」
 あまりのテンションの高さに、とうとうオヤジも釘をさす。

「……はい……」 
 しょんぼりと、元気の無い深月の声がする。

「でも、プレゼント、嬉しかった。ありがとう」
 匠も慌てて慰めた。

「じゃあ、匠、俺とオヤジからもプレゼントがある」
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