華燭の城

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 城のずっと奥。
 緩やかに丘を上り、長い石畳を進んだ先、そこに黒い鉄柵が巡らされた一帯があった。
 その柵の1箇所だけが門になっていて、中へと入れるようになっている。
 ラウは、その鍵のかかっていない小さな門を開け、シュリを中へと招き入れた。

 そのまま城の裏手へ回り込むように角を折れると、そこは丘の最先端で、目の前に広大な景色が飛び込んでくる。

「湖……」

 シュリの部屋からは城の陰になり全く気がつかなかったが、城の裏には、その全貌が一度では掴みきれない程、巨大に広がる湖があった。
 遥か対岸には豊かな森が見えている。
 今、シュリ達はその広大な湖を眼下に見下ろす丘の上に立っていた。

「森だ……」
 久しぶりに見る緑豊かな自然に、シュリが目を輝かせる。

「ラウ、ここは……?」

「ここは男子王族専用の墓地です。
 これだけ大きな湖が背後にあれば、火を放たれてもここまでは届きません。
 ですから対岸の森はそのまま残っています」


 遠くの木々が風に揺れている。
 植物の匂いのするその風が、静かに頬を撫でる。
 耳を澄ませば湖面を渡る水音。
 
 その水音は遠い故郷、神国の湖をシュリの脳裏に思い出させ、遥か対岸の、葉を揺らす風音や、さえずる鳥の声さえも聞こえてくるような、そんな錯覚を起こさせた。

「なんて気持ち良い風……」
 シュリは思わず深呼吸をした。

 それを数度繰り返し、体いっぱいに緑風を含んだシュリは、嬉しそうにラウの方へ振り返った。

「ありがとう、ラウ!」
「喜んでいただけましたか?」
「ああ、こんな景色が見られるとは思ってもいなかった」

 喜ぶシュリの姿を見ながら微笑むラウの後ろには、たくさんの石の墓標が、石畳の上に直接置かれ、並んでる。


「男子だけの墓地と言ったが、墓まで女性は別なのか?」

 ゆっくりと、その墓標群へ近付くシュリの後をラウが追った。

「はい。陛下の命で、妃様達女性の墓は、全て城外の別の場所に移されました」
「女性嫌いとは聞いたが、亡くなってまでそんな事を……」

 そう呟くシュリが、ふと足を止め辺りを見渡した。

 どの墓も手向たむけの花らしき物さえ、ひとつも無い。
 “形式だけ”……もっと言えば “仕方なく” “適当に”……その類の形容がふさわしく思えるほど、ただ地面に石を置き放置しただけの、寂しく閑散とした風景だった。
 
 その事にもシュリは違和感を覚えたが、それ以上に異様に見えたのは、墓石そのものだった。
 墓石はどれも不揃いで、大小さまざまな大きさがあったが、どの墓標にも書かれてあるべき名前が無いのだ。
 いや、その部分が削り取られた跡があるからだった。

「大小あるのは、亡くなった者の年齢に応じて大きさが違うからです。
 ですから、小さいのは子供の墓です。
 名が削られたのは……それも、陛下の命です」

 無名のいびつな墓標を無言で見つめるシュリに、ラウが後ろから声をかけた。

「ガルシアが……?」

「はい。死者はけがれに満ちた亡者もうじゃ
 現世での名を付けたままにしておけば、いつまでもこの世に遺恨を残し、生きている者に災いをもたらすと……。
 そう言われ、死者から全ての名前を剥奪したのです」

「そんな……! 死者は穢れてなどいない!
 それどころか、神に召され、我々を守ってくださる存在だ……!」

 シュリは悔しそうに俯くと、一番小さな墓の前で両膝をついた。
 その小さな墓でさえ、無惨に名前が削られている。

「なんて酷い事を……。
 この子はなんと言う名前だったのだろう……。 
 可哀想に……」

 シュリはわずかに残った “B” とも “S” とも判らなくなった読めない文字を指でなぞると、胸のポケットにあった薄蒼の花を、その墓標の前にそっと置いた。
 そして跪き、手を組み静かに祈りを捧げる。

「ラウ……。
 もしまた城内の花を手折たおる事があったら、その時は捨てるためではなく、ここに……。
 この子等に、手向たむけるために摘んで来て欲しい」
 そう言って顔を上げた。

 その言葉にラウは少し驚いた表情を見せたが、
「……わかりました。シュリ様」
 
 シュリのその姿をじっと見つめていたラウも、心悲しげだった。
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