「結婚しよう」

まひる

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第十章

≪Ⅹ≫願いを一つだけ【1】

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 ゆっくりと意識が浮かび上がります。
 シャッ──シャッ──シュッ。
 静かに何かを削っているような音が聞こえました。
 目を開けて音の発生源を確認してみると、それはどうやらベンダーツさんのようです。こちらへ背を向けているので詳しくは分かりませんが、清々しい樹木の匂いがしました。
 彼は今、何かの作業をしているようです。

「何を……されているのです?」

 私は驚いて手元が狂ってしまう事のないようにと配慮し、静かに声をかけました。
 そして周囲を見回して、私達がまだ精霊さんの結界にいるという事が判明します。更に相変わらずな事ですが──いつのにか寝袋の上に寝ていた私でした。
 更に私は、ヴォルの義手取り外し作業後の記憶がないです。空の明るさから見ても今は朝で、黄昏時の作業直後に寝てしまったようでした。
 寝落ちスキルが急速に上がっている残念感に、私は内心でうちひしがれます。しかしながら隣にヴォルが横になっていたので、彼が寝かせてくれたのだと推測しました。
 本当に申し訳ないです。あの処置の後ではヴォルも大変だった筈で、無理をさせてしまったようでした。

「あぁ。起きたの、メル。しっかり休めたかな。……ん?あ、これはヴォルの新しい義手だよ」

 首だけ振り向いたベンダーツさんでしたが、私の疑問が手元にある事に気付いたようで説明してくれます。
 その手には確かに手の形をした木材が握られており、ベンダーツさんのもう一方の手には小さなナイフがありました。──どうやら、完全手作業で加工をされるようです。

「手作りで驚いた?」

「あ、いえ……はい」

 笑顔を浮かべるベンダーツさんへ誤魔化す事もおかしく、私は素直に頷きました。

「こういうのはそれぞれ特注品だからね。個人に合わせないとならないから、大量生産で一気に加工とはいかないのさ」

 そう言って、仕上がりつつある指の一本一本を並べて見せてくれます。
 それは関節ごとに区切れていて、稼動に問題がないように考慮された細やかな細工がなされていました。実際にそれら単体を見るだけでは動くとも思えないのですが、前の義手も手袋をしていたら普通の腕と遜色のない動きが可能だった筈です。
 今目にしているのはただの木材ですが、これがいずれヴォルの手となるのだと思うと違った感動が胸を満たしました。

「この木材は、前のと違って魔力を吸い取りはしないんだ。でも魔力所持者用の義手製作にもちいる特殊木材の一つで、魔力を流す事が出来るんだよ。やっぱり非能力者用の義手じゃ、動きがいまいちだからねぇ」

 削りあげた手首を持ち上げ、仕上がりを確認しながらベンダーツさんが告げます。
 どうやら義手に使う素材によって、様々な善し悪しがあるようでした。その中から最良の物を選び、作り上げる──ベンダーツさんが職人さんと同じ事の出来る人で、とても良かったです。

「ありがとうございます、ベンダーツさん」

 私は半身起き上がり、深く頭を下げながらお礼を言いました。

「何さ、今更。俺ってかなり便利屋さんしてるけど、これは全て我があるじの為だからね。つまりは仕事。俺、従者だし?」

 そう言いながら、おどけてみせるベンダーツさんです。
 けれどもその横顔は柔らかく、手元の義手に向ける視線は温かく感じました。

「俺はヴォルをあるじとして決めたから、今までずっとつかえてきたんだ。まぁ、本人には最近まで認められていなかったけど……。それでも、従者として従事じゅうじする事は俺の矜持きょうじだからね。……ふふふ。言葉遊びみたいでしょ?」

 ニコッと笑みを浮かべ、ベンダーツさんはこちらへ向けていた視線を再び手元に視線を落とします。
 その楽しそうな様子に、私はからかわれているのかと思ってしまいました。けれどもベンダーツさんの本心のようにも聞こえますし、表情も穏やかなのでこのままで良い事にします。
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