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第17章 風の国ストムバアル『暴食』の大罪騒乱編
第445話 既にアリは風の国のみならず樹の国にも流出している?
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カイベルは話の軌道を修正しながら続ける。
「少し話題が反れましたので話を戻します。ジャイアントアントの力に魔王の力が加わればドラゴンのような巨大な生物すら狩るのは容易でしょう。巨大生物を狩り、ストックしている働きアリたちに分け与えれば働きアリを動かさずとも養うことは可能です。また彼らは所詮畜生以下です。自身の仲間とて死んでしまえば食料になります」
「巨大生物を食料に……ですか。しかし、そんな巨大生物などそうそう居ないと思いますが……」
「たとえ話で“巨大生物を狩れる”という話をしましたが、食料とする対象は別に巨大生物でなくても構いません。自分たちの存在を察知さえされなければ亜人でも良いわけです。彼らの倫理観は亜人とは違い、平気で亜人を攫って食べますので。風の国の隣には都合が良いことに彼らにとって広い狩場がありますから」
「狩場………………」
……
…………
………………
『狩場』と言われて、少し考えるアスタロトとティナリス。
先に気付いたのはティナリスだった。
「そうか! 樹の国ユグドの大森林ですね!? あそこなら行方不明者も多いし! 野垂れ死ぬ者も多いから死体も食料になりますし、冒険者が攫われていたとしても町や集落に住む亜人たちが気付くのは難いですね!」
「ましてや彼らが最初に発生した場所は風の国と樹の国の隣接地帯ヴィントルです。大森林は樹の国国土の広範囲に及ぶのですぐそこと言っても過言ではありません。大森林内であれば亜人を攫う時に騒がれそうになっても首をもいでしまえば物言わぬ肉の塊に成り果てますから、女帝単独で行動するなら隠れて狩りをし、食料を運ぶのもそれほど難しいことではないでしょう。それに生きてる亜人を狙わずとも、場所柄、比較的新鮮な死体は手に入りやすいですから」
首をもぐとか、新鮮な死体って……実際そうだったとしても、もうちょっと言い方が……
でも、確かにあの場所なら迷って死んでも、森賊に遭遇して殺されても自己責任だから行方不明でも騒ぎにはなりにくい。隠れながら食料を確保したい女帝蟻にとっては好都合な条件が揃っている。
「ちょ、ちょっと待ってください! それはつまり……既に樹の国にも根を伸ばしているということではないのですか!?」
「はい。ほぼ間違い無く樹の国には侵入されていると考えています」
確かに一年も前にヴィントルで不穏な動きがあったのなら、そこと隣接している樹の国に侵入されている可能性は極めて高い。
「まさか……カゼハナで湧き出した時にはバリケードを作っても既に遅かったと……?」
「はい、その時点では既に遅すぎたと考えます。一年前の時点で土の精霊にきちんと調査させておけば分かったと思いますが」
「一年前に……しかし! 今回はアリの巣が樹の国へ続いてないのを調査で確認した上で、風の国と樹の国の共同でバリケードを作ったのです! 相手はアリですので、もちろん地中への対策も行った上で作っています! 樹の国へ続いている地下通路が作られていたという調査報告は一つも上がっていません!」
一年前に調査しなかったのなら今調査しても遅いと思うが……
それでも今回の調査で樹の国へはアリの巣が伸びていないのを確認してるってことか。じゃあカイベルが言った樹の国へ侵入されてるってのは間違ってる? カイベルに限ってそんなはずは……
「周辺だけでなく広範囲を調査しましたか? 数十キロ単位で遠く離れた場所とか」
「す、数十キロ……? ジャイアントアントの巣はそこまで広範囲に及ぶのですか?」
「例えば主要コロニーとは別のところに食糧庫がありそこから伸びている、なども考えられます。普段は通路を塞いで食料が減って来た緊急時のみ再接続すれば、調査時期によっては主要コロニーと繋がっていないと誤認させることができたかもしれません。アリは道しるべフェロモンで道順を把握するので、例え長距離を塞いだとしても再接続も容易でしょう」
