華燭の城

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 翌日、二人は揃って部屋を出た。
 
 食があまり進まないシュリを見て、ラウが、
「また城内を歩いてみられますか?」
 と声をかけたのだ。
 外に出られないシュリの気持ちをほぐすには、それ以外、できる事は何もなかった。
 
 それに対するシュリの答えは、
「また使用人棟に行きたい」だった。


 
 使用人達の作業棟――

 先日行った地下階段へと続く廊下を二人が並んで歩いていると、正面からひとりの少年がこちらに歩いて来ていた。
 その少年は、腕に抱えた茶色の紙袋の中を嬉しそうにチラチラと覗き込みながら、まっすぐこちらに進んでくる。
 シュリ達が前から来る事など、一向に眼中にない様子で……。

 そして案の定、二人とぶつかる寸前に、
「こら、ロジャー」  
 とラウに呼び止められた。


「ちゃんと前を見て歩きなさい」
「あ! ごめんなさい! ラウ!
 今、焼き立てのパンを貰ったか……ら……」

 言いかけ、顔を上げたその瞳にシュリが映る。
 と、みるみるうちに頬を紅潮させ、まるで一瞬で春が来たようにキラキラと目を輝かせた。

「あ……! あ……あ……っ……!!
 シュリ様……! シュリ様ですよね!!
 ……だよね、ラウ!!」

 ロジャーと呼ばれた少年は、飛び上がらんばかりに、屈託のない笑顔を向けシュリ達を見上げる。

「ああ、そうだよロジャー、シュリ様だ」

「やっぱり! 
 みんなは、この前『シュリ様が来て下さった』って喜んでたけど、僕は学校だったから会えなくて……!
 あ、あのっ……! シュリ様! よければ僕も握手を!」
 すでに真っ赤になった顔で、手を差し出した。

「ロジャーもここで働いてるのか? 偉いな」

 シュリが片膝を付き、少年と視線の高さを合わせて、差し出された手を両手で握ろうとすると、
「あ、まって!」
 ロジャーは慌てて一度手を引っ込めると、ゴシゴシと自分のズボンで手を拭い、改めてその手を差し出した。

「あ、うん! じゃない……えっと……はい!
 今、学校が終って帰ってきたところで……これからお昼を食べて……。
 そのあと下で仕事です!」

 少年は手を握られ、更に赤味を増した顔のまま、満面の笑みを見せた。

「そうか、じゃあ、たくさん食べないとな」
 シュリが立ち上がり頭を撫でる。

「わぁぁぁ……」
 シュリに頭を撫でられたロジャーは緊張と恥かしさに完敗し、視線を逃がすようにラウを見上げた。

「あ、あの……ラウ? 
 これからどこへ行くの? もうお昼だよっ?」

「ん? そうか、もうそんな時間か……。 
 シュリ様を……城内を案内していたんだが……。
 迂闊うかつだったな……」
 
 部屋を出た時は、まだ午前中だった。
 シュリの体を心配し、ゆっくりと歩くうちに、知らぬ間にかなり時間が経っていたらしい。
 私としたことが……と、ラウが申し訳なさそうにシュリの方を見遣った。

「私なら構わない、あまり食欲もないしな……」
 
 シュリが答えると「だめですよおー!」返事をしたのロジャーだった。

「シュリ様もたくさん食べないと……ですっ!
 ……あっ。そうだ!」

 少年は何かを思いついたように、自分が抱えていた紙袋の中に手を突っ込むと、そこからパンを取り出し、パカリと二つに割った。

「今、焼き立てを街で貰ってきたんです!
 売り物にならないやつだから、見かけはちょっと悪いけどー。
 これ、すごく美味しいんですよ!」

 言われてみれば、パンの上に小さなコブのように飛び出した部分があり、そこが少し焦げている。
 ロジャーは大小、大きさの違う二つになったパンの大きい方を、躊躇ためらいもせずシュリに「はい!」と差し出した。
 焦げ目は少年の手の中、小さい方に残っている。
 そして「いい?」と、ラウに尋ねるように視線を移した。

 この国で王族……。
 今はガルシアとシュリの食事は、専属の料理人が選ばれ、そこでは材料も調理工程も、全てが厳しい監視の下で行われるのを、下で働く者は皆、当然の如く知っている。
 それを踏まえての、ロジャーの「(差し上げても)いい?」だった。
 それに対し、ラウが優しく微笑み小さく頷く。

 管理下にあると言っても、余程の緊迫状態――例えば外国との戦時下や内戦でもない限りは、本人の意志も “ある程度は” 尊重される。
 
 いつ、どこまで……。
 それを見極めるのも世話役としてのラウの務めだったが、この状況で、この年端も行かぬ子が “毒” などと考えるわけもなく、ラウはロジャーが嬉しそうに笑うのを黙って見ていた。
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