華燭の城

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 数時間後、シュリは目を覚ました。
 まだ薬が効いているのか、傷の痛みはそれほど感じない。
 わずかな時間であっても痛みを感じなくて済む安堵にふぅと息を吐き、首を巡らせると、傍らでラウがベッドの端にうつぶせていた。

 ラウ……。

 見ると、自分の右手が、しっかりとラウのシャツの端を握り締めている。
 ラウに「外に居る」そう言われた時、無意識のうちに掴んでしまったらしい。

 部屋はまだ温かく、額に乗せられた布はまだ冷たいまま……。
 今しがたまで、起きていたのだろう。
 ずっとこうして……。

「ラウ、こんな所で寝ては……」
 起こしかけて、シュリはその手を止めた。

 知り合ってもう幾日も経っていたが、こうしてラウの寝顔を見たのは初めてだった。
 いつも自分が眠った後も火の番をし、朝起きた時には、もう朝食の準備ができている。
 今、こうして痛みを感じずに居られるのも、全てラウのおかげ……。

 すぐ側で目を閉じるラウの顔。
 シュリは横になったまま手を伸ばし、解けた美しい黒髪が数本かかる顔に、指の甲でそっと触れた。
 その頬には、ガルシアの鞭で付けられたあの傷がある。
 もう血は止まっていたが、手当てをした様子もなく、乾いた血が盛り上がり固まっていた。

「……いつも私の事ばかり心配して……」
 シュリが呟くと、
「ん……」と小さな声をあげ、ラウの瞳が開いた。

「あ、ごめん……起こしてしまった……」

「申し訳ありません。
 私の方こそ居眠りなど……。
 傷はいかがですか? まだ痛みますか? 
 熱は……」

 慌てて体を起こしたラウは、シュリの額の上の布をとると、体温を確認するように手を当てる。

「体が傷つくと、熱が出ます。
 ……まだ少しありますね」

 布を冷たく濡らし直し、そっと戻すと、心配そうにシュリの顔を見つめた。

「まったく……」
 シュリが呆れたように微笑んだ。

「大丈夫だよ、ラウ。
 私の事よりも、自分の手当てをしないと……。 
 頬の傷、まだ血がついている」

 そう言われ、ラウはようやく自分の傷を思い出したように、慌てて頬に手を当てた。
 その様子にシュリがクスリと微笑む。

「それに……眠るなら、ちゃんと横になれ。
 今のように窮屈に身を屈めたままでは、脚にも良くない。
 もっと自分の事を大切にしろ」

 シュリの言葉にラウは一瞬驚いた表情を見せたが、その顔はすぐに柔らかな笑みに包まれ頭を下げた。

「ありがとうございます。
 シュリ様も、もう少しお休みください。
 朝までまだ時間があります。
 薬も……まだ大丈夫でしょう」

 上着の内ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認しながらラウもそう告げる。

「わかったから……ラウも眠るんだぞ?」

「では、お言葉に甘えて、少しだけ休ませていただきます。
 薬が切れて傷が痛み始めたら、すぐにお声を掛けてください」

 ラウは立ち上がり、軽く頭を下げると、窓際に置かれていた一脚のイスを暖炉の横に引き寄せた。

「……そこで?
 火の番をしながら、そこで眠るのか?
 そんな所では、ゆっくりと眠れはしない。
 ここに居てくれるなら…………側に……いればいい」

 そう言ってシュリは自分の隣に視線を向ける。
 大きな天蓋付きのベッド。
 シュリ一人が横になっても、まだまだ十分にスペースは空いている。

「しかし……」

「また “私のような者……” とでも言うのか?
 二度と自分の事をそんな風に言うな。 
 横で休め、ラウ。これも命令だ」

 困惑の表情を見せるラウに、そうシュリが微笑む。

「わかりました、シュリ様」
 
 ラウもクスリと笑いながら上着を脱ぐと、
「失礼します……」
 そう言ってシュリの横に身を置いた。
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