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「殿下は……もうご存知だったのですね」
真っ直ぐに、自分を睨むように見るナギの強い視線にそう言い、ラウはフッと目を逸らした。
「ああ……。だからもう、何も言うな……」
だがラウは、ナギの求めに応じなかった。
小さく首を振る。
「私は、シュリの事を調べ、羨んだ時から、心のどこかで激しく妬んでもいた。
自分が座るはずだった座を、シュリに譲らなければならないという現実。
王座など欲しくはない、表には出ない、そう決心しながらも、いつしか私は……シュリがこの国の王位に就いた後も、意のままに動かせないかと……そう考えるようになっていた。
表には出られずとも、裏で院政を敷き、操る事ができればと……。
そして私は思いついた。
シュリが、ガルシアに弄ばれ、傷付けられる事はわかっている。
……私がそうであった様に……。
ならば、必ず痛みや苦しみから救う薬が必要になる。
それでシュリを薬浸けにし、自分の言う事なら何でも聞く人形にしてしまえば良いと……。
一歩間違えば、命まで脅かすかもしれなかったのに、それでも私は自分の欲望を、嫉妬を止められなかった……。
恩を売り、罪悪感を擦り込み、表では、苦しむシュリを救うように見せかけながら、全てを手に入れる。
シュリ、これだけ言えば、もうわかったでしょう?
私がどれだけ酷い人間か。
だから、いい加減に『お前など要らない』『もう消え失せろ』そう言って下さい! シュリ!」
「……それが……何……?」
オーバストに支えられていた腕を解き、シュリが真っ直ぐに見ていた。
「だから……私の事など……」
「……知っていた。
あれが麻薬だという事は、もうずっと前から」
そのあまりにも静かな声に、その場に居た全員が息を呑む。
「あの西国の男に、最初に石牢で責められた日、私の胸に針を突き立てた直後、あの男はひどく驚いた顔をした。
そしてすぐに嬉しそうに笑いながら、私の耳元でこう囁いた……。
『皇子は麻薬を嗜んでおられるのか?』と。
正直驚いた。
だが思い当たるのは、毎日お前の渡してくれる薬だけだった」
「そんな……!
だったら何故、大人しく、あんな物を飲んだのですか!」
「お前が……!
ラウが私の命を奪うような事はしないと判っていたから……。
初めて会った日 “何があっても” 味方だと言ったのはお前だ、ラウ。
だから、信じられた」
「馬鹿な……!
まさかあの受書の日……部屋にあった大量の薬を一度に飲んだ時も、もう知っていたのですか?
知っていて、あれを全部?
……なんて無茶を!」
「あの時は、飲まなければ立ってさえ居られなかった。
でも行かなければ、殿下が殺されていたのだから、結局、皆を救ったのはお前の薬だ」
「シュリ! あなたという人は……!
自分が死ぬかもしれなかったのですよ!」
「でも生きてる。
この傷を縫合し、命を救ってくれたのも、お前だ」
「……っ!」
声を荒げていたラウが唇を噛み、強く拳を握りしめる。
「ラウこそ……どうして私を騙し通さなかった?
何故、今ここで全てを話した?
ガルシアを粛清したことは、誰も咎めないと言ったはずだ。
黙っていれば、お前はこのまま王座に就けた。
いや、もし私が王座に就いたとしても、何も言わず黙っていれば……。
“これからも、表に出るつもりはない” と言い通していれば……。
薬を飲ませ続ければ……。
道は多くあった。私を裏で動かす事は、いくらでもできたはずだ。
なのに、なぜ、そうしなかった。
それ以前に……途中から薬を変えただろう? どうしてだ?」
シュリは、ラウの腕の中の動かないガルシアに目を遣った。
あれほど、自分を苦しめたガルシア。
それがもうこの世の者ではない。
その感覚が妙に不思議な気がした。
「言ったでしょう……。
あなたが優しすぎたのだと……それが誤算だったと……。
あなたは、墓に花を供えてくれた。そして祈ってくれた。
そんなあなたを、私は……」
「墓……」
「その一番小さな墓……。
あなたが薄蒼の花を挿してくれたそれは、私の墓です。
生まれてすぐに死んだとされた私の……。
誰にも名前を呼ばれたことの無い私の名を指で探り、そして祈ってくれた。
あの時、嫉妬に狂っていた私の心が揺らいでしまったのです……。
あなたがガルシアに弄ばれるのは仕方ない。
あなたが薬で人形のように壊れようと構わない。
あなたに逢うまでは、そう冷たく割り切れていた心が……。
逢ってしまったから……。
あなたの側に居たいと……。
あなたが愛しいと……そう思い始めてしまった……。
そして想えば想うほど、ガルシアも、自分自身も……シュリを苦しめた全てが許せなくなった」
「だったら……! もうこんな話は止めよう! ラウ!
