華燭の城

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 上着を脱ぎ、隠す物を失った右手。
 包帯の巻かれたシュリの痛々しい右手が見えていた。

 咄嗟に腕を引き、背中の後ろに回す。
 だがロジャーは、心配そうに、ただ真っ直ぐにずっとシュリを見つめ、視線を外そうとしない。

「……ロジャー……。
 ……もし……。もし……私が悪魔に堕ちていたら……どうする?」

 純粋な瞳の重圧に耐え切れなくなり、俯いてしまったシュリの口からそんな言葉が零れていた。

「えっ……?」
 驚き、一瞬怯えた表情を見せたロジャーの肩がピクンと震えた。

 シュリは、そのままロジャーが走り去ってしまう事さえ覚悟した。
 それでも仕方ないと思った。
 いや、出来る事ならそうして欲しいとさえ願っていた。
 だが、意に反し、ロジャーの手はぎゅっとシュリの左手に重なり、握り締めたのだ。

「ロジャー……?」
「シュリ様ー? 何かイケナイ事したでしょー? で、ラウに怒られた?」
 シュリの顔を覗き込むようにして、ロジャーはふふふ。と微笑む。

「ラウって普段は優しいけど、たまーに怖い顔するんだよねー。
 つまみ食いしたら、なんかいつもバレてるしー。なんで判るんだろー?
 ……でも大丈夫!
 どんなに悪い事しても、それを反省しー……。
 えっと、何だっけ……神父様がお話してくれたんだけどなぁ……」

「神父様……?」

「うん、あのねー。
 お城に来る前、父さんと母さんが事故で死んだ後だけど、僕、食べる物が無くてね。いけないって思ったけど、市場でパンを盗んだんだ」

 幼き者の、その急な告白に、シュリは驚いたように顔を上げたが、何も言葉を返す事ができなかった。

「だけど、見つかってね。
 追いかけられて、いっぱい走って逃げて、何度も転んでー……それでやっと教会に逃げ込んだの。
 それで、椅子の陰に隠れてそのパンを食べてたら、神父様に見つかって……。
 怒られる! って思ったんだけどね、神父様はにっこり笑って『美味しいか?』って聞かれたんだ」

「うん……」

「美味しくなかった……。
 転んだから潰れてたし砂もついてたし、パンの味なんて全然しないのに、なんかめちゃくちゃしょっぱくて……。
 そう言ったらね、神父様が、そう思えるなら大丈夫だって。
 それが悪い事だって判ってるなら大丈夫って抱き締めてくれた。
 それからね、いっぱいお話を聞いたんだ。いっぱいね!
 全部は覚えてないけど……」

「うん……」

 見つめるシュリの目を真っ直ぐに見て、ロジャーは話し続けた。

「それでね、僕、神父様に聞いたんだ。
 僕は人のパンを盗るような悪い事をしちゃったから、もう神様は僕の事、嫌いになった? って……。
 こんな悪い僕は、死んだらきっと地獄に行くから、天国にいる父さんや母さんにも、もう会えないの? って……。
 だけどね、んー……。難しい話はよくわからないけどー」

 ロジャーは少し首を傾げ、頭の中の記憶を必死に思い出し、言葉を整理し紡ごうとする。

「とりあえずね……!
 生きてる人間は、間違いをいっぱいするんだけどー神様はそれをぜーーんぶ! 受け容れて赦してくださるの!
 それが神様なんだよ!」

「……」

「だから、悪い事したからって、悪魔になっちゃう訳じゃなくてー……。
 自分から悪魔になりたい! って思わなかったら大丈夫なんだよ!
 悪魔を信仰するのには、めちゃくちゃ悪い心が要るんだって!
 パンを盗んでも平気だったり、人を殺したり……。
 ううん、それだけじゃまだまだ足りないぐらいの、想像もできないぐらい、すっごい! すっごい!! すっっっごぉぉーーーい!! 悪い事をしたい! って思う人だけが、本当の悪魔になるんだって!
 神様なんて大嫌いーーーって言っちゃうぐらいの凄い事!
 だから、ちょっとぐらいラウに怒られても大丈夫!
 シュリ様は悪魔になりたいの?
 悪魔になりたいなんて、シュリ様は思ってないでしょ?」
 
 心臓が震えた。
 唇も震え、声さえまともに出ない。

「……思って……ない……」

 やっとの思いで、今にも溢れそうになる涙を堪え、シュリは俯き、そう答えるのが精一杯だった。

「うん! じゃあシュリ様は大丈夫!」

 そう言ってロジャーは、目の前で片膝を付くシュリの身体を、頭を包み込むようにして、ぎゅっと両腕で抱き締めた。
 そして小さく、
「今ーなんじの罪は消えー、なんじは赦されたー……。
 そしてまたここにー、新たな神の子がうまれー、、、たまー……たもうたー」
 と神父の口真似をしてみせた。

「……ふふ。神父様の真似!
 最後がよくわからないけどー……これであってる?
 でもこうやって、ぎゅってされたら、あったかくて安心するでしょ?
 僕もこうやってしてもらったからわかるんだ!
 あ! 最後はこうだよ!
 “このきよき子に再び神の祝福を……!”」

 そう言うとシュリを抱き締めたまま、何度も、よしよし……と呟きながらそっと頭を撫でる。

「……ありがとう……ロジャー……」
 
 シュリもロジャーを強く抱き締めていた。

「もう、シュリ様ー、子供みたい」

 そう言ってロジャーは笑いながら、心なしか胸を張り、父親の気分にでもなったように、いつまでもシュリの頭を撫で続けていた。
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