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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編
第446話 女帝蟻の目的は?
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「ベルゼビュート様がお願いしたという援軍の報せはまだでしょうか……?」
そう言えば!
族長さんたちにお願いしてからもう一時間ほどが過ぎている。
「き、きっともうすぐよ! も、もうちょっとだけ待って!」
「あと一時間……これ以上は待てませんので、これ以上かかるようでしたら、助っ人の報せが来なくても出発します」
「わ、分かった」
少しして新しく煎れ直した紅茶が運ばれて来た。
アスタロトはすぐに喉に流し込む。
「では、再開しましょう」
最初邪見にしてたのに、もはやカイベルの論説に聞き入ってるようにすら見える。
「女帝以外の他の女王のことはどう考えていますか? 潰した巣穴から女王らしき死骸も出てきてますし、まだ複数の女王がいる可能性はかなり高いと思います。あれらはどこから来たのですか?」
「女帝の産んだ子の中から女王になったものたちでしょう」
「今発生している女王全てが!?」
「そう考えています。まず『見つからないように潜伏しろ』という命令を自分の子以外に強制させることが困難だからです。ジャイアントアントは同じ血族でも自身のコロニー以外を壊滅させようとするくらい縄張り意識が強い生物です。ここに別の血族が混じって同居するのは考えられません。魔王相当の力を得て圧倒的力でねじ伏せ、一時的に支配下に置いたとしても、年単位での長期間潜伏となると作戦が開始される前にどこかで綻びが生じるでしょう」
「では、自分の血族であれば潜伏を強制させられると?」
「それでも全てに強制させるのは無理と考えてます」
「命令を聞かない個体にはどうするのですか?」
「いくつか考えられます。約定魔法で強制する方法がありますが、これは大勢を対象にする場合膨大な魔力を取られるため次の行動を起こす時にリスクがあります。 (第236.5話参照)あるいは、虫の中には行動を支配する能力を持つ種族がいますので、そういったものを食べて能力を得ているとも考えられます。もしくは目の前で命令に従わない一匹を生贄として惨殺すれば恐怖で支配も可能と考えます」
「虫も恐怖での支配が可能なのですか?」
「危険を感じるセンサーのようなものは持っているようですので、そこと関連した器官で女帝を危険と感じれば支配も不可能ではないでしょう」
「しかし、それらは全て自身の子でなかった場合にも使える手では?」
「前述の通り、自身の血族でなかった場合、縄張り意識が作用して反旗を翻される可能性が上がり計画に組み込むにはあまりにも不安定です」
「なるほど。そういう理由で現在存在している全ての女王が女帝の子という理屈ですか」
「いずれにせよ亜人たちに全く気付かれずに大勢力になったのは事実ですので、ある程度長期間見つからないように工作していた可能性は否定できません」
「大発生した事実がありますしねぇ……」
まとめると女帝を司令塔に、自身の血族だけで構成された女王から下を完全に支配下に置いて、機が熟すまで徹底的に隠してたってことか。
「ではもう一段階話を戻します。女帝があの場にいないのであれば一体どこに居ると言うのですか?」
「女帝はもう既に地中を西へ西へと移動している最中だと考えます。更に言うならカゼハナの百キロ西、三百キロ西で見つかった比較的小さめの個体と言われた集団も目くらましのための囮です。本隊がどこへ向かっているか悟らせないために、自身に追従させた働きアリの中で戦力として弱い個体を囮に使い、我々の警戒範囲を拡大・分散させるのが目的でしょう。またその弱い個体が見つかった付近を徹底的に探した方が良いと思います。女帝蟻とは別の女王蟻が潜伏して繁殖の準備をしている可能性が高いので。放っておけば一ヶ月後から三ヶ月後にはそこからジャイアントアントが再発生するでしょう」
「数日前に見つかった弱い個体の集団は囮!? 女王は西へ移動中!? それに付近にも別の女王蟻がいるですって!? それもあなたの直感ですか!? ならばなぜそんなことをしているというのですか!?」
「これから起こすことの布石と言うところでしょうか」
「布石? 一体何の……?」
「風の国の乗っ取りです」
「「「「 !!? 」」」」
これには私も含め、全員が絶句……
「バカな!? 国の乗っ取り!? たかが虫が!?」
「じゃ、じゃあ女帝の目的って……」
「風の国首都ボレアースの掌握、そしてそこに住まう大勢の国民です。彼女はストムバアルの国民たちを奴隷にし、国自体を意のままにしようとしていると考えます。しかし、そことてまだ通過点に過ぎないと思います。行動原理に本能を組み込んで動いているとしたなら、女王としての本能はまさに頂点に立つこと。風の国を足掛かりにして魔界全土を手中に収めることも考えるでしょう」
魔界全土を手中に!?