“私のために無茶をするな” そう言ったはずだ!
ガルシアはもういない! 終わったんだ!
跡を継ぐのは、実子であるラウが相応しいと、私は思う。
ラウが次の王になれば、無理矢理に歪められた王家の系図も元に戻る。
そこからまた始めればいい!」
「俺も賛成だ!
ガルシアの死は綱紀粛正によるもの。
そして次の王は、その実子であるシヴァ、お前だラウム!
その事で、後に何か面倒事が起こったとしても、俺が親父に掛け合いなんとかする!」
だが、その言葉にもラウは強く首を振る。
「ならば……!
どうしてもそれが嫌だと言うなら、お前の言う通り、私が王位に就こう。
そしてラウ、お前が後ろで私を支えて欲しい」
シュリの言葉にナギも頷いた。
「……ありがとうございます……」
その声は心なしか震えているようにも聞こえる。
ラウはゆっくりと頭を下げると、右手に握っていた剣をそっと鞘に戻した。
柄に下がった青い房が、湖からの心地よい風にサラサラとなびき、それを見つめるラウの瞳から一筋零れた涙が、頬を伝う。
その姿に、誰もが安堵の表情を見せ、肩の力を抜く。
ヴィルはその大柄な体躯に似合わず、すでにポロポロと大粒の涙を流し、そのクシャクシャの顔で泣き、笑み、頷き、隣の近衛と肩を叩き合っていた。
真っ直ぐに、自分を睨むように見るナギの強い視線にそう言い、ラウはフッと目を逸らした。
「ああ……。だからもう、何も言うな……」
だがラウは、ナギの求めに応じなかった。
小さく首を振る。
「私は、シュリの事を調べ、羨んだ時から、心のどこかで激しく妬んでもいた。
自分が座るはずだった座を、シュリに譲らなければならないという現実。
王座など欲しくはない、表には出ない、そう決心しながらも、いつしか私は……シュリがこの国の王位に就いた後も、意のままに動かせないかと……そう考えるようになっていた。
表には出られずとも、裏で院政を敷き、操る事ができればと……。
そして私は思いついた。
シュリが、ガルシアに弄ばれ、傷付けられる事はわかっている。
……私がそうであった様に……。
ならば、必ず痛みや苦しみから救う薬が必要になる。
それでシュリを薬浸けにし、自分の言う事なら何でも聞く人形にしてしまえば良いと……。
一歩間違えば、命まで脅かすかもしれなかったのに、それでも私は自分の欲望を、嫉妬を止められなかった……。
恩を売り、罪悪感を擦り込み、表では、苦しむシュリを救うように見せかけながら、全てを手に入れる。
シュリ、これだけ言えば、もうわかったでしょう?
私がどれだけ酷い人間か。
だから、いい加減に『お前など要らない』『もう消え失せろ』そう言って下さい! シュリ!」
「……それが……何……?」
オーバストに支えられていた腕を解き、シュリが真っ直ぐに見ていた。
「だから……私の事など……」
「……知っていた。
あれが麻薬だという事は、もうずっと前から」
そのあまりにも静かな声に、その場に居た全員が息を呑む。
「あの西国の男に、最初に石牢で責められた日、私の胸に針を突き立てた直後、あの男はひどく驚いた顔をした。
そしてすぐに嬉しそうに笑いながら、私の耳元でこう囁いた……。
『皇子は麻薬を嗜んでおられるのか?』と。
正直驚いた。
だが思い当たるのは、毎日お前の渡してくれる薬だけだった」
「そんな……!
