華燭の城

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「あ、雪!」
 ロジャーが子供に戻ったのは、その一言からだった。

「シュリ様! 雪だよ!」
 ひらひらと落ちてくる雪を掌にすくおうと、ロジャーが空を見上げる。

「これが……雪……」

 温かく穏やかな気候の神国に雪が降る事はない。
 国外へも、公務で何度も出たが、シュリが雪を見たのはこれが初めてだった。

 その小さな白い物は、ロジャーと一緒に空を見上げたシュリの頬の上で、ツ。と極小の粒になる。
 重く暗いダークグレーの空間からゆっくりと落ちてくる真っ白な雪。
 シュリはただじっと、その不思議な光景を見上げていた。

 ロジャーは仔犬のようにひとしきり雪の中をクルクルと走り回ると、
「シュリ様ー! もうお城へ戻りましょう? 
 雪が降るとすぐに天気が荒れるんです。
 暗くなるし、めちゃくちゃ寒くなりますよ?」

 そう言って、シュリの濡れた髪の水滴を払い、頬の雫をそっと指で拭い微笑んだ。

「そうだな。
 ロジャーに風邪を引かせると、ラウに怒られる」

「うん! ラウはねーこうやって怒るんだよー!
 で、親方はこうでしょー……!」

 ロジャーは得意顔で、もの真似をしながら屈託なく笑い、立ち上がったシュリの手を引き歩きだした。

 だがすでに遅かった。
 それからわずか数分、墓地を出る前には、美しい雪だった物はすぐに嵐に変わった。激しい風雨が丘の上に立つ二人に容赦なく叩きつける。

「ロジャー、あそこへ!」

 シュリはロジャーの手を握り、あの物置小屋へと走った。
 鍵の場所も知っている。
 あそこなら、しばらく雨宿りもできるはずだ。

 ラウがしていたように、扉横の農具を探り、鍵を取り扉を開ける。
 中に入ると道具を端に寄せ、腰を下ろせる場所を作った。
 そこにロジャーを座らせ、暖を獲れる物を探す。
 だが、物置き小屋には勿論、暖炉などなく、入り口横の壁に掛けられていた小さなランプに、火を灯すのが精一杯だった。

「ロジャー、大丈夫か? 寒くないか?」
 冷たい床に並んで座り、ロジャーの肩を抱き寄せた。

「うん、大丈夫。
 シュリ様の上着、めちゃくちゃあったかいし、中までは濡れてないよ。
 ……それより、シュリ様が……大丈夫?」

 シャツ一枚だけのシュリは全身ずぶ濡れになっている。

「ああ、大丈夫だ」
 軽く左手で髪の水滴を払った。

 幸いロジャーも、顔や頭は濡れているが、体は大丈夫だと言う。
 雨が止むまでここに居ればいい。
 もし降り続いたとしても、自分が居ない事はすぐに判るだろう。
 何よりガルシアが、居なくなった自分を放っておく訳がない。
 側近を総動員させてでも探すはずだ。

 ロジャーの肩を抱き、体の左側に温かな体温を感じながらシュリは目を閉じた。
 体がわずかに震えるのは、やはり雨に打たれたからか……。

 ロジャーも急な事に疲れたのか、今はシュリの方へ頭を預け、じっとしている。
 小屋の屋根に、ザーザーと雨が叩きつける音だけが聞こえ、その単調な音に頭の中がぼんやりと霞む。
 自分も疲れているのだろうと思う。
 胸の傷が小さく痛み、そっと右手で胸を押さえた。


 窓の外で陽が落ち、暗くなっても、雨はまだ止む気配を見せなかった。
 相変わらず激しい雨音だけが聞こえる。
 ……はずだった。

 だがそこには違う音が混じっていた。
 シュリは、その “石の上を踏み歩く数人の足音” に気付き、閉じていた目を開けた。

 誰かが探しに来たのか……。
 こんな城裏の小屋、知っている者は多くないはずだ。
 だとすればラウかもしれない。
 夕方には戻ると言っていたのだから、部屋に居ない自分を探して、ここへ来るのはあり得ることだ。

 ラウ……。

 そう思い、重い体を引き起こそうとした時、バンッ! と乱暴に小屋の扉が開け放たれた。
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