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「……やりにくいな。おい、横向きに寝かせろ」
暗闇の中で老人の声がした。
あれからも老人の作業は着々と進んでいた。
それは匠の背中から脇腹辺りにまで及ぼうとしている。
二人の助手がゴロリと匠を横向きに転がす。
「……!!!! ……っっ!!」
引き攣った背中の皮膚が強引に引き伸ばされ、体が裂ける痛みに襲われると、無意識に眼球が動き、激痛が走った。
「……ンッッ…………!!」
声を上げる匠を気にも留めず、
「そのままだ。そこで押さえておけ」
そう言ってまた老人のメスを握る手が動き始める。
灼かれた背中と違い、生きた痛点を持つ脇腹は、また異種の痛みを引き起こした。
その痛みは匠の体と、乖離しかけた精神とを一つ一つ縫い合わせ、現実へと引き戻しているかのようだった。
「……ンンンンッッ!! …………ぁああッッ!!」
「……ほら、動くんじゃないよ。
……腕を除けろ、もっとしっかり押さえていろ。
まったく……もう少し呆けていてくれれば、私の作業も楽だったのに……」
ブツブツと不満そうな老人の指示に、助手が匠の両腕を顔の前まで移動させ、横向きのまま力任せに押さえつけた。
そうして無防備に曝け出された脇腹に、また老人のメスが入れられる。
「……ンァッ…………!!!」
痛みに叫ぶ。
だが横向きのこの姿勢は皮肉なことに、折れている肋骨への圧迫を少しだけ軽くしてくれた。
こちらの方がわずかに呼吸は楽に思えた。
足も今の方が自由だった。
膝を曲げると、丸まった姿勢になれる。
それは何よりも、腕の中に顔を埋める事ができたのだ。
匠は外部からの刺激を少しでも感じなくてすむように、胎児のように身を小さくし、力の入らない両手を握り締め、ただじっと耐え続けていた。
何があっても……ここから出る……。
もし、浅葱さんやおやっさんが間に合わなくても……。
その時、自分がどんな姿になっていたとしても……。
もう自ら終わりにはしない……。
それが匠の出した答えだった。
だがそれは、今の匠にとって一番辛い選択だった。
――現実。
それは、激痛と恐怖しかなかった。
強烈に植え付けられた恐怖心は、拭う事ができないまま……いや、それどころか、どんどん強大に成長しながら、匠の中に巣食っていった。
失った視覚を補うように、残された感覚は研ぎ澄まされ、匠の発作はますます酷くなった。
扉が開閉する音。
金属や器具の音。
そして、人……。
触れられる事はもちろん、足音や話し声、空気の流れや気配でさえも、周囲のほんのわずかな変化にも拒絶反応を起こし、匠の身体は簡単に発作を引き起こした。
それはもう、自分の意思で制御できるものではなかった。
不意に老人の手が止まり、部屋を出て行く音がした。
その後に続く二人の足音……。
静まり返った誰も居ない空間。
一人になれるこのわずかな時間だけが、今の匠にとって唯一の安息の時だった。
それでも目を閉じると、迫って来る針の残像に体が震え、一人で何度も発作を起こした。
シンとしていた部屋の外で人の気配がした。
……もう……戻って……来たのか……。
苦しい呼吸の中で、一人悪態をついた。
だがその気配は、いつもの老人と助手ではなかった。
中に一人、訓練された足音と気配がある。
あの男か……。
また何か新しい薬を……違う遊びを考えたのかもしれない……。
……あの痛みと恐怖……。
そして凌辱……。
呼吸が荒くなり、発作が起きる。
……まただ……。
また息ができなくなる…………苦しくなる……。
暗闇の中で老人の声がした。
あれからも老人の作業は着々と進んでいた。
それは匠の背中から脇腹辺りにまで及ぼうとしている。
二人の助手がゴロリと匠を横向きに転がす。
「……!!!! ……っっ!!」
引き攣った背中の皮膚が強引に引き伸ばされ、体が裂ける痛みに襲われると、無意識に眼球が動き、激痛が走った。
「……ンッッ…………!!」
声を上げる匠を気にも留めず、
「そのままだ。そこで押さえておけ」
そう言ってまた老人のメスを握る手が動き始める。
灼かれた背中と違い、生きた痛点を持つ脇腹は、また異種の痛みを引き起こした。
その痛みは匠の体と、乖離しかけた精神とを一つ一つ縫い合わせ、現実へと引き戻しているかのようだった。
「……ンンンンッッ!! …………ぁああッッ!!」
「……ほら、動くんじゃないよ。
……腕を除けろ、もっとしっかり押さえていろ。
まったく……もう少し呆けていてくれれば、私の作業も楽だったのに……」
ブツブツと不満そうな老人の指示に、助手が匠の両腕を顔の前まで移動させ、横向きのまま力任せに押さえつけた。
そうして無防備に曝け出された脇腹に、また老人のメスが入れられる。
「……ンァッ…………!!!」
痛みに叫ぶ。
だが横向きのこの姿勢は皮肉なことに、折れている肋骨への圧迫を少しだけ軽くしてくれた。
こちらの方がわずかに呼吸は楽に思えた。
足も今の方が自由だった。
膝を曲げると、丸まった姿勢になれる。
それは何よりも、腕の中に顔を埋める事ができたのだ。
匠は外部からの刺激を少しでも感じなくてすむように、胎児のように身を小さくし、力の入らない両手を握り締め、ただじっと耐え続けていた。
何があっても……ここから出る……。
もし、浅葱さんやおやっさんが間に合わなくても……。
その時、自分がどんな姿になっていたとしても……。
もう自ら終わりにはしない……。
それが匠の出した答えだった。
だがそれは、今の匠にとって一番辛い選択だった。
――現実。
それは、激痛と恐怖しかなかった。
強烈に植え付けられた恐怖心は、拭う事ができないまま……いや、それどころか、どんどん強大に成長しながら、匠の中に巣食っていった。
失った視覚を補うように、残された感覚は研ぎ澄まされ、匠の発作はますます酷くなった。
扉が開閉する音。
金属や器具の音。
そして、人……。
触れられる事はもちろん、足音や話し声、空気の流れや気配でさえも、周囲のほんのわずかな変化にも拒絶反応を起こし、匠の身体は簡単に発作を引き起こした。
それはもう、自分の意思で制御できるものではなかった。
不意に老人の手が止まり、部屋を出て行く音がした。
その後に続く二人の足音……。
静まり返った誰も居ない空間。
一人になれるこのわずかな時間だけが、今の匠にとって唯一の安息の時だった。
それでも目を閉じると、迫って来る針の残像に体が震え、一人で何度も発作を起こした。
シンとしていた部屋の外で人の気配がした。
……もう……戻って……来たのか……。
苦しい呼吸の中で、一人悪態をついた。
だがその気配は、いつもの老人と助手ではなかった。
中に一人、訓練された足音と気配がある。
あの男か……。
また何か新しい薬を……違う遊びを考えたのかもしれない……。
……あの痛みと恐怖……。
そして凌辱……。
呼吸が荒くなり、発作が起きる。
……まただ……。
また息ができなくなる…………苦しくなる……。
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