華燭の城

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「ふぅん……それに見覚えがあるようだな。
 で? 中身は何だ?」

「……知ら……ない……」

「なぁ……。これを手に入れたと思ってるんだ?
 俺を甘く見るなよ。
 何も知らず、ここへ乗り込んで来たと思ったら大間違いだぞ」

「ま、まさか……! ヤツが喋ったのか……!」
 
 男はテーブルを叩き、ソファーから腰を浮かせ、驚きに半身を乗り出した。

 この薬……この色……。
 蓋を閉めていても微かに漂い出すこの濃密な甘い香り……。
 これは間違いなく、自分が作り出したあの媚薬だ。
 だがこれは全て、自分の手元で厳重に保管されている。
 自分が持っている物以外といえば、やはり……。

 男の顔が蒼褪めた。
 自分がガルシアに分け贈った物以外にあるはずがない。

 だとすれば、答えはひとつ……。
 ガルシアが帝国に差し出した……?
 いや……まさかだ……まさか…………。

 男は自らの心を落ち着けるように、そのままストンと腰を下ろした。
 いや、半分腰が抜けた、と言っていい。
 その視線は焦りで定まらず、キョロキョロと忙しなく空を動き続けている。

 そんな疑心に駆られる男に追い打ちを掛けるように、
「ああ、その “まさか” だ。ヤツは全てを話したよ」
 ナギの声が冷たく響いた。

 ……!!

「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!! そんな筈があるわけない!
 クソソソソソソォォーーーー! クソッ! クソッ!!
 ガルシアめ! この私を売るとは!!
 くそがぁーーー! よくも私を!!」

 男はナギの言葉に一瞬動きを止めた後、すぐに頭を抱え込み、テーブルにうつ伏し、足を踏み鳴らし、のた打ち回った。
 
 その姿を前に、ナギはグッと目を閉じた。

 ……やはりガルシア……か……。

 この薄紅の薬は、確かにガルシアの城で手に入れた。
 だが、場所はラウムの部屋だ。
 城を発つ日 “ナギの違和感” の手掛かりを探そうと、ヴィルが部屋に忍び込んだのだ。――正確にはラウの部屋だけではなく、開けられる部屋は手あたり次第に、だったが――

 そして、そこにあった数多くの薬瓶。
 その数は予想を遥かに超えていた。
 
 薬の知識がないヴィルは困り果て、最終的に全ての薬を、少量ずつして来るという暴挙に出た。
 とはいえ、返すつもりはないので、簡単に言えば盗んだのだが……。

 だからナギは、これらの薬はラウムの物だと思っていた。
 そもそも薬師が薬を持っていても、何らおかしくないのだし。

 勿論、成分はどれも帝国で検査済み。
 この薄紅の液体に、いわゆる媚薬的な強い興奮剤に似た成分が含まれている事も知っている。

 でも、だからと言って何だ……?

 中年期の子のいない王。
 その王のために、城の薬師がそのような薬を作り、持っていたとしても、何の問題もないし、説明もつく。

 実際、ナギが注視していた薬は他にある。
 言い方を変えれば、この薄紅の薬は数多くの中のひとつ。
 いわゆる雑魚だった。

 その雑魚で、何故これほど取り乱す?
 こちらが本命なのか?

 ナギの目が、テーブルに並べられた多くの瓶を見つめる。
 
 ここにあるどれもすべて成分は把握しているし、男が適当な嘘を付けば、すぐ判る。
 そういう意味で、先の “何も知らずに……” の発言で “ヤツが全てを……” のくだりは、単に男の言葉を、そのままオウム返しで鎌をかけただけだ。

 なのに、この男の尋常でない取り乱し様は何だ……?
 諜報という仕事柄、薬に長けているこの男と、城の薬師ラウム、そして自分を売ったというガルシアと、媚薬、取引……。
 いったい何がどう繋がるんだ……。
 もっと単純な話ではなかったのか……。

 自分の意に反し、舞台上の駒が推理を超えて増えていく。
 想定もしていなかったこの事態に、ナギの中に言いようの無い暗雲が湧き上がっていた。
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