華燭の城

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 睨むようにして三人の前に回り込み、入り口まで来ると、ゆっくりと振り返った。
 退路を体で塞ぎ、背の高いラウが冷たい視線でじっと見下ろす。

「……ヒッ……っ……!」
 
 三人はその怒りに満ちた視線だけで、何も言えなくなっていた。
 かといって目を逸らす事さえ恐ろしく、震えながら、じっとその顔を見るしかない。

「今ここで見た事、命が惜しければ絶対に他言するな。
 そして二度とシュリ様に手を出すな」

 この三人にしか聞こえない程の小さな声だったが、それは氷のように低く冷く、一言でも言い返そうものなら確実に殺される……。そう確信するほど、殺気を含んでいた。

 三人は黙ったまま、ただコクコクと頷いた。
 いくら気が動転していても “見た事” の意味は瞬時にわかる。
 
 もとよりラウムに言われなくても、召魔の印を持つ者に手出しなど、誰の命令であってもしたくはない。
 例えそれが親の仇であっても、生きたまま一生、魔に呪われ続ける方が、余程恐ろしい。

 その無言の応えの真偽を図るように、ラウはじっと三人の目を見据える。
 静かだからこそ、恐ろしい視線だった。

 しばらくして「連れて行け」ラウにそう言われ、三人はやっと体の力を抜いた。
 側近の男までが、思わずラウに頭を下げていた。
 ラウの迫力は、それほどの威を持っていた。


「シュリ、大丈夫ですか……」
 四人が小屋を出て行くと、床に座り込んだまま俯くシュリに、ラウは走り寄った。

「失礼します……」
 そう言って顎を上げさせ、顔の傷を確認した後、チラと上着を除け、胸の傷を診る。
 縫合部分が裂け、出血はしていたが、幸いにも以前のように大量ではない。
 これならまだ外科的な処置をしなくても、薬だけで何とかなるはずだ。

「すぐに手当を……部屋に戻りましょう」

 シュリはラウの声に小さく頷きながら、上着で自分の体を隠し、少し離れた場所で立ちすくんだままのロジャーに視線を向けた。

 泣き腫らした目が真っ赤になっている。
 酷く怖がらせてしまったはずだ。

 暴行の現場もそうだが、この傷……。
 大人であるあの三人でさえ、あの怯えようだ。
 まだ10歳のロジャーがこれを見て、どれほどショックを受けたか……。

 怖がらせただけではない。
 純粋に、自分を神の化身だと信じてくれていたロジャーを裏切ったのだ。
 それも一番酷い形で……。

「ロジャー、大丈夫か? ひとりで部屋に戻れるか?」

 ラウが穏やかな口調で声を掛けた。
 ロジャーに口止めなど必要ない。

 ロジャーは気丈にも小さく頷いたが、そのまま動こうとしなかった。
 唇をぎゅっと噛み、両手を強く握り、じっと立ったままだ。

「ロジャー……ごめん……」
 その姿に、シュリはそう言う事しかできなかった。

「シュリ……様…………」

 走って逃げ出してもおかしくないこの場面で、ロジャーはポツリと呟き、ゆっくりシュリに歩み寄ると、その前に跪き、座り込むシュリをぎゅっと抱き締めた。

「……!! …………ロジャー……。
 だめだ……もう……私から離れなさい……。
 私に触れてはダメだ……」

 だがロジャーは、シュリに抱きついたまま、首を強く横に振った。

「いやだ……。いやだ……!
 シュリ様は……シュリ様だし……。
 ……悪魔……なんかじゃないし……。
 絶対、絶対! 違うし……!
 シュリ様が『悪魔になんてなりたくない』って言ったの、僕、ちゃんと知ってるし……! だから、違うし!!」

 そう言ってシュリの胸の印に、小さな手をそっと押し当てた。

 触れる事などあってはならないその傷に……。
 見る事さえ禁忌とされるその印に……。
 細い指先が血で染まる。

「痛か……ったんだよね……。
 助けて……あげられなくて……ごめんね……。
 こんなにいっぱい怪我してたなんて……。
 僕……何も知らなくて……ごめんね……」

 ポロポロと溢れるように、ロジャーの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 胸の傷の上にロジャーの温かさが広がっていく……。

「ロジャー……。
 ありがとう……私は大丈夫だから……」

 シュリの腕もロジャーをそっと抱き寄せる。
 頭を撫でながら微笑むと、ロジャーは泣きじゃくりながら何度も頷いた。

「ロジャー、シュリ様の手当てをしなくてはいけないんだ。
 もう部屋へ戻ろう」

 ラウがそう言うと、ロジャーはようやく抱きつく腕を緩め、立ち上がった。
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