と、とんでもない話になってきたな……
アリが亜人を奴隷にしようとするなんて……
「アリが我々を支配する……? 話が飛躍し過ぎている……」
……
…………
………………
虫が亜人を支配するという、あまりにも現実離れしたカイベルの話に全員しばらく沈黙。
そしてカイベルが再び話し出す。
「最初は緩慢な移動で目を欺いていたようですが、今は一直線にボレアースへ向かっていると思います。恐らく先行部隊が存在していると考えられますので、私の分析に依れば、明日には十二パーセントの確率で、二日後五十五パーセントの確率で、三日後には九十九パーセントの確率で兵隊アリが首都付近に出現します」
「兵隊アリ? 働きアリではなくて?」
「はい、働きアリより数段強い兵隊アリです。数は働きアリに比べて少ないですが、戦闘能力は全く違います。女帝はその少し後くらいに首都乗っ取りを開始するでしょう」
「あとたった二日で!? ヴィントルからボレアースまで千キロほどあるのですよ!? 千キロを一週間程度で移動すると言うのですか!?」
「私の見立てではカゼハナから六百キロ西辺り、風の国属国の――」
地図のとあるポイントを指さして、
「――この辺りですね。『アーヴェルムのヴァントウ』という町付近で、今日の午前中に囮のジャイアントアントの集団が見つかっていると思います。この時に発生する集団は、今までの二回のはぐれとは違い数段強い古豪とも呼べる個体だと考えます。働きアリだけでなく兵隊アリも出てくると思います。また、今回は恐らく巣穴が発見されているでしょう。それを見て私の意見が正解に足るかどうか判断してください」
「申し訳ありません、聞き慣れない言葉が出て来たのですが、『午前中』とは何ですか?」
あ、そうか風の国はまだ太陽が無いから『午前』、『午後』の概念が無いのか。
「零時から十二時までをアルトレリアでは午前と呼ぶのよ。『午前』の『中』だから『午前中』」
「十二時までのことを言うのですか……? だとしたらその予想は外れています。今十五時ですよ? ここに来る前にそんな情報は入っていません。やはり参考にはできかねますね」
信じる方に傾いていたアスタロトの顔から焦りが消えた。
恐らく彼の中で『妄想、もしくは創作である』との割合が大きくなったのだろう。
でも、カイベルがここまで詳細に語ってるってことは、発見はされてるけどまだ連絡が来てないだけって可能性が高いな。
まあ、それを私が話したところで信じはしないだろうけど……
「じゃあ私がボレアースの城下を見張るよ」
アスタロトが意固地だから、結局のところこうして自分で貧乏くじを引きに行かなければならないわけだ……
「しかし現状危機的状況に陥ってるのはカゼハナなのですよ!? 援軍はカゼハナにこそ送るべきだと思いますが?」
「うん、そっちはあなたの判断で送ってやってよ。私はカイベルのことを信じるからボレアース城下を見張る。カゼハナにかまけてて、ボレーアスが陥落してたなんて言ったら目も当てられないでしょ?」
私が「カイベルを信じる」と言ったためか、アスタロトがカイベルを睨んで『ぬぬぬ……』という表情をしている。そんな対抗意識燃やさんでも……
これもアスタロトがカイベルのことを信用してくれればこっちに戦力を寄せて、万全の状態で女帝を迎え撃てるんだけど……今日初めて会話を交わした相手の論説を信じろというのも無理があるか……それも前例の無いことばかり起こってるからどうしても信憑性に欠ける。
「しかし、万が一ボレアースに女帝が出現したとすると、ベルゼビュート様が危険かと思いますが……」
「あら? カイベルの話は参考に値しないんじゃなかったの?」
「…………正直……何の迷いも無く自信を持ってこの論説を語られると分からなくなります。それでも私は風の国の最高司令官なのです! 今日ジャイアントアントの集団が見つかったという話が本当であればそれを根拠とできましたが、現時点では根拠となるものが何も無いため、論説が真に迫っていても信じるわけにはいきません」