「今まではここまで大規模な異常発生が起こる前に駆除していましたし、そこまで広範囲に及んでるなんて考えもしませんよね……」
「き、樹の国に既に侵入……? ……いや、しかしカイベルさんの想像の話ですし……」
と、アスタロトが自身に言い聞かせるように呟いたが、カイベルがこれを口にしたってことは、アリたちが樹の国に侵入してるのは確定なんだよね……
他国に侵入されていると聞いて、明らかに焦りが大きくなった。
帰ったら調査するよう念を押しておくか。
「もう一度土の精霊に調査してもらって、食糧庫の存在の有無も確認しておいた方が良いんじゃない?」
「確かに……憂いは絶っておきましょう。城に戻ったらすぐに調査させます」
きっと憂いは増えてしまうだろうけど、知らずにいるよりはずっと良い。
「は、話を戻します! 働きアリを働かせずに、女帝自身が狩りをして養うなど……そんな面倒なことを本当に女帝がするのですか? アリの生態に反していると思います! 本能で動く虫がそんな行動をするとは思えませんが!?」
そう! この部分が一番信じられない。計画に向けて働きアリを温存しておくために、女帝が養うって……
働きアリを養う女王なんて聞いたこともない。
「“可能性の一つ”としてお考えください。相手は『暴食』を継承して知恵を付けたと思しきアリです。もし女帝に亜人と遜色ない思考能力が備わり、信念に沿った目的があればそういった我々の予想しない行動を起こすことも可能性としてゼロとは言えないのではないでしょうか?」
「………………確かに今回の件で大罪の謎な部分が増えてしまいましたし、可能性はゼロではないですが……ただ、やはり女帝蟻が働きアリを養うというのは……どうも信じられません……」
「では次の“可能性の一つ”を提示をします。食料も何も地上の生物だけとは限りません。仮に亜人に見つからないように地上に出ないことを厳命されていたとしても、地中にいるものを狩って食べれば良いのです。そうすれば働きアリでも食料を調達できます」
「地中の生物で? 確かに普通サイズのアリであれば食料は豊富かと思いますが……ジャイアントアントほどの巨大生物が昆虫程度の大きさで満足できるのですか?」
「地中にはジャイアントアントほどではないにせよ、多少大きめの虫もいます。我々の手の平大の虫もそれなりに存在しますので、その程度の大きさでも十分に彼らの食糧となるでしょう」
えぇ……この世界、巨大生物多過ぎでしょ……アリ以外の虫までそれなりに巨大って……
「更に言えば、彼らは非常に燃費の良い身体構造をしています。あの巨体にもかかわらず大人の亜人の腕一本ほどを食べれば一週間飲まず食わずで活動が可能なようですから、大群を養うにもそれほどの食糧を必要としません」
「それも論文から?」
「はい」
あの巨体なのに腕一本で一週間保つのか? 人間の比じゃないくらい燃費が良いじゃないか! (※)
(※燃費が良い:とある話によると百匹の小型種のアリが居たとして、一滴落とした液状の餌ですら過剰な量の場合があるそうです)
「また、アリは自給自足することでも知られています。栽培できる植物、または畜産できる生物がいるのなら自分たちで食料を育てることもします。更に、彼らは雑食性です。植物も捕食対象ですので、巨大植物や果物の多いユグドの大森林は食料調達の場としても打ってつけでしょう。そこまで穴を掘ってしまえば亜人に見つからないように食料を供給するのは十分可能です」
う~ん……大群でも隠す方法は色々あるのね。
ユグドの大森林を歩いた時、遭遇しなくて良かったわ…… (『第13章 樹の国ユグドマンモン探検偏』参照)
「……あなたの語ったこと全てが私たちの知るジャイアントアントの生態とあまりにかけ離れ過ぎていてそれをそのまま受け入れるには無理があります。想像力は素晴らしいですが、現実的とは到底言えません」
カイベルが言うからには、この通りのことが起こってるのだろうが、私が聞いてもこんなことは信じ難い。
ましてや今日、カイベルとほぼ初めて言葉を交わしたアスタロトに信じろというのも……
でも――
「アスタロト、“可能性の一つとして考えて”って言ってるのに、それを無理にでも弾こうとするのは現実逃避ではないの?」
