上 下
792 / 1,254

791 カシレロの血

しおりを挟む
「はぁ、はぁ・・・痛ッ・・・まったく、思ったよりもえげつない技だな。リコ・ヴァリンめ、涼しい顔で撃ったくせに、こんなに反動があるのか」

小刻みに震える右手を押さえる。
手にしているガラスのナイフは、元々は暗殺用の武器であり、標的を一撃で仕留める事を前提に作られているため、耐久力は非常に低い。
地面に落としただけでも割れてしまいかねない程だ。

高い攻撃力、そして相手が武器を視認し辛い点は評価できるが、レイチェルのように相手と正面からぶつかり合うタイプには、使い辛い武器である事は否めない。


右手の握力があやしいと感じたレイチェルは、ガラスのナイフを左手に持ち代えた。
骨が折れているとか、内出血を起こしているなど、右腕を損傷したわけではない。
だが、真空を生み出す程の威力を発するナイフの力に、レイチェルの腕が耐えきれず痙攣を起こしていた。時間が経てば自然と治まるだろうが、それでもこの戦闘中に回復する事はないだろう。


真空波を使ったのは、今回が初めてだった。
実践でいきなりの使用は危険だと思ったが、ロンズデールでリコ・ヴァリンと戦い、身をもって真空波を味わった経験から、その威力の高さに試し撃ちをするにしても場所を考えなければと、つい後回しにしてしまったからである。

「忙しいからって、自分に言い訳した結果だな。まったく反省だよ」

ここまで反動が強いのであれば、気休めでも回復薬を持ってきておくべきだった。
突然の暴徒の知らせに、満足に準備をせずに飛び出した事も、うかつだったとしか言えない。

周りにはいつも口うるさいくらいに注意している事だが、いざ自分ができていなかったものだから笑い話しにもならない。

「まぁ、私の反省はあとにしよう。何にしても期待以上の威力だった、これで死んでてくれると有難いのだがね・・・」

今も小刻みに震える右腕を隠すように、右半身は一歩後ろに引く。
左手に持ったガラスのナイフを順手に持ち、前方に刃先を向けて構えた。

真空波による衝撃の余波は今だ治まらず、舞い上がった土煙によって視界は塞がれ、カシレロがどうなったかはまだ確認ができていない。

だがレイチェルの勘が言っている。まだ戦闘は終わっていないと。


「いやぁ~~~、ビビったビビった!まさかよぉ、リコのガラスの剣を持ってるなんてなぁ、しかも真空波まで使えるのかよ?オメェ何者だよ?」

土煙の中から聞こえてきたのは、場の緊迫感に合わない笑い声。
砂利を踏み鳴らす音と共に、金の短髪の男が口元に歪んだ笑みを浮かべて姿を現した。

「あれで終わってくれると楽だったんだがな。結界は破壊したと思ったが、よく耐えたな?」

まだ戦闘は終わっていない。
そう判断し構えていたレイチェルには、仕留められずにカシレロが姿を見せた事への動揺は無かった。
だが、真空波が結界をひしゃげたところは視認できた。それだけの破壊力の攻撃を受けて、カシレロが無傷だった事には少なからずの驚きがあった。

「くっくっく、すました顔してるが、ちょっとは驚いてるみてぇだな?いいだろう。教えてやる。テメェの真空波は確かに俺の結界を破壊した。それで威力が半減しても、真空波をまともに受けりゃあ俺は死んでるわな。けどな、俺は結界が破壊された瞬間に、新しい結界を張ったんだよ。それで真空波を耐えきったってわけだ。まぁ、張り直した結界も破壊されて、ちょっとばかし喰らったちまったが、かすり傷程度だ」

顎に手を当て、ニヤリと笑う様は、カシレロが精神的にレイチェルより優位に立ったと印象付けた。
深紅のローブ、中に着ている白いシャツが所々裂けてはいるが、めだった外傷は無い。
カシレロの言うとおり、肉体的なダメージはかすり傷程度なのだろう。

だが、レイチェルはカシレロのダメージよりも、別の部分に驚かされ、僅かに目を開いて疑問をそのまま口にしていた。

「・・・結界が破壊された場合、もう一度張るには少なからず時間が必要だったはずだ。あのタイミングで張り直したというのか?」

レイチェルの問いは、カシレロは顔に浮かべた笑いを、さらに大きくして口を開いた。

「ふはははは!体力型のくせによく知ってるな?そうだ。普通はあのタイミングじゃ間に合わねぇよ。けどな、それは普通ならって話しだ。俺は帝国軍の青魔法兵団の団長、ジェリメール・カシレロだ。俺だから間に合ったんだよ!うはははははは!」

両手を広げて、自分の存在を見せつけるように高笑いを上げるカシレロを前にして、レイチェルの額を一筋の汗が流れ落ちた。


まいったな・・・
こいつチャライ見た目や軽薄な態度からは、想像できないくらい強い。
左手も犠牲にすれば、真空波はもう一発撃てるが、それでこいつを倒せるかって言うと微妙だ。



形勢は不利だ。それは認めなければならない。
だが、カシレロとて消耗はある。
軽い調子で話しているが、カシレロのやった事は離れ業だ。
短時間で結界を二度破壊された事も、相当な魔力を消耗したはずだ。


「・・・ケリをつけようか?」

レイチェルの目に力が入る。
体から発せられる気は空気を震わせ、カシレロの体にビリビリとしたプレッシャーを与えた。

「ふはははは!いいねぇ・・・本気ってヤツか?よし、俺も見せてやるよ・・・」

カシレロは白いシャツの胸ポケットから、小さな折り畳みナイフを取り出すと、自分の左腕を切り付けた。

「なに!?・・・お前、何を?」

カシレロの行動にレイチェルが驚きを見せると、カシレロは舌を出して嘲笑った。

「これが俺の魔道具、|血巣蟲《ちそうちゅう《だ。光栄に思えよ。俺はこれをめったに使わねぇんだ・・・」

地面に落ちたカシレロの血は、一滴一滴がうごめいて、羽の生えた蟲、するどい牙の蟲、何本もの足と棘のある蟲、様々な蟲へと姿を変えた。そしてその全てが血の赤の色をしていた。


「くっ、なんだそのおぞましいものは!?」

レイチェルは思わず顔を引きつらせた。
目の前のあまりにも気色の悪い蟲達、そしてそれを生み出すカシレロへの不快感が全面に出た。

「なんでめったに使わねぇと思う?」

レイチェルの反応を楽しむように、カシレロはニヤニヤと笑っていたが、ここでギラリと目を光らせた。

「仲間にもえぐいって嫌われてっからだよ!」

左手を振るうと血で生み出された赤い蟲達が、一斉にレイチェルへと向かい走り出した!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

処理中です...