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「シュリ様、そろそろ昼食に……ここはもう……」
墓地から出ようと促すラウに、
「いや、昼食はここで食べよう」
シュリが立ち上がる。
「ここに亡者など居ない。
皆、神に召された安楽の場だ。
あ……しかし、さすがに墓標の前では不謹慎か……」
周囲を見回したシュリの目線の先、丘の先端に大きな岩があった。
「あそこにしよう」
先導してシュリが歩き始めると、
「シュリ様、ご注意ください。
この先の崖は柵もなく危険です」
ラウが慌てて後を追った。
崖傍まで行くと、そこはラウの言った通りの断崖絶壁だった。
遥か眼下に広がる湖は青く澄み、一見するだけならとても美しかったが、その底は果てを知らぬほど、どこまでも暗い深淵に続いているように見える。
「ここから落ちた者は、その遺体さえ上がりません。
故に、その底を見た者もおらず、この湖は底無しと言われているのです」
そう言いながらラウは、大岩に腰を下ろそうとするシュリを一度制した後、岩の上に自らの上着を掛け、広げた。
そして「どうぞ」と座るよう促し、袋の中から少年にもらったパンを取り出す。
ハムやサラダを器用に挟むと、ナイフで食べやすく切り分けシュリの前に置き、飲み物も準備していくと、岩の上が、あっと言う間にランチテーブルになっていく。
「ラウは、何をさせても完璧だな」
切り分けられたパンの半分を、シュリはラウの前に置いた。
「パンはこれだけですので、私は結構ですよ」
そう言って微笑むラウの顔をシュリがじっと見つめる。
「どうかされましたか? 何かお嫌いな物でも?」
「いや、そうじゃない。
ラウは優しいなと、そう思っただけだ」
その言葉にラウは不思議そうな顔をした。
「私が優しい……ですか?」
「ああ、他の食材同様、パンを余分に持って来ようと思えばできたはず。
だがそれをしない」
ラウは、ああ……と言った様子で、少し照れた笑みを浮かべる。
少年が下りたすぐ後にパンを取りに行けば、それを見た少年はどう思うだろう。
やはり大きい方を渡すべきだった……と、心優しいあの子は後悔するかもしれない。
だからパンだけは、敢えて持って来なかった。
シュリはさりげないラウの気遣いに微笑みながら、もう一度、ラウにパンの半分を差し出した。
今度はラウも断る事はせず、クスリと笑みを浮かべてそのパンを受け取った。
遅めのランチは少し焦げの味がしたが、シュリの心は今までになく満たされていた。
そして緑風に髪を揺らすそのシュリの顔は本当に嬉しそうで、今までで最高の笑顔を、ラウも見る事ができていた。
「ラウ、あのロジャーはいくつだ?
あんなに小さな子も、ここではたくさん働いているか?」
食事を終え、紺青の湖を見つめながらシュリが尋ねた。
「あの子は10歳のはずです。
今は他の使用人達と一緒に、城内の使用人専用の棟に住んでいます。
両親が亡くなり、町で路頭に迷っていたのを、役人の誰かが連れて来たと聞いています」
「10歳でたったひとり……」
「はい。ですが、町で家も食べ物も無い時に比べれば、城にいる方が幸せです。
ここにいれば暖かい部屋もあり、食べ物にも困りません。
学校へも通わせてもらえますし、幼くても、働いた分はきちんと給金も出ます。
15歳で学校が終わり、独立できる年になっても城を出ず、そのままここで働く者がほとんどです。
皆、ここが好きなのです」
シュリは、あの地下室でも楽しそうに働いていた人々の顔を思い出していた。
辛い仕事だろうが、その顔は皆楽しそうで、活気に溢れていた。
そしてあのロジャーも、明るく元気だった。
ラウの言う通り、城での皆の暮らしや待遇は、自分が思う程、悪くはないらしい。
「そうか……良かった」
シュリが安堵の表情を見せる。
「シュリ様……。
陛下は……懸命に咲いた草花を一掃しろと言われ、死者を忌み……。
そして神国を攻め、シュリ様にあの様な酷い事を……。
それでも……。
それでも城は、この国の “王” という存在は、城で働く者にとっても、国民にとっても、無くてはならないものなのです」
ガルシアを語るラウの声は重かった。
ガルシアの所業に納得ができないのは、ラウ自身が一番、身をもってわかっているはずだ。
“だが、それでも……”
そう言うラウの気持ちがとても痛かった。
「わかっている、ラウ……」
ガルシアが、自分やラウに対してどんなにおぞましい行為をしようと、その本質がどんな王であろうと、今、この大国が、そこに暮らす多くの民が、戦さもなく平和に、豊かに暮らせている事だけは確かだった。
シュリは静かに湖面を見つめた。
薄い陽に映る湖は何事もなかったかのように、静かに、ただそこにあった。