「うぅ……」
確かに自身の国で発生したジャイアントアントが他国に迷惑をかけることになると考えると、多大な責任を負わなければならないのかもしれないが、だからと言って責任放棄できる立場でもない。
「で、では、やはりベルゼビュート様もユグドの大森林に足を延ばしていると考えているのですか?」
「カイベルと同意見かな。ヴィントルの一年前の不穏な動きが仮にジャイアントアントだったとしたら、隣接してる樹の国に行ってないはずがないと思うし」
「やはり……そう思いますか……」
カイベルの意見を頭から否定しようとしていたのに、随分と信じる方へ傾いているようだ。
他国へ流出させている可能性を聞いて、大分落ち込んだように見える。
「じゃあ、私から質問するんだけど、カゼハナの巣穴から流出が始まって現在で二週間。現状でもアリが出続けてるって聞いたけど、あなたはなぜ出続けてると考えてるの? 温存説は否定的なのよね?」
「そ、それは……やはりカゼハナの巣穴で産み出し続けているとか……?」
「それはジャイアントアントの成長時間を考えても無理なんじゃない? さっき言ってたことに依れば、成体になるまで二ヶ月はかかるって言うし、倒したアリは古い個体も多くいたのよね?」
「確かに……」
「カイベル、卵が産み出されて、孵化まではどれくらいかかるの?」
「二週間ほどです」
「成体になるまで二ヶ月半。湧き出してからまだ二週間。それで今のアリ駆除数はどれくらい?」
「正確な数は聞いていませんが、八百から千匹に近い数と」
「二ヶ月半前に生まれたばかりのあの巨体が、既に千匹近く駆除されてるのに、なお流出が衰えないのだから、次々産み出してるという説も当たらないと思わない?」
「そうすると、やはり予め用意されていた集団だということになりますね……」
「発生の過程はどうあれ、ここからは建設的な話をしましょう。少々休憩を挟むのが良いかと思います。お茶を煎れ直してきます」
そう言うとカイベルはみんなのティーカップを回収してキッチンへ引っ込んで行った。
◇
追いかけて小声で聞いてみた。
「……今アスタロトに語ったことって全部事実……?」
「……はい、大部分はそうです。ただ、食料となる部分は多少脚色しています。女帝が養うと言いましたが、それもほんの最初の頃だけで、その後は自給自足とユグドの大森林への遠征収穫が主です。それとアクアリヴィアでジャイアントアントの論文を読んだというところは丸々嘘です……」
それは私も分かってるが……
「……亜人を狩って食べてるって部分は……?」
「……それは本当です。ユグドの大森林で行方不明になった方々の何人かは女帝、または働きアリによって連れ去られ、食料にされています。また、近隣の住民の行方不明になっている何人かも同様に……」
うわぁ……聞かない方が良かったわ、コレ……
「……アリの前に継承者が沢山居たって話も……?」
「……はい、前代ベルゼビュートの次の宿主は蝶です。その後、芋虫、毛虫、ハエ、クモなど、虫を中心にごく狭い範囲で二十四年間で四百九十四の生物を経た上で、最終的にジャイアントアントの女帝に宿りました。当時は大体二日に一回くらい宿主が変わってますね。その間にハエや蚊など亜人の身体の一部を食べる虫に宿ったことがありますが、亜人の肉を食べたり血を吸ったりする前に捕食されています。全部お教えしますか……?」
「いや、要らない」
そんなに出たり入ったりを繰り返してたのか……
ベルゼビュートにして象徴的なハエまで混じってるし……
何と言うか……この二十七年間の『暴食』の大罪の苦労が垣間見える……
「……じゃあ伝達が上手く行かずに継承できなかったって話も本当ってこと……?」
「……はい。ですので女帝蟻と『暴食』との相性は最悪です。なので幸いなことに大罪を継承したことによる特有の飢餓感もあまり感じていないのではないかと。亜人たちを食い荒らされる心配は無いでしょう……」
攻撃されるのは仕方ないとして、無闇やたらに食べられるようなグロい展開は少ないってところか。
大罪との相性が良ければ本人や周りにとって害、相性が悪ければ本人や周りにとって得ってところが、この性質の厄介なところよね……ややこしい!