だったら何故、大人しく、あんな物を飲んだのですか!」
「お前が……!
ラウが私の命を奪うような事はしないと判っていたから……。
初めて会った日 “何があっても” 味方だと言ったのはお前だ、ラウ。
だから、信じられた」
「馬鹿な……!
まさかあの受書の日……部屋にあった大量の薬を一度に飲んだ時も、もう知っていたのですか?
知っていて、あれを全部?
……なんて無茶を!」
「あの時は、飲まなければ立ってさえ居られなかった。
でも行かなければ、殿下が殺されていたのだから、結局、皆を救ったのはお前の薬だ」
「シュリ! あなたという人は……!
自分が死ぬかもしれなかったのですよ!」
「でも生きてる。
この傷を縫合し、命を救ってくれたのも、お前だ」
「……っ!」
声を荒げていたラウが唇を噛み、強く拳を握りしめる。
「ラウこそ……どうして私を騙し通さなかった?
何故、今ここで全てを話した?
ガルシアを粛清したことは、誰も咎めないと言ったはずだ。
黙っていれば、お前はこのまま王座に就けた。
いや、もし私が王座に就いたとしても、何も言わず黙っていれば……。
“これからも、表に出るつもりはない” と言い通していれば……。
薬を飲ませ続ければ……。
道は多くあった。私を裏で動かす事は、いくらでもできたはずだ。
なのに、なぜ、そうしなかった。
それ以前に……途中から薬を変えただろう? どうしてだ?」
シュリは、ラウの腕の中の動かないガルシアに目を遣った。
あれほど、自分を苦しめたガルシア。
それがもうこの世の者ではない。
その感覚が妙に不思議な気がした。
「言ったでしょう……。
あなたが優しすぎたのだと……それが誤算だったと……。
あなたは、墓に花を供えてくれた。そして祈ってくれた。
そんなあなたを、私は……」
「墓……」
「その一番小さな墓……。
あなたが薄蒼の花を挿してくれたそれは、私の墓です。
生まれてすぐに死んだとされた私の……。
誰にも名前を呼ばれたことの無い私の名を指で探り、そして祈ってくれた。
あの時、嫉妬に狂っていた私の心が揺らいでしまったのです……。
あなたがガルシアに弄ばれるのは仕方ない。
あなたが薬で人形のように壊れようと構わない。
あなたに逢うまでは、そう冷たく割り切れていた心が……。
逢ってしまったから……。
あなたの側に居たいと……。
あなたが愛しいと……そう思い始めてしまった……。
そして想えば想うほど、ガルシアも、自分自身も……シュリを苦しめた全てが許せなくなった」
「だったら……! もうこんな話は止めよう! ラウ!
“私のために無茶をするな” そう言ったはずだ!
ガルシアはもういない! 終わったんだ!
跡を継ぐのは、実子であるラウが相応しいと、私は思う。
ラウが次の王になれば、無理矢理に歪められた王家の系図も元に戻る。
そこからまた始めればいい!」
「俺も賛成だ!
ガルシアの死は綱紀粛正によるもの。
そして次の王は、その実子であるシヴァ、お前だラウム!
その事で、後に何か面倒事が起こったとしても、俺が親父に掛け合いなんとかする!」
だが、その言葉にもラウは強く首を振る。
「ならば……!
どうしてもそれが嫌だと言うなら、お前の言う通り、私が王位に就こう。
そしてラウ、お前が後ろで私を支えて欲しい」
シュリの言葉にナギも頷いた。
「……ありがとうございます……」
その声は心なしか震えているようにも聞こえる。
ラウはゆっくりと頭を下げると、右手に握っていた剣をそっと鞘に戻した。
柄に下がった青い房が、湖からの心地よい風にサラサラとなびき、それを見つめるラウの瞳から一筋零れた涙が、頬を伝う。
その姿に、誰もが安堵の表情を見せ、肩の力を抜く。
ヴィルはその大柄な体躯に似合わず、すでにポロポロと大粒の涙を流し、そのクシャクシャの顔で泣き、笑み、頷き、隣の近衛と肩を叩き合っていた。
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