難しい立場ってわけか。
「もう一つ……話しておかなければならないことがあります」
カイベルのその言葉に再びこの場の全員が彼女に注目する。
「風の国からの流出は、樹の国どころの話ではないと思います。私の見立てでは恐らく兵隊アリがボレアースに出現するのと同時刻、世界中で大変なことになるのではないかと……」
「た、大変なこととは……?」
「各地に散らばったジャイアントアントの一斉蜂起」
「「「「 !!? 」」」」
再びこの場の全員が目を丸くする。
「も、もう既に世界中に分布していると言うのですか!?」
「はい、先行部隊は潜入しているものと考えます。その混乱に乗じて、まずは風の国を盗りに来るでしょう。各国に散らばった先行部隊の目的は牽制ですので現地で倒されても問題ありません。これにより風の国へ救援に行き難くする、また、援軍に派遣している者たちを呼び戻させるのが目的だと考えます。そうすることで風の国を盗り易くするのが狙いかと。風の国を落とした後は地盤を固めて戦力を増強し、次は隣の樹の国。あそこは彼らにとって食料が豊富ですから最重要地点です。その次がここ、中立地帯アルトラルサンズ。ここは全ての大国と繋がっていますから樹の国の次に重要地です」
「えっ!? ってことはアルトラルサンズにももうアリが潜伏してるの!?」
思わず話を切って声が出る。
「いえ、中央部にはまだ侵入されていないかと。ただ、先行部隊はそろそろ……」
それってヤバイんじゃないの!?
「つ、続けてください!」
「アルトラルサンズを盗れば次は雷の国、水の国、土の国、火の国と順々、あるいは同時に落とし、最後は氷の国。その合間合間に大国に属していない小国や島国が羽アリ、あるいは潜水アリによって落とされると予想します」
「氷の国はなぜ最後なのですか?」
「氷の国は零度を下回る気温が多いため、アリたちにとっては侵攻すること自体が難しいでしょう。ここは陥落するまで長期間かかると思います。場合によっては支配するのを諦める可能性もあります」
身体が大きくても冷気には弱いままってわけか。
「一つ……ふざけた質問をします。我々をいたずらに恐怖させるための創作ではないですか?」
「いえ、もちろん創作ではありません。私の分析と予測、直感に基づいた意見です」
「…………そうですか……ただ、やはり決定打に欠けます。しかしそれが本当であれ嘘であれ、早く城に戻るのが先決のようです。ベルゼビュート様、援軍の報せはまだでしょうか?」
その直後にフレアハルトから超音波による通信が。
『アルトラ! 選出が終わった! 迎えに来てくれ!』
「ちょっと待って、ちょうど今報せが来た! 助っ人を迎えに行ってくる! あ、その前に、カイベルちょっとこっちへ来て!」
アスタロトから少し離れて小声で訊ねる。
「……こんな事態になる前にジャイアントアントの動向を知ることはできなかったの……? 例えばアリが『暴食』を得た直後とかに教えてくれれば……」
「……その頃はまだ私は存在していませんが……?」
「……あ、そうか……あなた作ってまだ一年だものね……」
「……更に言うならアルトラ様もまだ地野改様として地球で生活していました……」
そっか、三年前じゃ私もここにいないわ。まだ人間界で元気に (?)ブラック社畜やってた頃だ。
「……それでももう少し早く教えてくれれば……」
「……申し訳ありません……私も常時全てを把握しているわけではありませんので……」
「……神様関係以外なら大抵のことは分かるんじゃないの……?」
「……確かにそのようなイメージで創成されましたが、近くに起こっていることは把握が容易いのですが、遠くで起こっていることはそれと関連する情報が流れて来ない限り意識すらしておらず、検索しようともしないので世の流れを常に把握しているというわけではないのです。全世界のことを常時把握するようなことをすれば数分も経たずにオーバーロードして魔力負荷超過でしばらく機能停止すると思います……」
「……魔力負荷超過……! な、なるほど……」
