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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編

第457話 一方ヴァントウの巣穴は……?

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 一方、もう一つのジャイアントアント発生ポイントに向かった雷の国エレアースモ樹の国ユグドマンモン・レッドドラゴン連合軍は、風の国の空間魔術師の一人・アリアエールの空間転移でヴァントウへ到着した。――

「ここがヴァントウですか?」

 と、樹の国総隊長マルクがアリアエールに訊ねる。

「そ、そうですが……私が知っている風景とは違います!」
「壊滅的じゃないか!」
「家畜も殺しつくされてるな……」

 普段のヴァントウという町は農産業で成り立っているのどかな田園風景。
 しかしジャイアントアントが近隣に出現したことにより、立ち並ぶ家々は破壊されて火の手が上がり、地面は掘り返され、家畜も食い荒らされ、見るも無残な光景に変貌している。
 町で生活していたほとんどの住民は逃げたようだが、街路には少ないものの住民らしき者の遺体が……

「みんな! もう近くにアリがいるかもしれん、警戒を怠るなよ!」
「巣穴はどこだ?」
「この惨状では聞き込みするヒトも見つかりそうもないですね」
「この状況だとまだ周辺に逃げている住民がいるのではないでしょうか?」
「私が空から見ましょう」

 と名乗りを上げたのは普段は雷の国女王アスモデウスの側近を務めるラッセル。
 彼は『白天使』と呼ばれる背中に白い羽を持つヘルヘヴン族。上空からの索敵には適していた。

「いえ、ラッセル様が行かずとも我々が……」

 と部下のヘルヘヴンの兵士に止められるものの――

「事は一刻を争う、私が行くのが最も迅速だろう」

 部下の意見を押しとどめ、離陸。瞬く間に空へと上昇するラッセル。
 上空に停滞し地上を見回したところ、ところどころに動く黒い点や、それが複数集まった黒い塊。その点一つ一つがジャイアントアントであろうと予想できる。

「アーヴェルムの兵士たちはまだ到着していないのか?」

 ヴァントウの巣穴が発見されてまだ数時間。アリに対抗するために国から派遣される兵士も到着しておらず、ジャイアントアントが広範囲に散らばってしまっていることが見て取れた……そう思っていたラッセルだったが……

「いや……もう既に来ていたようだな……寡兵で来たのか、先遣隊なのか、全滅したと見るべきか……」

 巣穴より大分離れた場所に赤黒い血だまりがあり、近寄ってみれば血だまりの中に鎧や兜も発見された。引きずられたような血の跡もあり、何人かがアリに連れ去られた可能性を示唆していた。
 すぐに連合軍のところへ戻る。

「ラッセル殿、何か分かりましたか?」

 帰って来たラッセルにすかさず質問するのは雷の国総隊長エリザレア。

「少し離れた場所で血だまりを見つけました。アーヴェルム国の先遣隊は既に全滅したと見られますね……第二陣の投入か、到着が遅れているのかと。つまり……第二陣が来るまではこのミッションはここにいる連合軍だけで行なわなければならないということです」

 六日前、三日前にヴィントル国で発生したは数が少なく、すぐに退治されたと聞いていたアーヴェルム国は、今回もその類だと思っていた。
 そのため少ない兵でも派遣には十分だと思い込んだのが間違いだった。今回の誤算は前回二回とは違い、数体のではなく巣穴が存在していたということ。
 更に悪いことには、アーヴェルムの兵士たちの熟練度は本国ストムバアルほど高くは無かったところだった。この国の兵士の戦闘力は巣穴を相手にできるほどの水準には達していなかった。
 先ほどアスタロトへ伝令が伝わったのは、この先遣隊の生き残った者が逃げ延びて伝えたからだったのだ!

「なるほど、既に全滅を……それで巣穴の位置は分かりましたか?」

 マルクが作戦立案のために詳しく聞き出す。

「ここから二キロほど北東にヤツらが出入りする巣穴がありました。ただ、幸いなことにカゼハナのものよりも涌き出す数が随分少ないようです。誘い出すためだけに臨時に結成された群れという感じですね。やはりアスタロト殿の言うように本命は首都のボレアースなのかもしれません。この連合軍の戦力なら十分殲滅できるかと。それと今連合軍が駐屯しているこの場所の近くにはアリはいないようです。今のうちに作戦立案と共有をしておきましょう」
「よし、ではまずは役割を分けよう。この場を仕切らせてもらいたいがよろしいかエリザレア殿?」
「差し支えなければお願いします」

