華燭の城

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「ポケット……?」

 唐突な話にシュリは戸惑いを隠せず、そう聞き返しながら、ラウに借りたコートの中を探る。
 そして、ポケットからそっと抜き出した手には、言われた通り、古い鍵が2つ握られていた。

「それは、この城の薬品庫の鍵。
 その薬品庫の地下に、ジーナ様の、これからの治療に必要な薬草を全て確保しています。万が一、追い詰められたガルシアが血迷い、城に火でも放っては……と、隠しておきました。
 詳しい処方は、もう1つの鍵……公用の館にある私の……としての部屋に。場所は北西端の黒扉……。行けば……オーバストならわかるはずです」

「ジーナの薬の……薬品庫の鍵……」

「ええ。あなたが一番欲しがっていた物です。
 あなたが、ただひたすら、ガルシアの仕打ちに耐えてきたのは、全てその薬のため、ジーナ様のため。
 その薬草が全てガルシアの手中にあると思っていたからです。
 でも本当は……。
 私はもうずっと前から、その鍵を持っていたのですよ。
 なのに私は、あなたを利用し続けるために言わなかった。
 薬草がすでにこちらにある事が判っていれば、あなたは、ガルシアの言いなりになる必要はなかった」

「これが……ジーナの……」

 シュリは自分の手の中にある鍵をじっと見つめた。
 
 自分が弟の薬のために耐えてきたのは本当だ。
 そのために、ナギにも本当の事を打ち明けられず、助けも求められなかった。
 今日でさえ、ナギを追い返そうとした程だ。
 もしすぐに話せていれば、この胸の印も無かったはず……。
 
 でも……。
 ……でも……。
 …………でも…………。


「それでも……。
 私の気持ちに……変わりはない……」

 シュリの声に、ガルシアのむくろを抱えるラウの腕に力が入った。
 そのままグッと唇を噛んでシュリを見つめると、スッと息を吸う。

「シュリ! いい加減に目を覚ましなさい!
 どこまで言えばわかるのですか!!」

「わからない! わかりたくもない!!」

「いいですか、よく聞きなさい!
 私は……。
 私はあなたを……。
 シュリを……自分の意のままに動く人形とするために……ずっと “薬” を飲ませていたのですよ……!
 私がシュリに渡していたあの薬湯と薬……。
 あれは…………麻薬…………」

「やめろ! それ以上言うな! ラウム!」

 叫んだのはナギだった。
 予想外の場所からの声に、ラウも驚きを隠しきれず、思わず視線を合わせる。

「もうこれ以上……シュリを傷つけるな……」


 ナギはこの事実をすでに知っていた。
 ヴィルが城からこっそり持ち帰った多くの薬の中で、ナギが注視していたのは二つ。
 “大量の麻薬成分が配合された薬瓶” と “毒薬の瓶”

 自国の検査で、これが麻薬だと判明した当初、ナギは、ガルシアがこれで財を成しているのでは……と考えた。
 違法な麻薬を、薬師であるラウに作らせ、その販路に西国を選んだのだ、と……。
 そして、西の男を秘密裏に呼び寄せ、城内で麻薬の取引……。
 そうだとすれば、あの異常な財力にも説明がつく。

 だがあの財は、大国の姫を次々とめとりながら増やしたものだった。
 ガルシアが婚姻の持参金として相手国に要求した金額は、小国ならば、かるく数年の国家予算に匹敵する。

 それでもの妃になれるなら……と、巨額の金と共に娘を差し出した国々……。
 その末路は、金のみならず、宝剣を含む財宝から武器、兵力、果ては自国の領土と、大事な娘の命まで、根こそぎ奪われる事となったのだが……。


 結局、麻薬の件は、ナギの中で説明がつかないままだったが、その謎について話したのは、思いがけずも、あの西国の男だった。
 自分の保身のため、最後の切り札として、ナギ達にこう密告したのだ。

 『シュリ皇子は麻薬を常習しているはずだ』と……。

 それは長年、西国であらゆる薬を作り出し、諜報してきた男の直感だった。

 自分の作った薬と針の痛みに、普通の人間が……まして、酒さえ飲まないという皇子が耐えきるなど、考えられない。というのが理由だ。
 
 もしそんな事ができるとすれば、答えはひとつ。
 薬に何か強い耐性……麻薬のような強いものを、毎日体内に取り込み続けて、初めてかなう事だと、あの男はナギに話していた。
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