「……とは言え、相手は普通に亜人を捕食する生物ですので、全く無いわけではないことをご留意ください……」
ですよね~……じゃあ不意のグロい展開も覚悟しておかないといけないわけか……
「あ、そうだ! そういえば何で前々世のベルゼビュートから蝶に渡ることになったの?」
仮に周りにヒトがいるところで死んだのなら、蝶に継承されるはずがないし……
「禁則事項に抵触するためお答えできません」
「これも!?」
「ご本人様にお会いした時にお聞きください」
だからそのご本人って誰なのよ……
と思ったが、粘ったところで答えは聞けないだろうし、諦めてカイベルより先にダイニングに戻る。
「少し話題が反れましたので話を戻します。ジャイアントアントの力に魔王の力が加わればドラゴンのような巨大な生物すら狩るのは容易でしょう。巨大生物を狩り、ストックしている働きアリたちに分け与えれば働きアリを動かさずとも養うことは可能です。また彼らは所詮畜生以下です。自身の仲間とて死んでしまえば食料になります」
「巨大生物を食料に……ですか。しかし、そんな巨大生物などそうそう居ないと思いますが……」
「たとえ話で“巨大生物を狩れる”という話をしましたが、食料とする対象は別に巨大生物でなくても構いません。自分たちの存在を察知さえされなければ亜人でも良いわけです。彼らの倫理観は亜人とは違い、平気で亜人を攫って食べますので。風の国の隣には都合が良いことに彼らにとって広い狩場がありますから」
「狩場………………」
……
…………
………………
『狩場』と言われて、少し考えるアスタロトとティナリス。
先に気付いたのはティナリスだった。
「そうか! 樹の国ユグドの大森林ですね!? あそこなら行方不明者も多いし! 野垂れ死ぬ者も多いから死体も食料になりますし、冒険者が攫われていたとしても町や集落に住む亜人たちが気付くのは難いですね!」
「ましてや彼らが最初に発生した場所は風の国と樹の国の隣接地帯ヴィントルです。大森林は樹の国国土の広範囲に及ぶのですぐそこと言っても過言ではありません。大森林内であれば亜人を攫う時に騒がれそうになっても首をもいでしまえば物言わぬ肉の塊に成り果てますから、女帝単独で行動するなら隠れて狩りをし、食料を運ぶのもそれほど難しいことではないでしょう。それに生きてる亜人を狙わずとも、場所柄、比較的新鮮な死体は手に入りやすいですから」
首をもぐとか、新鮮な死体って……実際そうだったとしても、もうちょっと言い方が……
でも、確かにあの場所なら迷って死んでも、森賊に遭遇して殺されても自己責任だから行方不明でも騒ぎにはなりにくい。隠れながら食料を確保したい女帝蟻にとっては好都合な条件が揃っている。
「ちょ、ちょっと待ってください! それはつまり……既に樹の国にも根を伸ばしているということではないのですか!?」
「はい。ほぼ間違い無く樹の国には侵入されていると考えています」
確かに一年も前にヴィントルで不穏な動きがあったのなら、そこと隣接している樹の国に侵入されている可能性は極めて高い。
「まさか……カゼハナで湧き出した時にはバリケードを作っても既に遅かったと……?」
「はい、その時点では既に遅すぎたと考えます。一年前の時点で土の精霊にきちんと調査させておけば分かったと思いますが」
「一年前に……しかし! 今回はアリの巣が樹の国へ続いてないのを調査で確認した上で、風の国と樹の国の共同でバリケードを作ったのです! 相手はアリですので、もちろん地中への対策も行った上で作っています! 樹の国へ続いている地下通路が作られていたという調査報告は一つも上がっていません!」
一年前に調査しなかったのなら今調査しても遅いと思うが……
それでも今回の調査で樹の国へはアリの巣が伸びていないのを確認してるってことか。じゃあカイベルが言った樹の国へ侵入されてるってのは間違ってる? カイベルに限ってそんなはずは……
「周辺だけでなく広範囲を調査しましたか? 数十キロ単位で遠く離れた場所とか」
「す、数十キロ……? ジャイアントアントの巣はそこまで広範囲に及ぶのですか?」
「例えば主要コロニーとは別のところに食糧庫がありそこから伸びている、なども考えられます。普段は通路を塞いで食料が減って来た緊急時のみ再接続すれば、調査時期によっては主要コロニーと繋がっていないと誤認させることができたかもしれません。アリは道しるべフェロモンで道順を把握するので、例え長距離を塞いだとしても再接続も容易でしょう」
