華燭の城

文字の大きさ
上 下
160 / 199

- 159

しおりを挟む
「ここを開けろ!」

 西国にある一軒の屋敷の前で、男の声が闇に響いた。
 応対に出たメイドが、表に立ち並ぶ兵士を見て、驚いたように屋敷内へ踵を返す。
 家主を呼びに戻ったのか、その直後、ひとりの小男が入り口に現れた。

 緊張しているのか、表情はわずかに歪んでいるものの、そこはさすが西国の国防のトップに立つ男だけはあった。

「これはこれは……もしや……。
 帝国皇太子、ナギ殿下ではございませんか……?」
 と、作り笑いを浮かべ、余裕をみせる。

「こんな夜遅くに、いきなり私邸へご訪問とは……。
 さて……。私と殿下はそれほど旧知の仲でございましたでしょうか?」
 嫌味を言う事も忘れてはいない。

「別にお前と仲良くしたいわけではないのでな。
 礼を欠き、夜遅くに約束もなく尋ね、嫌われたとしても一向に構わない」

 ナギの答えに一瞬怯んだ様子の男だったが、再び口元だけで笑みを作る。

「ほう…………。
 ……で、今宵は何のご用件でしょう?
 ここは西国、殿下のお国とは同盟を結んでおりません。
 ……というか敵国のど真ん中。
 そこに自らお出ましとは……。まさか我が国に自ら捕まりに?
 それとも戦さでも仕掛けるおつもりでしょうか」
 
「戦さか……そうだな……。
 別に今すぐ、この国をどうこうする気は無かったのだが……。
 ちょっと急用ができてな。
 それに今夜、ここに連れて来たのは、私の近衛の内の一個小隊分だけ。
 今はこれだけしか動かせなくてなぁ……さてどうするか……」

 後ろに立つ10名程の軍服姿の兵を視線で指しながら、
「残りの近衛大隊は、まだ国境前なんだ」
 わざわざ手の内を見せるように説明する。
 
「一個小隊! いやはや、驚きましたな。
 たったこれだけで敵国に乗り込み、いったい殿下は何をなさろうと言うのですかな?」

 その数の少なさに安堵したのか、男は今度こそ本物の笑みを見せた。

「ここでやり合うおつもりならば、我が軍を動かすまでの事。
 そちらが10名であっても、手加減はしませんぞ?」

ねぇ……。それはこの人達の事か?」

 今度は視線だけではない。
 ナギが体ごと振り返ると、近衛の垣が割れる。
 その10名の後ろには、違う色の軍服を着た兵が庭を埋め尽くしていた。

「……! こ、これは……我が国の……」

 男は慌ててエントランスから庭へと走り出る。

「お前達! ここで何をしている! ここは私の私邸だぞ!!
 それに私は、出動命令など出した覚えは無いぞ!
 誰の命令で動いている! 勝手な事をするでない!」

「あー悪い。ひとつ言い忘れてたわ。
 命令を出したのは、お前の所のー……西国の王だ」

 怒鳴る男の背に向かい、ナギが涼やかな顔で応えた。

「王が……!? 何故……何の為に……」

「いや、俺はな、お前と少し話がしたかっただけなんだけどな。
 同盟を結んでいない国に、近衛と言えど、我が軍の兵を入れるにあたって、ちょぉーっと! ご挨拶がてら、王に事情をお話したら、貸してくれたんだよ。
 ……『裏切り者を捕まえるなら協力しよう』……ってな」

 本当の事を言えば、手を回したのはナギの父である帝国皇帝だ。
 自分が国を出る前には、王同士の間で話はついていたのだが、そこは細々とこの男に説明して聞かせる義理もない。時間短縮のための省略だ。

「裏……切り……って……」

 そう自分で言葉にし、初めて男はそれが何を意味するか……ようやく気付いたようだった。
 それまで優位に立っていた顔から、一気に表情が消え失せる。

「わ、私は何も知らん……」

「へぇ……。言われないと判らないか?
 じゃあ聞くが、敵であるはずのガルシアと一緒に居たのはなぜだ?
 あの城に居ただろう? 誤魔化せると思うなよ?
 俺の近衛隊長がハッキリ見ている」

「……っ……」

 迂闊だった。
 ナギ達が同じガルシアの城内に居る事は知っていた。
 だから、できるだけ目立たぬよう、隠れていた……はずだった。

「何の事か判ったようだな。
 では、少しお邪魔するよ」

 ナギは笑みを浮かべながら、悠々と屋敷へ上がり込んだ。
 それはまるで、懐かしい友人の家にでも遊びに来たかのようだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...