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790 譲り受けた武器と技

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ジーンの研ぎ糸は、ジャーマルの頭部をバラバラに切り刻んだ。
ボタボタと血をまき散らしながら地べたに落ちた肉片は、黒い瘴気となり風に流されるように消えていった。

頭を失ったのだから、普通はこれで終わりだと考えるだろう。
だが残った首から下の胴体が、手を付いて起き上がり、ジーンとジャレットに体を向けたのだ。

「・・・おいおい、本当に気持ち悪ぃな。なんでこれで生きてんだ?」

「レイチェルがこいつと戦った時は、頭だけ残して、胴体はバラバラにしたと言っていた。僕は頭が急所だと思ったんだけど、そうでもないみたいだね・・・本当に不死身なのかな?」

青い髪を掻き上げて、ジーンは観察するように頭部の無いジャーマルを見る。

「ジー、こいつの頭を見て思ったんだけどよ、こいつはある程度の小ささに斬られたら、瘴気になって消えるんじゃないか?残ったその体もバラバラにしてやったらどうだ?さすがに体全部が消えちまえば、どうしようもないだろ?」

黒い瘴気となり風に消えた頭、そして残った胴体を見比べていたジャレットは、思いついたと言うように一本指を立ててジーンに言葉をかけた。

「なるほど、それもそうだね。全身を消滅させればいいわけだ。じゃあ早速・・・!」

同意してジーンが、両手首のバングルから研ぎ糸を射出しようと構えると、空から破壊の魔力を秘めたエネルギー、無数の爆裂弾が降り注いだ。

「ジャレット!」

ジーンはジャレットの前に飛び出すと、瞬時に青く輝く結界を張り巡らせる。
その直後、何十発もの爆裂弾がジーンの結界に着弾し、それに伴う爆音が鳴り響く。

「チッ、新手か!?」

「ジャレット、どうやら懐かしい顔がもう一人のようだよ」

空を見上げるジーンにつられるように、ジャレットも顔を上げると、かつてレイジェスを襲ったもう一人の男が宙に浮いていた。

深紅のマントを風になびかせる、左の耳が無いその男は、ジャーマルの兄、ジャームール・ディーロ。
右腕で頭の無いジャーマルの体を抱えて、上空からジーンとジャレットを見下ろしている。


「へっ、こりゃまた、いつぞやと同じだな?弟を助けるために兄ちゃんがまた尻ぬぐいかよ?」

ジャレットの挑発にも、ジャームールは表情を変えなかった。
ジャームールはすでに撤退を選んでいる。弟を回収し、このまま帝国へ戻る事を決めた以上、挑発に乗って二人を相手に戦うという選択は無い。ゆえに何を言われようが、感情を揺らす事は無かった。

「・・・我らの役目は終わった。これ以上戦う必要はない。近いうちにお前達とも決着を付ける事になるだろう。急ぐ事もない・・・」

表情は変わらなかった。
何の感情も乗せず、淡々と言葉を口にしている。
しかしその目は、決して二人を忘れないと告げるように、強い復讐心を秘めて見ていた。
殺し屋として仕事に徹し割り切ってはいるが、弟を痛めつけられて、怒りを感じていないわけではないのだ。


「逃げるの?案外憶病なんだね」

「・・・・・」

あからさまとも言えるジーンの言葉にも、ジャームールが怒りを見せる事はなかった。

だが、短い時間ではあったが、ジャームールとジーンが交わした視線で、何かしらの意志は見せあったようだった。

ジャームールは結局口を開く事は無かった。
そしてそのまま空中で身を翻すと、最後に一瞥だけを置き土産にして、ジャーマルの胴体を抱えて飛び去った。


「・・・行かせてよかったのか?」

「うん、研ぎ糸を飛ばすには距離もあったしね。それに、ほら・・・さっきの爆裂弾でめちゃくちゃだよ。これ以上町を壊されたくない」

ジャレットに見せるように、ジーンは周囲に手を向けた。

ジャームールが空中から撃った何発もの爆裂弾で、石畳は広範囲に渡って吹き飛ばされ、下の土が抉れ飛び散っている。街道の花も爆発で焼かれ、赤や黄色の色とりどりの美しかった花弁は、炭となり散り落ちていた。