それもそうか。常時把握できてるなら、たまにやってる『直前のデータを取得する』とかいう行為は必要無いわけだしね……あれは負荷軽減のためにやってたのか。
「……ですので、ジャイアントアントの情報を得た今でも女帝がどの辺りにいるかは分かっても、全てのアリの動きを常に把握しているというわけではありません。もちろん検索すれば全ての個体を把握できますが現時点ですと数が多過ぎるので検索してもあまり意味が無いかと……」
「……そ、そう……じゃ、じゃあ殲滅してから撃ち漏らしがあった場合は頼りにするわ……」
「……それと……先ほどアスタロト様への説明の中で嘘を吐きました……」
「……嘘? どれのこと……?」
「……アスタロト様にはジャイアントアントに別の血族がいるように話しましたが、ジャイアントアントに別の血族は存在しません。以前お話したように三大凶虫であるジャイアントアントは、魔力の関係で通常サイズのアリが突然変異してジャイアントアントに変貌します。これはアスタロト様にお話ししても理解されないと判断しましたので嘘を織り交ぜて濁してお伝えしました……」 (第271話参照)
「……な、なるほど……」
確かに魔力で変貌するって説明しても、実際その現場を見られるわけではないから信じられないだろう。
「それと……予測の範囲を逸脱するため、私がアリの動向を知っているというのをお話するわけにはいかないと判断して言うことができなかったのですが、兵隊アリとは別の不穏な影があるようです。まだ風の国の誰も気付いていませんが注意してください」
「不穏な影? 兵隊アリの上位種が居るかもしれないってこと?」
「はい」
「わ、分かった。それとなくアスタロトに伝えておくよ」
カイベルに疑問を聞き終え、アスタロトに赤龍峰へ行く旨を伝える。
「アスタロト、十分で帰って来るから準備して庭に出て待ってて!」
そう言い捨てると、ゲートで赤龍峰内部へ移動。
そう言えば!
族長さんたちにお願いしてからもう一時間ほどが過ぎている。
「き、きっともうすぐよ! も、もうちょっとだけ待って!」
「あと一時間……これ以上は待てませんので、これ以上かかるようでしたら、助っ人の報せが来なくても出発します」
「わ、分かった」
少しして新しく煎れ直した紅茶が運ばれて来た。
アスタロトはすぐに喉に流し込む。
「では、再開しましょう」
最初邪見にしてたのに、もはやカイベルの論説に聞き入ってるようにすら見える。
「女帝以外の他の女王のことはどう考えていますか? 潰した巣穴から女王らしき死骸も出てきてますし、まだ複数の女王がいる可能性はかなり高いと思います。あれらはどこから来たのですか?」
「女帝の産んだ子の中から女王になったものたちでしょう」
「今発生している女王全てが!?」
「そう考えています。まず『見つからないように潜伏しろ』という命令を自分の子以外に強制させることが困難だからです。ジャイアントアントは同じ血族でも自身のコロニー以外を壊滅させようとするくらい縄張り意識が強い生物です。ここに別の血族が混じって同居するのは考えられません。魔王相当の力を得て圧倒的力でねじ伏せ、一時的に支配下に置いたとしても、年単位での長期間潜伏となると作戦が開始される前にどこかで綻びが生じるでしょう」
「では、自分の血族であれば潜伏を強制させられると?」
「それでも全てに強制させるのは無理と考えてます」
「命令を聞かない個体にはどうするのですか?」
「いくつか考えられます。約定魔法で強制する方法がありますが、これは大勢を対象にする場合膨大な魔力を取られるため次の行動を起こす時にリスクがあります。 (第236.5話参照)あるいは、虫の中には行動を支配する能力を持つ種族がいますので、そういったものを食べて能力を得ているとも考えられます。もしくは目の前で命令に従わない一匹を生贄として惨殺すれば恐怖で支配も可能と考えます」
「虫も恐怖での支配が可能なのですか?」