「今まではここまで大規模な異常発生が起こる前に駆除していましたし、そこまで広範囲に及んでるなんて考えもしませんよね……」
「き、樹の国に既に侵入……? ……いや、しかしカイベルさんの想像の話ですし……」
と、アスタロトが自身に言い聞かせるように呟いたが、カイベルがこれを口にしたってことは、アリたちが樹の国に侵入してるのは確定なんだよね……
他国に侵入されていると聞いて、明らかに焦りが大きくなった。
帰ったら調査するよう念を押しておくか。
「もう一度土の精霊に調査してもらって、食糧庫の存在の有無も確認しておいた方が良いんじゃない?」
「確かに……憂いは絶っておきましょう。城に戻ったらすぐに調査させます」
きっと憂いは増えてしまうだろうけど、知らずにいるよりはずっと良い。
「は、話を戻します! 働きアリを働かせずに、女帝自身が狩りをして養うなど……そんな面倒なことを本当に女帝がするのですか? アリの生態に反していると思います! 本能で動く虫がそんな行動をするとは思えませんが!?」
そう! この部分が一番信じられない。計画に向けて働きアリを温存しておくために、女帝が養うって……
働きアリを養う女王なんて聞いたこともない。
「“可能性の一つ”としてお考えください。相手は『暴食』を継承して知恵を付けたと思しきアリです。もし女帝に亜人と遜色ない思考能力が備わり、信念に沿った目的があればそういった我々の予想しない行動を起こすことも可能性としてゼロとは言えないのではないでしょうか?」
「………………確かに今回の件で大罪の謎な部分が増えてしまいましたし、可能性はゼロではないですが……ただ、やはり女帝蟻が働きアリを養うというのは……どうも信じられません……」
「では次の“可能性の一つ”を提示をします。食料も何も地上の生物だけとは限りません。仮に亜人に見つからないように地上に出ないことを厳命されていたとしても、地中にいるものを狩って食べれば良いのです。そうすれば働きアリでも食料を調達できます」
「地中の生物で? 確かに普通サイズのアリであれば食料は豊富かと思いますが……ジャイアントアントほどの巨大生物が昆虫程度の大きさで満足できるのですか?」
「地中にはジャイアントアントほどではないにせよ、多少大きめの虫もいます。我々の手の平大の虫もそれなりに存在しますので、その程度の大きさでも十分に彼らの食糧となるでしょう」
えぇ……この世界、巨大生物多過ぎでしょ……アリ以外の虫までそれなりに巨大って……
「更に言えば、彼らは非常に燃費の良い身体構造をしています。あの巨体にもかかわらず大人の亜人の腕一本ほどを食べれば一週間飲まず食わずで活動が可能なようですから、大群を養うにもそれほどの食糧を必要としません」
「それも論文から?」
「はい」
あの巨体なのに腕一本で一週間保つのか? 人間の比じゃないくらい燃費が良いじゃないか! (※)
(※燃費が良い:とある話によると百匹の小型種のアリが居たとして、一滴落とした液状の餌ですら過剰な量の場合があるそうです)
「また、アリは自給自足することでも知られています。栽培できる植物、または畜産できる生物がいるのなら自分たちで食料を育てることもします。更に、彼らは雑食性です。植物も捕食対象ですので、巨大植物や果物の多いユグドの大森林は食料調達の場としても打ってつけでしょう。そこまで穴を掘ってしまえば亜人に見つからないように食料を供給するのは十分可能です」
う~ん……大群でも隠す方法は色々あるのね。
ユグドの大森林を歩いた時、遭遇しなくて良かったわ…… (『第13章 樹の国ユグドマンモン探検偏』参照)
「……あなたの語ったこと全てが私たちの知るジャイアントアントの生態とあまりにかけ離れ過ぎていてそれをそのまま受け入れるには無理があります。想像力は素晴らしいですが、現実的とは到底言えません」
カイベルが言うからには、この通りのことが起こってるのだろうが、私が聞いてもこんなことは信じ難い。
ましてや今日、カイベルとほぼ初めて言葉を交わしたアスタロトに信じろというのも……
でも――
「アスタロト、“可能性の一つとして考えて”って言ってるのに、それを無理にでも弾こうとするのは現実逃避ではないの?」
「うぅ……」
確かに自身の国で発生したジャイアントアントが他国に迷惑をかけることになると考えると、多大な責任を負わなければならないのかもしれないが、だからと言って責任放棄できる立場でもない。
「で、では、やはりベルゼビュート様もユグドの大森林に足を延ばしていると考えているのですか?」