 軍経験の長い樹の国マルクがこの場を取り仕切る。

「では、散らばったアリどもを追跡して駆除する班と巣穴を攻撃する班に分ける。隊長格は集まってくれ。フリアマギア、キミは今回参謀として私の小隊に入ってくれ。レッドドラゴンの方々、あなた方の代表者はフレアハルト殿と聞いているが、今この場に居ない中どなたが代表ですか?」
「俺だ」

 と名乗り出たのは、『聖炎耐火しょうえんたいかの儀』でアルトラに炎を浴びせかけた五人の中の最後の一人。 (『聖炎耐火しょうえんたいかの儀』については第102話から第103話を、彼以外の炎を浴びせかけた四人については第449話参照)

「プロクスと言う。あまりレッドドラゴン以外とは関わってこなかったため失礼な言葉遣いをしてしまうかもしれないが許してもらいたい」
「ええ、些細なことです、お構いなく」

 集められた隊長格は、
  樹の国 竜種ユグドドラゴン族のウォライト
      魔人種バルバトス族のクラウディオ
      竜人種ドラゴニュート族のアランドラ
      土の精霊種ソリッドノーム族のベオバルツ
      【総隊長】木の精霊種トレント族のマルク
  雷の国 亜人種ホワイト・ヘルヘヴン族のラッセル
      獣人種ウェアライオン族のリオライト
      獣種雷獣族のライオネル
      雷の精霊種ヴォルト族のアレキ
      【総隊長】魔人種シトリー族のエリザレア
  客将  竜種レッドドラゴン族のプロクス

「この中で飛行できる種族が多い隊はどれくらいいる?」

 この質問に六人が手を上げる。
 樹の国のウォライト、クラウディオ、雷の国のラッセル、アレキ、エリザレア、そしてレッドドラゴンのプロクスの擁する六部隊だった。

「半数以上か、それは好都合だ。では飛行できる隊に散らばったアリどもを追跡して掃討する役を担ってもらいたい。ただ、レッドドラゴン隊のプロクス殿、あなた方は巣穴を襲撃する班に入ってくれ。アリを殲滅するのにあなた方の炎は最適だ」
「了解した」
「では、アリを空から追跡可能な部隊は散らばったアリどもの方を頼む。他の隊と飛べない種族は巣穴を攻撃だ。まずは巣穴付近にいるアリを倒していき、最終的に巣穴内のアリを殲滅させる」
「いえマルク殿、今回の作戦に普段の定石セオリーは必要は無いと思います」

 風の国や樹の国では、周りから徐々に減らしていくのが常識の作戦だが、今回はアリに対して効果的となる炎を使える者がいるため、フリアマギアがその常識を否定する。
 余談だが、火の国では炎使いが多いため、他の国より比較的簡単にジャイアントアントを殲滅できる。

「どういうことだフリアマギア?」
「ここには現在、“飛べて”、“炎を吐けて”、“強力無比な魔力を持つ”、そんな能力を持つレッドドラゴンの方々が八人もいます。私たち地上部隊が巣穴からアリたちの気を引き、彼らが空から巣穴を焼尽させてくれれば、後は巣穴外に残ったアリを駆除して終わりです」
「なるほど、今回は普段とは違う強力な戦力が居るのだったな。ではその作戦でいこう」
「そういうわけでプロクス殿、まずは私たちが地上でアリの気を引きますから、あまり湧いて出てこないうちに空からの攻撃で巣穴を焼き尽くしてください」

「なぜ気を引く必要があるのだ? 空から一方的に攻撃すれば終わる話ではないのか?」
「ジャイアントアントは常に四つん這いの状態というわけではありません。時には敵を攻撃するために石つぶてなどを用います……いや、何トンもの物を持ち上げられるジャイアントアントの腕力から考えれば“石”つぶてではなく、“岩”つぶてと言えるほどの大きさになりますが。岩の大きさも投擲とうてき速度もかなり早いので、いかに強靭な身体を持つドラゴンと言えど当たれば無視できないダメージとなるでしょう。当たり所が悪ければ撃墜されることもあり得ます。ですからまずは地上部隊がアリを引き付け、空に注意が向かないようにします」
「なるほど、了解した」
「ではみんな作戦開始だ。武運を祈る」

「「「おう!」」」

 こうしてヴァントウ側でも巣穴殲滅作戦が開始された。
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