「危険を感じるセンサーのようなものは持っているようですので、そこと関連した器官で女帝を危険と感じれば支配も不可能ではないでしょう」
「しかし、それらは全て自身の子でなかった場合にも使える手では?」
「前述の通り、自身の血族でなかった場合、縄張り意識が作用して反旗を翻される可能性が上がり計画に組み込むにはあまりにも不安定です」
「なるほど。そういう理由で現在存在している全ての女王が女帝の子という理屈ですか」
「いずれにせよ亜人たちに全く気付かれずに大勢力になったのは事実ですので、ある程度長期間見つからないように工作していた可能性は否定できません」
「大発生した事実がありますしねぇ……」
まとめると女帝を司令塔に、自身の血族だけで構成された女王から下を完全に支配下に置いて、機が熟すまで徹底的に隠してたってことか。
「ではもう一段階話を戻します。女帝があの場にいないのであれば一体どこに居ると言うのですか?」
「女帝はもう既に地中を西へ西へと移動している最中だと考えます。更に言うならカゼハナの百キロ西、三百キロ西で見つかった比較的小さめの個体と言われた集団も目くらましのための囮です。本隊がどこへ向かっているか悟らせないために、自身に追従させた働きアリの中で戦力として弱い個体を囮に使い、我々の警戒範囲を拡大・分散させるのが目的でしょう。またその弱い個体が見つかった付近を徹底的に探した方が良いと思います。女帝蟻とは別の女王蟻が潜伏して繁殖の準備をしている可能性が高いので。放っておけば一ヶ月後から三ヶ月後にはそこからジャイアントアントが再発生するでしょう」
「数日前に見つかった弱い個体の集団は囮!? 女王は西へ移動中!? それに付近にも別の女王蟻がいるですって!? それもあなたの直感ですか!? ならばなぜそんなことをしているというのですか!?」
「これから起こすことの布石と言うところでしょうか」
「布石? 一体何の……?」
「風の国の乗っ取りです」
「「「「 !!? 」」」」
これには私も含め、全員が絶句……
「バカな!? 国の乗っ取り!? たかが虫が!?」
「じゃ、じゃあ女帝の目的って……」
「風の国首都ボレアースの掌握、そしてそこに住まう大勢の国民です。彼女はストムバアルの国民たちを奴隷にし、国自体を意のままにしようとしていると考えます。しかし、そことてまだ通過点に過ぎないと思います。行動原理に本能を組み込んで動いているとしたなら、女王としての本能はまさに頂点に立つこと。風の国を足掛かりにして魔界全土を手中に収めることも考えるでしょう」
魔界全土を手中に!?
と、とんでもない話になってきたな……
アリが亜人を奴隷にしようとするなんて……
「アリが我々を支配する……? 話が飛躍し過ぎている……」
……
…………
………………
虫が亜人を支配するという、あまりにも現実離れしたカイベルの話に全員しばらく沈黙。
そしてカイベルが再び話し出す。
「最初は緩慢な移動で目を欺いていたようですが、今は一直線にボレアースへ向かっていると思います。恐らく先行部隊が存在していると考えられますので、私の分析に依れば、明日には十二パーセントの確率で、二日後五十五パーセントの確率で、三日後には九十九パーセントの確率で兵隊アリが首都付近に出現します」
「兵隊アリ? 働きアリではなくて?」
「はい、働きアリより数段強い兵隊アリです。数は働きアリに比べて少ないですが、戦闘能力は全く違います。女帝はその少し後くらいに首都乗っ取りを開始するでしょう」
「あとたった二日で!? ヴィントルからボレアースまで千キロほどあるのですよ!? 千キロを一週間程度で移動すると言うのですか!?」
「私の見立てではカゼハナから六百キロ西辺り、風の国属国の――」
地図のとあるポイントを指さして、
「――この辺りですね。『アーヴェルムのヴァントウ』という町付近で、今日の午前中に囮のジャイアントアントの集団が見つかっていると思います。この時に発生する集団は、今までの二回のはぐれとは違い数段強い古豪とも呼べる個体だと考えます。働きアリだけでなく兵隊アリも出てくると思います。また、今回は恐らく巣穴が発見されているでしょう。それを見て私の意見が正解に足るかどうか判断してください」