「・・・あぁ、そうだな。胸糞悪いぜ・・・」

苛正し気に舌を打つジャレットに、ジーンは落ち着いた口調で声をかけた。

「うん、僕達の町をこんなにふうにして、絶対に許せないよ・・・ジャレット、他のみんなが気になる、行こうか」

ジーンの声に含まれる冷たい響きに、ジャレットはジーンの静かな怒りを感じた。

「ああ、そうだな。他にも帝国の幹部クラスが来てるかもしれねぇし、行ってみるか」


二人は目を合わせて頷くと、通りを走り抜けた。





「無駄だ無駄だ!何度やっても俺の結界は崩せねぇよ!」

青く輝く結界を隔てて、カシレロはレイチェルを嘲(あざけ)笑った。
幾度蹴りつけられようとも、カシレロの結界にはヒビの一つも入らない。自分の絶対的有利な立場に、カシレロは勝利を確信していた。


「・・・・・まいったね、堅すぎる」

最後に一度、全力で蹴りつけてみたが、まるで壊れる気配がない結界を見てレイチェルは足を下ろした。
両手を腰に当てて、結界を前にどうしたものかと首を捻る。
連続攻撃を繰り出したため、少なからず息が上がり、額から汗が流れ落ちる。
だがその表情には、手の打ちようがないという焦りはまるで見られなかった。

「ふはははは!さぁ、どうする?まだなにかあるんなら、遠慮せず出してみろよ?」

自分が有利だと確信しているカシレロは、レイチェルの余裕に気付かない。
そして少なからずレイチェルから疲労を感じ取り、カシレロはそろそろ攻撃に回るかと考え始めていた。

「・・・そうだな、打撃でお前の結界を破壊するのは、難しいって分かった。私も本気を出すとしよう」

「なに?」

あっさりした調子で言葉を返すレイチェルに、カシレロは眉間にシワを寄せる。

レイチェルは腰に下げている二本のナイフの、一本に手をかけた。
それはいつも愛用しているダガーナイフではない。

愛用のダガーナイフより少し長いが、剣と言うにはやや短い。
黒い鉄の鞘に入っているソレを、レイチェルは気を使った様子で取り出した。

「・・・ふぅ、まだこいつに慣れてなくてね。なにせ強度は弱いから、鞘から抜くのも気を使ってしまうんだ。待たせたようで悪かったね。じゃあ続きといこうか」

「あ?・・・なんだお前?なんだ?柄だけ?・・・いや、何かあんのか?」

レイチェルが鞘から引き抜いたソレを、カシレロはすぐには視認できなかった。
一見すると黒い柄だけを握っているように見える。だが、太陽の光が柄の先で反射して、レイチェルの持つそれが透明で、限りなく薄い物だという事に思い当たった。

そしてそれは、帝国軍の師団長であるカシレロは、知っている物でもあった。


「な!?ま、まさか!?・・・いや、そんなはずは、形が違う!だが・・・テ、テメェ、それ!それはまさか・・・!?」


カシレロは動揺を隠しきれなかった。

あの女がロンズデールで戦死した事は報告を受けていた。
そして船が沈没した以上、あの女の武器が今更出て来るはずはないのだ。

しかし、どう見てもあの女・・・リコ・ヴァリンの武器にしか見えないソレを持っているレイチェルに、カシレロは思わず大声を上げた。


「なんでテメェがガラスの剣を持ってやがんだァー----!?」


「私がリコ・ヴァリンを倒したからだ。これは彼女からの貰い物だよ」

涼しい顔で言葉を返したレイチェルは、右手に持ったソレを逆手に握り、背中が正面に向く程、腰を右に大きく捻った。

「なにッツ!?テ、テメェ、それはまさか!?」

体を大きく捻った構えに、カシレロは目を見開いた。


「それと、一つ訂正させてもらおう。これはガラスの剣ではない。今はガラスのナイフだッ!」


左足を一歩大きく踏み出し、可動域の限界まで右に捻った上半身を、今度は左へと思い切り回して右手を振りぬいた!

その瞬間、全ての音が消えた。

ガラスの剣は、振れば衝撃波が出せる。それは振るう力によって威力が増大するというものだった。
そして、かつてガラスの剣の持ち主だったリコ・ヴァリンは、人体稼働の限界まで体をのけ反らせて、ガラスの剣を振るうという必殺技を持っていた。

それはガラスの剣の衝撃波が、ある高い水準を超えて、周囲を無音にする程の真空状態を作り出し、それを相手にぶつけると言う凄まじい技だった。

その名も真空波(しんくうは)


本物だ!
カシレロが声にならない叫びをあげた時、青く輝く結界はグシャリと大きな音を立てて、押し潰されるように崩壊した。
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