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終らないなら……
自分で終らせる……
もう…………
それで終わりに出来るなら……。
その時、老人と助手はようやく弄んでいた匠の体から離れ、また刻印の修復をすべく準備に取り掛かっていた。
体に掛けられた白布の下で、匠の指がわずかに動いた。
闇の中、無意識にその行為に使えそうな物を探していた。
その瞳にまた激しい痛みが戻ってくる。
指に冷たい物が触れ、――ツッ。と痛みが走る。
指先が鋭利に切れていた。
ゆっくりとそれ――たぶんメスのような物――を指で取り、布の下に忍ばせた。
そして刃先を手首に向ける。
そのまま宙を見つめながら……刺した。
「……ンっ……」
痛みが走り、指先がトクトクと脈打つ。
だが、それだけだった。
力の入らない指では突き刺すだけが精一杯で、十分に切り裂く事など、できはしなかった。
白布が血に染まるのに気付いた老人が、慌てて布を掃い除ける。
「……おいおい……。
何をバカな事をしてくれる……」
そう言ってメスは簡単に取り上げられた。
ハァ……ハァ……
闇に転がる人形の、刺し切れた手首に何かがグルグルと巻かれていく。
今の自分にはそれさえも許されない……。
自分の体で満足に動かせる場所が、あまりにも少なかった。
舌を……噛み切る……か……漠然とそんな事まで考えた。
実際、それが非現実的な事はわかっている。
だがもう考えられる手は、それぐらいしか残っていないように思われた。
それだけの力が残っていれば……だったが……。
絶望――
……ゆっくりと目を閉じた。
今まで闇に浮かぶのは、あの迫り来る鋭い針だけだった。
だが突然、匠の脳裏に浅葱やおやっさんの顔が浮かんできた。
浅葱……さん……。
妙に遠い記憶のような気がした。
できる事なら、もう一度逢いたかった……。
もっと一緒に居て仕事がしたかった……。
一度そう思い始めると、頭の中にはなぜか、もっと、もっと……という言葉ばかりが浮かんでくる。
もう終らせると決めたはずなのに……。
ふと浅葱の声を思い出した。
それはあの日、一緒に任務に出た日だ。
ビルで匠一人が飛び出した時に最後に聞いた浅葱の声……。
『――バカ! 行くな!! 匠!!!!――』
その声にハッとして我に返った。
そうだ……おやっさんにも言われた……。
初めてあのマンションに行った時……。
『……とりあえず、生きてここに戻って来い……』
と……。
それがお前の仕事だと……。
不覚にも涙が零れた。
ここへ監禁されてから、初めて流した涙だった。
そしてそれは激しい痛みを伴っていた。
「……ッっ……!!! …………」
その激痛は匠を現実へと引き戻して行く。
そう……もっと……もっと……。
……またあそこへ戻りたい……。
もっと……もっと……。
浅葱さん……。
浅葱さんは……必ず来てくれる……。
必ず……。
それまでは……。
きつく目を閉じていた匠の瞼に、突然、指が触れた。
ビクッ……と体が震える。
それはあの男の指だった。
「……どうした? タクミ、泣いているのか?」
そう言いながら、匠の睫毛に溜まった涙を指で拭った。
匠は必死で目を開け、声がした方を向いた。
男は涙を拭った指でクッと匠の顎を持ち上げると、唇を覆うように自分の唇と合わせてくる。
「……ンッ……」
男はそのまま、何も見えていない匠の目を見つめ続ける。
匠も目を閉じようとはしない。
激痛が走る。
みんなの元へ戻りたい……ただそれだけを思っていた。
自分で終らせる……
もう…………
それで終わりに出来るなら……。
その時、老人と助手はようやく弄んでいた匠の体から離れ、また刻印の修復をすべく準備に取り掛かっていた。
体に掛けられた白布の下で、匠の指がわずかに動いた。
闇の中、無意識にその行為に使えそうな物を探していた。
その瞳にまた激しい痛みが戻ってくる。
指に冷たい物が触れ、――ツッ。と痛みが走る。
指先が鋭利に切れていた。
ゆっくりとそれ――たぶんメスのような物――を指で取り、布の下に忍ばせた。
そして刃先を手首に向ける。
そのまま宙を見つめながら……刺した。
「……ンっ……」
痛みが走り、指先がトクトクと脈打つ。
だが、それだけだった。
力の入らない指では突き刺すだけが精一杯で、十分に切り裂く事など、できはしなかった。
白布が血に染まるのに気付いた老人が、慌てて布を掃い除ける。
「……おいおい……。
何をバカな事をしてくれる……」
そう言ってメスは簡単に取り上げられた。
ハァ……ハァ……
闇に転がる人形の、刺し切れた手首に何かがグルグルと巻かれていく。
今の自分にはそれさえも許されない……。
自分の体で満足に動かせる場所が、あまりにも少なかった。
舌を……噛み切る……か……漠然とそんな事まで考えた。
実際、それが非現実的な事はわかっている。
だがもう考えられる手は、それぐらいしか残っていないように思われた。
それだけの力が残っていれば……だったが……。
絶望――
……ゆっくりと目を閉じた。
今まで闇に浮かぶのは、あの迫り来る鋭い針だけだった。
だが突然、匠の脳裏に浅葱やおやっさんの顔が浮かんできた。
浅葱……さん……。
妙に遠い記憶のような気がした。
できる事なら、もう一度逢いたかった……。
もっと一緒に居て仕事がしたかった……。
一度そう思い始めると、頭の中にはなぜか、もっと、もっと……という言葉ばかりが浮かんでくる。
もう終らせると決めたはずなのに……。
ふと浅葱の声を思い出した。
それはあの日、一緒に任務に出た日だ。
ビルで匠一人が飛び出した時に最後に聞いた浅葱の声……。
『――バカ! 行くな!! 匠!!!!――』
その声にハッとして我に返った。
そうだ……おやっさんにも言われた……。
初めてあのマンションに行った時……。
『……とりあえず、生きてここに戻って来い……』
と……。
それがお前の仕事だと……。
不覚にも涙が零れた。
ここへ監禁されてから、初めて流した涙だった。
そしてそれは激しい痛みを伴っていた。
「……ッっ……!!! …………」
その激痛は匠を現実へと引き戻して行く。
そう……もっと……もっと……。
……またあそこへ戻りたい……。
もっと……もっと……。
浅葱さん……。
浅葱さんは……必ず来てくれる……。
必ず……。
それまでは……。
きつく目を閉じていた匠の瞼に、突然、指が触れた。
ビクッ……と体が震える。
それはあの男の指だった。
「……どうした? タクミ、泣いているのか?」
そう言いながら、匠の睫毛に溜まった涙を指で拭った。
匠は必死で目を開け、声がした方を向いた。
男は涙を拭った指でクッと匠の顎を持ち上げると、唇を覆うように自分の唇と合わせてくる。
「……ンッ……」
男はそのまま、何も見えていない匠の目を見つめ続ける。
匠も目を閉じようとはしない。
激痛が走る。
みんなの元へ戻りたい……ただそれだけを思っていた。
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