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 ハルとの通信を一方的に切った男――。
 その男は、黒のシャツに黒ネクタイという出で立ちで、肘掛に乗せた腕を腹の上で組んでいた。
 大きな執務椅子に、尊大に身体を預ける様は驕慢そのものだ。

「全く……面倒をかけさせる。
 あの時、さっさと浅葱を始末すれば良いものを……。
 要らぬ手間がかかるだけだ。
 しかも、こんな若造一人に振り回されるとは……。覇琉ハルもたいして使えん」

 高級そうな絨毯が敷かれた薄暗い部屋。
 重厚な執務机。
 そしてその机の上には、開封された封筒が放り出されている。
 
 そこから乱雑に広げられているのは、匠が写った数枚の写真。
 その中には、背中の傷が撮られた物まであった。
 その写真を、まるでトランプのように指で弄びながら「悪趣味な事だ……」男が呟いた。

「まぁまぁ……。
 そう捨てたモノではありませんよ?
 実際に見ていただければ、おわかりになると思いますが、これは非常に素晴らしい、超一級の芸術作品です」

 その男の呟きに返事が返ってくる。
 一人の老人が 部屋の中央の応接椅子に座っていた。
 テーブルの上には酒の入った瓶とグラスが並び、湿った声で両手を擦り合わせながらこちらを見ていた。



 ――コンコンコン――

「申し訳ありません。そろそろ次のご予定が……」
 ドアをノックする音の後、一人のスーツ姿の男が入室し頭を下げた。

「わかった」 
 黒シャツの男は答えると、老人に向き直る。

「あなたも、もう帰った方がいい。途中まで車で送らせますよ」
「……いや……。まだ酒が残って……」
 言い掛けたがすぐに諦めたのか、名残惜しそうに腰を上げると、立ったまま、残っていた酒の瓶に直接口をつけ、一気にあおった。

 その姿にスーツの男は、一見しただけではわからない程の薄い皺を眉間に寄せた。
 そして、酒を飲み干した老人を、部屋から追い出すように急き立てた。


 黒シャツの男も写真の封筒を握ると立ち上がった。
 扉の前まで来ると、スーツの男が一礼し、背後から男の肩に上着を羽織らせるように掛けた。
 男が黒の上着に袖を通すと、その上から銀の大きなバックルの付いたベルトで止める。
 袖口や襟元には同じ銀の縁飾りがあり、肩と襟には階級章が下がっている。
 それは漆黒の軍服のようだった。
 だが、通常右肩から下げる飾緒が、反対の左肩から下げられている。
 その逆向きの細い鎖様の飾緒が、正規の……表立って動く組織では無い事を暗に示していた。


 部屋の前、静まり返る長い直線廊下の先にエレベーターがあった。
 ホールまで行くと、既にエレベーターは到着し、中には二人の先客がいた。
 後から来た三人に気が付いたのか、扉を開けたまま待ってくれている。

 先客の男達も、一人は同じ漆黒の軍服、もう一人はダークスーツという組み合わせだ。
 どちらのスーツの男も、秘書のような役目をしているらしく、荷物を持ったり、エレベーターを開けたりと、雑務をしているのはスーツの方だった。
 
 後から来たスーツの男だけが小さく会釈をし、軍服男、老人、そして自分の順で乗り込んで来ると、
「ここで民間の方に会うとは珍しい……」
 先に乗っていた軍服の男が、小綺麗とは言い難い老人を見てそう言った。

「ああ、届け物をしていただいただけですよ」
 後乗の軍服男がそう言って、さっきまで机に広げてあった封筒をチラリと見せる。

「それにしても、この階にまで上げるとは……」
 男は酒臭い老人を鋭い眼つきでじっと見つめた。


 そのまま誰も返事をしなかった。
 重い空気に包まれたまま、このエレベーターで降りられる最低階の30階まで一気に降下する。
 扉が開くと同時に、老人を連れた三人は逃げるように足早に降りて行った。
 
 そこは静まり返った上の階とは違い、人が多く行き交うフロアだった。
 子供を連れた女性、スーツ姿の男女、作業着の者もいる。
 民間人に混ざって正規の軍服姿も、陸・海・空……と数多く、忙しく歩き回っているせいか、漆黒の軍服……しかもそれがではない事に違和感を持つ者は誰もいない。 


 老人を急かすように降りた三人は、その人込みの中でようやく後ろを振り返った。
 あの二人の姿が見えない事を確認すると、
「しばらくは、ここに出入りされない方がよろしいかと……」
 スーツの男が腰を屈めて老人に囁いた。

「大事な資料を持って来てやったんだぞ……!」
 自分の何が悪い! とでも言わんばかりに老人が大声をあげる。

「お静かに。
 日にちが決まれば必ずこちらからお知らせ致します。
 お車は1階にご用意しております」 
 丁寧だが、どこか突き放したような冷たさがあった。

 その迫力に老人は「……フンッ」と一言残し帰って行く。
 小柄な老人の姿は、すぐに人に紛れ見えなくなった。


「ったく……。どいつもこいつも、気に食わない奴ばかりだ」
 老人の後ろ姿が見えなくなる頃、軍服の男が言い捨てた。

「これで資料を作って出席者に回せ、日時は未定でいい」
 そう言って匠の写真の入った封筒をスーツの男に手渡した。
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