「申し訳ありません、聞き慣れない言葉が出て来たのですが、『午前中』とは何ですか?」
あ、そうか風の国はまだ太陽が無いから『午前』、『午後』の概念が無いのか。
「零時から十二時までをアルトレリアでは午前と呼ぶのよ。『午前』の『中』だから『午前中』」
「十二時までのことを言うのですか……? だとしたらその予想は外れています。今十五時ですよ? ここに来る前にそんな情報は入っていません。やはり参考にはできかねますね」
信じる方に傾いていたアスタロトの顔から焦りが消えた。
恐らく彼の中で『妄想、もしくは創作である』との割合が大きくなったのだろう。
でも、カイベルがここまで詳細に語ってるってことは、発見はされてるけどまだ連絡が来てないだけって可能性が高いな。
まあ、それを私が話したところで信じはしないだろうけど……
「じゃあ私がボレアースの城下を見張るよ」
アスタロトが意固地だから、結局のところこうして自分で貧乏くじを引きに行かなければならないわけだ……
「しかし現状危機的状況に陥ってるのはカゼハナなのですよ!? 援軍はカゼハナにこそ送るべきだと思いますが?」
「うん、そっちはあなたの判断で送ってやってよ。私はカイベルのことを信じるからボレアース城下を見張る。カゼハナにかまけてて、ボレーアスが陥落してたなんて言ったら目も当てられないでしょ?」
私が「カイベルを信じる」と言ったためか、アスタロトがカイベルを睨んで『ぬぬぬ……』という表情をしている。そんな対抗意識燃やさんでも……
これもアスタロトがカイベルのことを信用してくれればこっちに戦力を寄せて、万全の状態で女帝を迎え撃てるんだけど……今日初めて会話を交わした相手の論説を信じろというのも無理があるか……それも前例の無いことばかり起こってるからどうしても信憑性に欠ける。
「しかし、万が一ボレアースに女帝が出現したとすると、ベルゼビュート様が危険かと思いますが……」
「あら? カイベルの話は参考に値しないんじゃなかったの?」
「…………正直……何の迷いも無く自信を持ってこの論説を語られると分からなくなります。それでも私は風の国の最高司令官なのです! 今日ジャイアントアントの集団が見つかったという話が本当であればそれを根拠とできましたが、現時点では根拠となるものが何も無いため、論説が真に迫っていても信じるわけにはいきません」
難しい立場ってわけか。
「もう一つ……話しておかなければならないことがあります」
カイベルのその言葉に再びこの場の全員が彼女に注目する。
「風の国からの流出は、樹の国どころの話ではないと思います。私の見立てでは恐らく兵隊アリがボレアースに出現するのと同時刻、世界中で大変なことになるのではないかと……」
「た、大変なこととは……?」
「各地に散らばったジャイアントアントの一斉蜂起」
「「「「 !!? 」」」」
再びこの場の全員が目を丸くする。
「も、もう既に世界中に分布していると言うのですか!?」
「はい、先行部隊は潜入しているものと考えます。その混乱に乗じて、まずは風の国を盗りに来るでしょう。各国に散らばった先行部隊の目的は牽制ですので現地で倒されても問題ありません。これにより風の国へ救援に行き難くする、また、援軍に派遣している者たちを呼び戻させるのが目的だと考えます。そうすることで風の国を盗り易くするのが狙いかと。風の国を落とした後は地盤を固めて戦力を増強し、次は隣の樹の国。あそこは彼らにとって食料が豊富ですから最重要地点です。その次がここ、中立地帯アルトラルサンズ。ここは全ての大国と繋がっていますから樹の国の次に重要地です」
「えっ!? ってことはアルトラルサンズにももうアリが潜伏してるの!?」
思わず話を切って声が出る。
「いえ、中央部にはまだ侵入されていないかと。ただ、先行部隊はそろそろ……」
それってヤバイんじゃないの!?