ガルシアのあの醜行も、夢だったと思わせてくれる程に……。
墓地から出ようと促すラウに、
「いや、昼食はここで食べよう」
シュリが立ち上がる。
「ここに亡者など居ない。
皆、神に召された安楽の場だ。
あ……しかし、さすがに墓標の前では不謹慎か……」
周囲を見回したシュリの目線の先、丘の先端に大きな岩があった。
「あそこにしよう」
先導してシュリが歩き始めると、
「シュリ様、ご注意ください。
この先の崖は柵もなく危険です」
ラウが慌てて後を追った。
崖傍まで行くと、そこはラウの言った通りの断崖絶壁だった。
遥か眼下に広がる湖は青く澄み、一見するだけならとても美しかったが、その底は果てを知らぬほど、どこまでも暗い深淵に続いているように見える。
「ここから落ちた者は、その遺体さえ上がりません。
故に、その底を見た者もおらず、この湖は底無しと言われているのです」
そう言いながらラウは、大岩に腰を下ろそうとするシュリを一度制した後、岩の上に自らの上着を掛け、広げた。
そして「どうぞ」と座るよう促し、袋の中から少年にもらったパンを取り出す。
ハムやサラダを器用に挟むと、ナイフで食べやすく切り分けシュリの前に置き、飲み物も準備していくと、岩の上が、あっと言う間にランチテーブルになっていく。
「ラウは、何をさせても完璧だな」
切り分けられたパンの半分を、シュリはラウの前に置いた。
「パンはこれだけですので、私は結構ですよ」
そう言って微笑むラウの顔をシュリがじっと見つめる。
「どうかされましたか? 何かお嫌いな物でも?」
「いや、そうじゃない。
ラウは優しいなと、そう思っただけだ」
その言葉にラウは不思議そうな顔をした。
「私が優しい……ですか?」
「ああ、他の食材同様、パンを余分に持って来ようと思えばできたはず。
だがそれをしない」
ラウは、ああ……と言った様子で、少し照れた笑みを浮かべる。
少年が下りたすぐ後にパンを取りに行けば、それを見た少年はどう思うだろう。
やはり大きい方を渡すべきだった……と、心優しいあの子は後悔するかもしれない。
だからパンだけは、敢えて持って来なかった。
シュリはさりげないラウの気遣いに微笑みながら、もう一度、ラウにパンの半分を差し出した。
今度はラウも断る事はせず、クスリと笑みを浮かべてそのパンを受け取った。
遅めのランチは少し焦げの味がしたが、シュリの心は今までになく満たされていた。
そして緑風に髪を揺らすそのシュリの顔は本当に嬉しそうで、今までで最高の笑顔を、ラウも見る事ができていた。
「ラウ、あのロジャーはいくつだ?
あんなに小さな子も、ここではたくさん働いているか?」
食事を終え、紺青の湖を見つめながらシュリが尋ねた。
「あの子は10歳のはずです。
今は他の使用人達と一緒に、城内の使用人専用の棟に住んでいます。
両親が亡くなり、町で路頭に迷っていたのを、役人の誰かが連れて来たと聞いています」
「10歳でたったひとり……」
「はい。ですが、町で家も食べ物も無い時に比べれば、城にいる方が幸せです。
ここにいれば暖かい部屋もあり、食べ物にも困りません。
学校へも通わせてもらえますし、幼くても、働いた分はきちんと給金も出ます。
15歳で学校が終わり、独立できる年になっても城を出ず、そのままここで働く者がほとんどです。
皆、ここが好きなのです」
シュリは、あの地下室でも楽しそうに働いていた人々の顔を思い出していた。
辛い仕事だろうが、その顔は皆楽しそうで、活気に溢れていた。
そしてあのロジャーも、明るく元気だった。
ラウの言う通り、城での皆の暮らしや待遇は、自分が思う程、悪くはないらしい。
「そうか……良かった」
シュリが安堵の表情を見せる。
「シュリ様……。
陛下は……懸命に咲いた草花を一掃しろと言われ、死者を忌み……。
そして神国を攻め、シュリ様にあの様な酷い事を……。
それでも……。
それでも城は、この国の “王” という存在は、城で働く者にとっても、国民にとっても、無くてはならないものなのです」
ガルシアを語るラウの声は重かった。
ガルシアの所業に納得ができないのは、ラウ自身が一番、身をもってわかっているはずだ。
“だが、それでも……”
そう言うラウの気持ちがとても痛かった。
「わかっている、ラウ……」
ガルシアが、自分やラウに対してどんなにおぞましい行為をしようと、その本質がどんな王であろうと、今、この大国が、そこに暮らす多くの民が、戦さもなく平和に、豊かに暮らせている事だけは確かだった。
シュリは静かに湖面を見つめた。
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