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37 給仕係

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いつものしけったパンと、味の無いスープが運ばれてくる。
俺は足元に置いている少し先の尖った石で、壁に正の字を一画だけ刻む。正の字は1つ完成し、今は2つ目の2画目なので、俺が幽閉されて7日が過ぎた事になる。

給仕には治安部隊の見習い隊員で、エルウィン・レブロンという、12歳の少年が来る。
日本で言えば、中学1年くらいの計算だ。
少し短めの無造作にフワっとした金色の髪が特徴的で、いつもニコニコと口元に愛嬌のある笑みを浮かべている。

鍛えているのは体つきを見れば分かるが、身長は150cmあるかないかくらいで、最初に年齢を聞いた時は、こんな子供でも国のために働いているんだなと、なんとも言えない気持ちになった。

俺に興味があるようで、食事が終わるまでの間、俺の反応が有る無しに関わらず一人で勝手に話していく。

どうやら、フェンテスのナイフを止めた事が噂になり、それで俺に興味を持ったようだ。
幽閉されている男に対して、アラタさんと、さん付けで呼んできたのは驚いた。

「なぁ、エルウィン、いつも思うんだけど、なんで俺にそんな丁寧に話すの?俺は囚人で、お前は治安部隊の隊員だろ?他の連中なんか、そもそも話しかけてこないし、なんかある時は、そりゃもうひでぇ態度だぞ」

疑問に思っていた事を口にすると、エルウィンは目をパチクリさせ、それもそうかと独り言ちた後、ニカっと歯を見せて笑った。


「いいじゃないですか別に。他は他、俺は俺です。俺、アラタさんの噂聞いて、スゲーなって思ったんです。フェンテスさんて、隊の中で5指に入る程強いんですよ。ナイフ捌きだけなら、マルコス隊長と互角じゃないかってまで言われてるんですから。そのフェンテスさんのナイフ止めたなんて、俺尊敬しちゃいましたもん!」

「向こうも本気じゃなかったし、俺の動きを抑え込むだけの威嚇みたいなもんだったからな。尊敬なんて大げさだぞ」

流し気味に答えるが、そんな事ないですと、エルウィンは憧れのヒーローでも見るような目で俺を見る。

「アラタさんって、こないだのディーロ兄弟の襲撃の時と、そのニカ月前にも、暴徒を素手で倒したって聞いたんですけど、なんで武器を使わないんですか?」

パンをかじっているが、エルウィンはお構いなしに話しかけてくる。

「・・・まぁ、オレの武器はこの拳だからな。それに、剣やナイフは使った事がないんだ。今から半端に覚えるより、俺はこの拳だけでやっていこうと思う」

自分の拳を見つめながら話すと、エルウィンは、カッケーと呟き、またキラキラとした目で俺を見てくる。

「ご馳走様。じゃあそろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

俺は空になった器をトレーに置いて、エルウィンに差し出した。器を受け取ったエルウィンは、じゃあまた明日、と言って背中を向けたが、何か思い出したように足を止め振り返った。

「そうだ、アラタさん、赤い髪の女の人知ってます?なんか昨日ここに来て、アラタさんに面会を求めたらしいんですよ」

赤い髪?レイチェルだ!勢いよく顔を上げた俺の反応に、エルウィンは察しがついたようだ。

「あぁ、やっぱりお知り合いだったんですね。入口でうちの補佐官のアローヨさんと結構激しくもめたみたいですよ。もめたって言うか、やりあったってのが正解ですね。知らない人も結構いるんですけど、実はマルコスさんが隊長になってから、囚人とは面会禁止になったんですよ。あ、アラタさんの事、俺は囚人って思ってないですよ?でも面会禁止って言葉だけじゃ納得してくれなくて、結構追い返すのに苦労したって愚痴言ってました」

レイチェルが来たのか。もう一週間だ。心配かけてるな・・・しかし、やりあったのか・・・ディーロ兄弟の時に思ったが、レイチェルは実は血の気が多いのではないだろうか?怪我がなければいいのだが。

会う事はできなかったが、来てくれたという事が俺に元気をくれた。
少し口元が緩んだのだろう。エルウィンは目を少し開いてマジマジと俺の顔を見てきた。

「アラタさん、ちょっと笑ってますね?へぇ~、初めてみたな。あの、俺なんか力になれる事あります?」
「ん?どういう事だ?」

問い返すと、エルウィンはあらたまった口調で話した。

「俺、この一週間アラタさんと話してて、だいたいの事情は分かったつもりです。アラタさんと、レイジェスの皆さんはディーロ兄弟を追っ払った訳じゃないですか?それなのに、素性が分からないってだけで、ここに閉じ込めるのはおかしいですよ。ここから出すのは俺にはできませんが、なんか他の事で、できる事あったら力になりたいなって思ったんです」

エルウィンの言葉はきっと本心からだろう。裏の無い真面目な顔つきをしている。
自分をここに閉じ込めている治安部隊の一員なのに、つい気持ちを許してしまいそうになる。

「・・・いや、余計な事をしてマルゴンの気に障ったら、お前が罰を受ける事になるんじゃないのか?
気持ちだけで十分だ。ありがとう」

「・・・分かりました。でも、なにかあったらいつでも言ってくださいね」

そう返事をすると、エルウィンは今度は足を止めず、独房を出て行った。
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