「カイベルと同意見かな。ヴィントルの一年前の不穏な動きが仮にジャイアントアントだったとしたら、隣接してる樹の国に行ってないはずがないと思うし」
「やはり……そう思いますか……」
カイベルの意見を頭から否定しようとしていたのに、随分と信じる方へ傾いているようだ。
他国へ流出させている可能性を聞いて、大分落ち込んだように見える。
「じゃあ、私から質問するんだけど、カゼハナの巣穴から流出が始まって現在で二週間。現状でもアリが出続けてるって聞いたけど、あなたはなぜ出続けてると考えてるの? 温存説は否定的なのよね?」
「そ、それは……やはりカゼハナの巣穴で産み出し続けているとか……?」
「それはジャイアントアントの成長時間を考えても無理なんじゃない? さっき言ってたことに依れば、成体になるまで二ヶ月はかかるって言うし、倒したアリは古い個体も多くいたのよね?」
「確かに……」
「カイベル、卵が産み出されて、孵化まではどれくらいかかるの?」
「二週間ほどです」
「成体になるまで二ヶ月半。湧き出してからまだ二週間。それで今のアリ駆除数はどれくらい?」
「正確な数は聞いていませんが、八百から千匹に近い数と」
「二ヶ月半前に生まれたばかりのあの巨体が、既に千匹近く駆除されてるのに、なお流出が衰えないのだから、次々産み出してるという説も当たらないと思わない?」
「そうすると、やはり予め用意されていた集団だということになりますね……」
「発生の過程はどうあれ、ここからは建設的な話をしましょう。少々休憩を挟むのが良いかと思います。お茶を煎れ直してきます」
そう言うとカイベルはみんなのティーカップを回収してキッチンへ引っ込んで行った。
◇
追いかけて小声で聞いてみた。
「……今アスタロトに語ったことって全部事実……?」
「……はい、大部分はそうです。ただ、食料となる部分は多少脚色しています。女帝が養うと言いましたが、それもほんの最初の頃だけで、その後は自給自足とユグドの大森林への遠征収穫が主です。それとアクアリヴィアでジャイアントアントの論文を読んだというところは丸々嘘です……」
それは私も分かってるが……
「……亜人を狩って食べてるって部分は……?」
「……それは本当です。ユグドの大森林で行方不明になった方々の何人かは女帝、または働きアリによって連れ去られ、食料にされています。また、近隣の住民の行方不明になっている何人かも同様に……」
うわぁ……聞かない方が良かったわ、コレ……
「……アリの前に継承者が沢山居たって話も……?」
「……はい、前代ベルゼビュートの次の宿主は蝶です。その後、芋虫、毛虫、ハエ、クモなど、虫を中心にごく狭い範囲で二十四年間で四百九十四の生物を経た上で、最終的にジャイアントアントの女帝に宿りました。当時は大体二日に一回くらい宿主が変わってますね。その間にハエや蚊など亜人の身体の一部を食べる虫に宿ったことがありますが、亜人の肉を食べたり血を吸ったりする前に捕食されています。全部お教えしますか……?」
「いや、要らない」
そんなに出たり入ったりを繰り返してたのか……
ベルゼビュートにして象徴的なハエまで混じってるし……
何と言うか……この二十七年間の『暴食』の大罪の苦労が垣間見える……
「……じゃあ伝達が上手く行かずに継承できなかったって話も本当ってこと……?」
「……はい。ですので女帝蟻と『暴食』との相性は最悪です。なので幸いなことに大罪を継承したことによる特有の飢餓感もあまり感じていないのではないかと。亜人たちを食い荒らされる心配は無いでしょう……」
攻撃されるのは仕方ないとして、無闇やたらに食べられるようなグロい展開は少ないってところか。
大罪との相性が良ければ本人や周りにとって害、相性が悪ければ本人や周りにとって得ってところが、この性質の厄介なところよね……ややこしい!
「……とは言え、相手は普通に亜人を捕食する生物ですので、全く無いわけではないことをご留意ください……」
ですよね~……じゃあ不意のグロい展開も覚悟しておかないといけないわけか……
「あ、そうだ! そういえば何で前々世のベルゼビュートから蝶に渡ることになったの?」
仮に周りにヒトがいるところで死んだのなら、蝶に継承されるはずがないし……
「禁則事項に抵触するためお答えできません」
「これも!?」
「ご本人様にお会いした時にお聞きください」
だからそのご本人って誰なのよ……
と思ったが、粘ったところで答えは聞けないだろうし、諦めてカイベルより先にダイニングに戻る。
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