華燭の城

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「あれは?」

 湖を見ていたシュリが、墓地から少し離れた先に小屋らしき物を見つけ指さした。

「ああ、あれは物置小屋です。
 以前、先代王の頃は、ここを管理する墓守の小屋だったのでしょうが、今では城で不要になった古具などが入れてあります。
 ここの管理と言っても、今はご覧の通りの有様で、手入れをする事も無く忘れ去られてしまい、もう誰も使いませんので……」

 一度、言葉を切った後、
「シュリ様、行きましょう」
 ラウが突然、シュリの手を取り立ち上がった。

「えっ……ラウ? どこへ……」

 ラウは戸惑うシュリをどこか楽しむように、その手を取ったまま、小屋の方へとどんどんと歩いて行く。
 そして小屋に着き、扉横に置いてあった農具を探ると、ほどなくラウの手には、小さな鍵が握られていた。

「……それは? ここの?」
「ええ」 

 宝物を見せる子供のような笑顔で、嬉しそうにラウが答え、慣れた手つきで鍵を開けると、ギィと軋んだ音と共に扉が開いた。
 中にはラウの言った通り、かなり古びた道具や箱が積み置かれ、昔はそこが緑豊かな丘だった事を思わせる芝刈りの器具なども整然と置かれていた。
 部屋の一番奥の壁際には、道具達に埋もれるようにして一段高い場所がある。
 ラウはそこへ行くと、大きな木箱をいくつか横へズズズ……と動かした。

 その奥に、箱に隠されるようにあったのは十字架とマリア像。
 蝋燭を灯すための燭台もあり、それは、さながら小さな祭壇だった。

「これは……」

 驚くシュリの横で、ラウは無言のまま小さなマリア像の前に、不自由な脚で跪いた。

 ひとしきり祈りを捧げた後、
「陛下はこういう物を嫌われますので……秘密ですよ?」
 そう言って振り返り、悪戯っ子のように微笑んだ。

「……これはお前が?
 ……ああ! ラウ! すごい! 
 わかっている! 絶対に他言はしない!」

 長く歩いたせいか、額に汗を滲ませたシュリも嬉しそうに笑みを浮かべ、ラウの横で跪き祈りを捧げる。

「ありがとう! ラウ! ここへ連れて来てくれて! 
 本当に、本当にお前はすごい!」

 祈り終えたシュリは思わずラウを抱き締め、頬を寄せた。

「いいえ、私はただ……」
 少し照れくさそうに言いかけた時だった。

「……シュリ様? 熱が上がっていませんか?
 ……体が熱い……」

 ラウはハッと顔を上げ、懐中時計を取り出した。
 朝、部屋を出てから昼もとうに過ぎ、すでに午後から夕刻と呼べる時を指している。
 いくら楽しかったとはいえ、こんな失態を……。
 ラウは自分自身に舌打ちをした。

「申し訳ありません。
 今日の私はどうかしている……薬の時間を忘れるなど……。
 お辛くありませんか?」

「大丈夫だ……そんなに心配しなくても……」

 そう言うシュリの顔には、苦悩の表情が見えている。

「シュリ様、失礼します。
 お体を……」

 自分に縋ったままのシュリの腕を解くと、すでに自身が支えられなくなっているのか、熱い体がグラリと揺れる。
 シュリを支えながら、ラウがシャツのボタンを外すと、今朝巻いた包帯に血が滲み出ていた。

「シュリ様、とりあえず部屋へ戻りましょう」
「大丈夫……もう少しここに……」
「いけません、戻って手当しなければ」

 ラウが杖を掴み、右手でシュリを立たせようとした。
 だが、シュリはもう立ち上がる事もできず、そのまま辛そうに肩で息をしながら床に手をついた。
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