「つ、続けてください!」
「アルトラルサンズを盗れば次は雷の国、水の国、土の国、火の国と順々、あるいは同時に落とし、最後は氷の国。その合間合間に大国に属していない小国や島国が羽アリ、あるいは潜水アリによって落とされると予想します」
「氷の国はなぜ最後なのですか?」
「氷の国は零度を下回る気温が多いため、アリたちにとっては侵攻すること自体が難しいでしょう。ここは陥落するまで長期間かかると思います。場合によっては支配するのを諦める可能性もあります」
身体が大きくても冷気には弱いままってわけか。
「一つ……ふざけた質問をします。我々をいたずらに恐怖させるための創作ではないですか?」
「いえ、もちろん創作ではありません。私の分析と予測、直感に基づいた意見です」
「…………そうですか……ただ、やはり決定打に欠けます。しかしそれが本当であれ嘘であれ、早く城に戻るのが先決のようです。ベルゼビュート様、援軍の報せはまだでしょうか?」
その直後にフレアハルトから超音波による通信が。
『アルトラ! 選出が終わった! 迎えに来てくれ!』
「ちょっと待って、ちょうど今報せが来た! 助っ人を迎えに行ってくる! あ、その前に、カイベルちょっとこっちへ来て!」
アスタロトから少し離れて小声で訊ねる。
「……こんな事態になる前にジャイアントアントの動向を知ることはできなかったの……? 例えばアリが『暴食』を得た直後とかに教えてくれれば……」
「……その頃はまだ私は存在していませんが……?」
「……あ、そうか……あなた作ってまだ一年だものね……」
「……更に言うならアルトラ様もまだ地野改様として地球で生活していました……」
そっか、三年前じゃ私もここにいないわ。まだ人間界で元気に (?)ブラック社畜やってた頃だ。
「……それでももう少し早く教えてくれれば……」
「……申し訳ありません……私も常時全てを把握しているわけではありませんので……」
「……神様関係以外なら大抵のことは分かるんじゃないの……?」
「……確かにそのようなイメージで創成されましたが、近くに起こっていることは把握が容易いのですが、遠くで起こっていることはそれと関連する情報が流れて来ない限り意識すらしておらず、検索しようともしないので世の流れを常に把握しているというわけではないのです。全世界のことを常時把握するようなことをすれば数分も経たずにオーバーロードして魔力負荷超過でしばらく機能停止すると思います……」
「……魔力負荷超過……! な、なるほど……」
それもそうか。常時把握できてるなら、たまにやってる『直前のデータを取得する』とかいう行為は必要無いわけだしね……あれは負荷軽減のためにやってたのか。
「……ですので、ジャイアントアントの情報を得た今でも女帝がどの辺りにいるかは分かっても、全てのアリの動きを常に把握しているというわけではありません。もちろん検索すれば全ての個体を把握できますが現時点ですと数が多過ぎるので検索してもあまり意味が無いかと……」
「……そ、そう……じゃ、じゃあ殲滅してから撃ち漏らしがあった場合は頼りにするわ……」
「……それと……先ほどアスタロト様への説明の中で嘘を吐きました……」
「……嘘? どれのこと……?」
「……アスタロト様にはジャイアントアントに別の血族がいるように話しましたが、ジャイアントアントに別の血族は存在しません。以前お話したように三大凶虫であるジャイアントアントは、魔力の関係で通常サイズのアリが突然変異してジャイアントアントに変貌します。これはアスタロト様にお話ししても理解されないと判断しましたので嘘を織り交ぜて濁してお伝えしました……」 (第271話参照)
「……な、なるほど……」
確かに魔力で変貌するって説明しても、実際その現場を見られるわけではないから信じられないだろう。
「それと……予測の範囲を逸脱するため、私がアリの動向を知っているというのをお話するわけにはいかないと判断して言うことができなかったのですが、兵隊アリとは別の不穏な影があるようです。まだ風の国の誰も気付いていませんが注意してください」
「不穏な影? 兵隊アリの上位種が居るかもしれないってこと?」
「はい」
「わ、分かった。それとなくアスタロトに伝えておくよ」
カイベルに疑問を聞き終え、アスタロトに赤龍峰へ行く旨を伝える。
「アスタロト、十分で帰って来るから準備して庭に出て待ってて!」
そう言い捨てると、ゲートで赤龍峰内部へ移動。
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王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
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