華燭の城

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 大きな客人用応接室の中央。
 ナギ、ヴィル、そしてこの家の主である西国の男、3人はテーブルを挟んでソファーに腰を下ろした。

 ナギの後ろには10名の近衛兵が並び控えている。
 対する男はひとりきり。
 1対12の圧倒的な力差で、男の威勢は消え失せ、顔を上げる事さえできなくなっていた。


「さて……」
 ナギのその一言で、男の体がビクリと震える。

「まず、お前がガルシアの城に居た理由を聞こうか」

「そ……それは……。
 ……私は……その…………脅されて……」

「脅された?
 言っておくが、嘘はつかないのが身のためだぞ」

 ナギの低い声に、男は無意識に頷いていた。
 カクカクとぎこちなく同じ動作を幾度も繰り返す様子は、まるで木工玩具のようだ。
 その玩具が短い沈黙の後、口を開いた。

「ガルシアに……呼ばれたんだ……。取引を……しないかと……」
 ようやくそれだけを言葉にすると、ナギの顔色を伺い、チラを顔を上げた。

 だが、無言のまま自分を射る冷たい視線に、男はまた慌てて目を伏せる。

「その……我が西国軍の情報と……。
 ……様子を教えろと……脅……されて……」

「へぇ。そうなんだ」

「そ、そう……それだけだ……」

 ナギは身を乗り出し男の眼前まで迫ると、テーブルに肘を付き、俯き逸らした男の目を下から煽るように覗き込んだ。

「そんな訳があるか……! 嘘をつくな! 
 たった今 “取引” だと言ったのはお前だぞ!
 その情報に対する見返りは何だ?
 取引と言うからには、お前も何か得たのだろ! 
 ガルシアを通じて、我が帝国軍の内情でも探ったか!」

「ち……違う! そんな、帝国の情報など……!
 そんな事は絶対にしてない……!」

「では何だ!」

「……その……」

 言えるわけがない。
 神の子を犯し、その上 “召魔滅神” の紋章まで、その体に灼きつけ愉しんだなど……。
 男はまた下を向き目を伏せたまま、貝のように口を閉じた。
 豪華な応接室にしつらえられた巨大な柱時計の秒針だけが、カチカチと静かに時を刻む。



「では、話を変えよう」

 小さな溜息と一緒にナギの手が、男の伏せた狭い視界に割り込んだ。
 その手の中にあった小さな瓶が数個、順番に男の前に並べられる。

「これに見覚えは?」

 テーブルに置かれたのは、どれも見た目は全く同じガラスの小瓶。
 透明な本体に銀の蓋が付いている。

「知らない……!」
 男は即答した。
 
 そして「こんな物は断じて知らん! 一切見た事がない物だ!」と、ここぞとばかりに鼻息荒く大声を上げた。

 目の前にあるのは、自分の知っているどの薬品の瓶とも違っており、全く記憶に無い。これは断じて嘘ではない。
 男の顔が “どんな証拠を握って来たのかと思えば……” “帝国お前の調べも大したことはない” “驚かせるな” とでも言いた気に勝ち誇り、形勢逆転を謀り吠えていた。

 その強腰の表情に気が付いたナギは、すかさず、
「ああ、言い忘れていた。
 瓶は入れ替えてある。お前が知らなくて当然だ」
 平然とそう斬り込む。

 男はの心臓がドクンと大きく鳴った。
 勝ち誇った顔が一瞬で歪み崩れる。

「聞きたいのは中身だ、ちゃんと開けてよく確かめろ」
 
 ナギの声で、男は目の前の瓶を恐る恐る手に取った。
 小刻みに震える手で握った小瓶を、シャンデリアの明かりに透かして見たり、蓋を開けて臭気を確かめてみたり……。
 そして、首を捻り、頷いて……と反応は様々だ。

 だが、幾つ目かの瓶を手に取った時、男の表情が明らかに変わった。
 明かりに揺れる薄紅の液体……。

「これをどこで……」
 
 思わずそう呟いていた。
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