華燭の城

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「あ、そうだ! シュリ様!
 この前、すごくカッコ良かったって、親方達が話してた!
 めちゃくちゃお強くて、めちゃくちゃお綺麗で、もう本当の神様が舞い降りたみたいだって! 僕も見たかったなーー!!」

 キラキラと輝く眼差しが一途にシュリを見上げる。

「そう……か……。ロジャー、体……何ともないか?」
「ん? 体? 元気ですよ? どうしたんですか?」
「……いや……何でもない……」

 当たり前のことだ。
 自分に触れたからといって、ロジャーがすぐに悪魔に取り憑かれ、その場で変容するなど、お伽話でもない限り有るはずがない。
 そんな事は判っているのだ。
 判っていながら、まだそう聞かずには居られなかった自分自身に、シュリはふと自嘲をこぼした。

「大丈夫なら……いいんだ……」
 そう言いながらシュリは、そっと左手でロジャーの体を自分から引き離した。

「ふふ。変なシュリ様~」

 ひとしきり抱きついて満足がいったのか、ロジャーも素直にその腕を緩めると、キョロキョロと周囲を見渡した。

「あれ? 今日、ラウは? 
 おひとりでこんな所へどうしたんですか?」
 ニコニコと見上げるロジャーはいつもの優しい笑顔を見せる。

「ラウは、今日は街へ行ったよ。
 私は裏の墓地まで……散歩かな……」

「えっ、墓地? お城に墓地があるんですか!?
 全然知らなかった!
 じゃあ……僕も一緒に行っていいですか!?
 死んだ母さんが、亡くなった人は敬いなさいって!
 だからじいちゃんのお墓にも、みんなでよく行ったんですよ!」

「そうか……。偉いな。でも……」

 全てを言い終わらないうちにロジャーは、
「やったー! 仕事終わりっー!」と喜び、シュリの左手をぎゅっと握り締めた。



 午後の薄い日を浴びながら大小二つのシルエットが、手を繋ぎ歩いていた。
 その間もロジャーは話し通しだ。
 学校でのこと、城での暮らし、亡くなった両親の事……。

「……でね、父さんと母さんと、毎週教会へ行ってお祈りしたんだよ。
 神父様のお話は、ちょっと難しかったけど、それでも良いんだよって、大きくなったらわかるからって」

「そうか、良いご両親だったんだな」

「うん! で、母さんにシュリ様の話も聞いた事があったんだ!
 神様の生まれ変わりー? で……えっと……。
 なんか……世界中の人を救ってくださる凄い方なんだよって!
 そのシュリ様と僕が、今一緒にいるって言ったら、天国の母さん、驚くだろうなぁー!」

 微笑むロジャーの握る手が一層強くなる。
 だがシュリは、その手を放してしまいたい衝動に駆られていた。

 世界を救う……?
 神の生まれ変わり……?
 違う……今の自分は……。



 墓地の入り口、あの鉄柵のある門へ着くと、ロジャーが驚きに声を上げた。

「わぁー! すごい! こんな場所があるなんて!
 シュリ様、見て! あそこ! 湖が見える!」

 ロジャーはシュリの手を離し、鉄柵に取り付いて、城の裏にわずかにその姿を覗かせる湖を見ようと、爪先立ち、必死に背伸びをする。

「ロジャー、おいで。ここから中に入れるよ」

 シュリが門を開けてやると、ロジャーは目を輝かせた。
 そのまま城の裏手まで一気に走り込み、壮大な湖の全貌が見える開けた墓地に出ると、その興奮は最高潮に達した。

「すごい! すごい! すごーーーーい!!
 シュリ様! 僕、こんな綺麗な場所、初めて見た!」
 振り返り満面の笑みで両手を広げる。

「そうか、よかった」
「でもシュリ様! ここって墓地なの?」

 ロジャーが振り返った目線の先、ただ無造作に置かれただけの石を見て首を傾げる。

「父さんや母さんや……じいちゃんのいるお墓はもっと古いけど、ここより綺麗だよ? 花とか、いつもいっぱいだし」

「そうだな……。でもこの城に、花はダメな決まりなんだろう?」

「ああ、そっかー。じゃあ仕方ないね」

 ロジャーは少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに目の前の石……墓石の前に跪いた。
 小さな両手を胸の前に組み、目を閉じて一心に祈りを捧げる。

 その後ろ姿を、シュリはじっと見つめる事しかできなかった。
 こんな小さな子までが神に祈るというのに……。
 自分が祈ることを、ここの死者達は赦してくれるだろうか……。
 それ以前に、自分のような者が、この神聖な場に踏み入ってよかったのか……。

 シュリは立ち尽くしたまま、祈る事もできなかった。
 そんなシュリの心を映したように、空は徐々に黒さを増していく。


「寒っ……」
 湖から丘を駆け上った冷たい風が、遮蔽物しゃへいぶつ無しに直接体に当たり、ロジャーが思わず声を上げた。
 その声にシュリの意識も現実へと引き戻される。

「ロジャー、大丈夫か?」
 
 ロジャーの前に片膝を付き、自分の羽織っていた上着を脱いでその小さな肩に掛けてやると、
「うんー、ちょっと寒いけど……」
 そう言いかけていたロジャーが慌ててシュリを見た。

「あ! ありがとうございます!
 でも、シュリ様はへーき? 寒くない?」
 真っ直ぐな瞳が、申し訳なさそうに自分を見つめる。

「ああ、私は大丈夫だ」
「よかった!」

 シュリの、まだ温もりの残る上着にすっぽりと身を包み、嬉しそうに頬擦りするような仕草を見せたロジャーが、ふと、シュリの右手に目を止めた。

「……ね……シュリ様? 手、どうしたの?
 怪我してる……?」
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