華燭の城

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「でも、これはロジャーの昼食だろう?」
「僕は下でつまみ食いもできますからっ!」

 そう言ってロジャーは満面の笑みで、困惑するシュリの手を取るとパンを乗せた。

「ロジャー。つまみ食いはダメだって何度も言っただろ」

 横からのラウの声に、ロジャーは、しまったと言う顔で肩をすくめ、ペロリと舌を出す。
 シュリの手の中では、ほのかな温かさと甘い香りがふんわりと立った。

「じゃあ、私はこっちをいただくよ」

 シュリが少年の手に残ったもう片方の、小さい方のパンを取ると、
「あ、でも、そっちは焦げて……」
 言い掛けたがすぐに「本当にいいんですか?」と、首を傾げ見上げる。

「ああ、これで十分、ありがとう、ロジャー」

 シュリが微笑むと、少年は「はい!」と元気に返事をして、大事そうに手の中のパンを紙袋に仕舞うと、ペコリと頭を下げ、あの地下室への階段を駆け下りていった。



 その後ろ姿が階下に消えると、見送っていたシュリの顔から笑みが消えた。

「……ラウ……。
 まさかあの子も、ガルシアに……」

 そう言いかけて、あまりの想像の残酷さに、その先を言う事ができなかった。

「ロジャーは大丈夫です」

 シュリが何を思ったのか、何を言い掛けたのか……。
 言い淀んだ言葉の続きを察したラウが、シュリの後ろで同じく階下を見ながら応えた。

「あの子は町の子です。
 陛下は、格や身分、家柄を大変気にされますので、町の子には……」

 そう話すラウを「でもお前は……!」と言いかけ、シュリが振り返った。

「そうですね……。
 私の場合は、この黒髪が余程、珍しかったのでしょう。
 珍しい動物を見れば、玩具にしてみたくなるのも人の道理」
 自嘲するようにラウが目を伏せる。

「……動物って、そんな言い方はやめろ!
 ラウはそんな……」

 その言葉に強硬に反論したが、これ以上の言い合いは余計に忘れたい過去を語らせるだけ……。
 シュリは仕方なく言葉を引いた。

「……嫌なことを思い出させた、すまない……」
 
「いいえ、お気遣いなく。
 それに今、陛下はシュリ様にご執心です。
 ロジャーには、何もされないでしょう」

 ラウの言葉にシュリが体の力を抜く。

「……ならば……。
 よかった……と言うべきだな……。
 こんな私でも、少しは役に立っているらしい。
 あの子を、あんな酷い目に遭わせたくない……」

 誰も居なくなった階段に再び視線を戻し、ただずっと階下を見つめ続けるだけのシュリの横顔をラウもまた見つめていた。



「シュリ様……」

 その声にシュリは我に返った。
 ラウがずっと自分を見ていた事に気がつき、慌てて視線を逸らす。
 静かな瞳に見つめられると昨夜の行為を思い出し、鼓動が早くなる。

「シュリ様、少しここで待っていてください」

 そんなシュリに、ラウは何かを思いついたのか、コツコツと杖をつき、たった今、少年が消えた地下室へと下りて行った。
 そして、しばらくして戻って来たラウの腕には紙袋が抱えられていた。

 “何を持っているのか” と言いたそうなシュリに、
「下でハムとサラダ、飲み物も調達してきました。
 今日の昼は外でピクニックにいたしましょう。
 これなら少しは食欲も出るでしょう? 何か召し上がらなければ」
 そう言って微笑んだ。

「ピク……。
 ……って……でも、私の食事は決められた料理人が作るのだろう?
 ……いいのか?」

「シュリ様の世話係を、陛下から直々に仰せつかった私が作るのですよ?
 それとも私ではお嫌ですか?」

「いいや、構わない。
 ……ピクニック、か……」

 ようやく見せた柔らかいシュリの笑みに、ラウもフッと表情を緩ませた。
 
 シュリは少年から貰ったパンを、ラウの抱える袋の中にそっと入れると、
「行こう。これは私が持つよ」
 そう言ってラウの手から袋を取り上げようとする。

「大丈夫……」 
 ラウは言いかけたが、すぐにニコリと笑って素直に袋を差し出した。
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