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第十章
9.これはもう動かない【5】
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続けて発せられた音に、私は涙の浮かんだままの瞳を見開きました。
ミシミシ──。ギシギシ──。ブチブチ──。
人の身体から発せられたとは信じがたい、有り得ない音が続きます。発生源は勿論ヴォルの左肩でしたが、何故そのような異音が聞こえるのか理解が追い付きませんでした。
〈ぅわ~、痛そうだねぇ〉
頭の中に精霊さんの声が聞こえます。
私の視界には、ヴォルの左肩から噴き出す赤黒いものが映っていました。
プシュ、プシュ──と一定の規則に基づく放出を繰り返しながら液体が流れ出します。そして──。
ズルリ──。
そんな音が聞こえたかどうかは定かではありませんが、赤黒く染まった──何か長い筋状の束がヴォルの肩から引き抜かれました。
同時に勢い良く噴き出す赤。
手早くベンダーツさんが消毒として濃度の濃いお酒を掛けて洗い流し、止血の為の薬草を傷口に当てます。
その間、ヴォルは何も発しませんでした。それでも肉体は正直で、明らかに苦痛を感じているのが分かる程発汗しています。
私は耳鳴りがしていましたが、身体は自然と近くにあった清潔な布をとって彼の額の汗を拭っていました。
そしてベンダーツさんによってその傷口に厚い布が当てられ、細く裂いた別の布が幾重にも巻かれます。
「これで良しっと。とりあえず、この結界の中ならすぐに治癒されるだろうと思うけどね……って!」
安堵の息をついたベンダーツさんの言葉が、途中で驚きに途切れました。
私は耳鳴りが酷く、あまり周囲の音が聞き取れません。
〈良く頑張ったねぇ〉
精霊さんの声が聞こえたような気がします。
しかしながら、私の意識はそこで途切れてしまいました。
「……本当に、良く頑張ったねぇ。最後までちゃんと見ていたもんね、メル。俺、見直しちゃったなぁ」
感嘆の声を漏らすベンダーツ。
俺は崩れ落ちるように意識を失ったメルの身体を右手一本で受け止めるが、血液不足の為か情けない事に僅かにふらつく。
「あ、寝袋を用意しておいたから。ここにメルを寝かせたら、ヴォルも少し休むと良いよ。次の治療の為に体力を回復させてもらわないとならないしね。あ、俺が彼女に触れて良いなら……って、そんな状態でも許可する訳ないよねぇ。うん、知ってる」
ベンダーツの声に振り向くと、用意周到な従者は寝具の用意まで整えていた。
自身も今の治療行為で疲れている筈なのだが、ベンダーツは少しも態度に表さない。精霊の回復結界でも、精神力は戻らないのにだ。
後半ふざけた事を口走っていたが、視線を向けただけで勝手に話を締め括る。両手を軽く上げて無抵抗の意思表示をするくらいなら、そんな軽口は叩かなければ良いのだ。
「…………ありがとう」
それでも精神的にも肉体的にも余計な事を言う余裕がない俺は、短く礼だけ告げる。
そしてメルを抱き寄せて立ち上がるが、寝具の場所までの二、三歩すら身体が悲鳴を上げる体たらくだった。
やっとの事で寝袋を広げた上にメルを静かに横たえたが、既に限界が来ている俺はその隣に倒れ込むように身体を伸ばす。
それだけで全身が軋んだ。左肩は最早感覚がないが、ただただ熱い。
「おやすみ、ヴォル。お疲れ様でした」
穏やかなベンダーツの声が聞こえた。
だが俺はそれへ返す事すら出来ず、意識が落ちる。これ程までに疲弊したのは久し振りだった。
ミシミシ──。ギシギシ──。ブチブチ──。
人の身体から発せられたとは信じがたい、有り得ない音が続きます。発生源は勿論ヴォルの左肩でしたが、何故そのような異音が聞こえるのか理解が追い付きませんでした。
〈ぅわ~、痛そうだねぇ〉
頭の中に精霊さんの声が聞こえます。
私の視界には、ヴォルの左肩から噴き出す赤黒いものが映っていました。
プシュ、プシュ──と一定の規則に基づく放出を繰り返しながら液体が流れ出します。そして──。
ズルリ──。
そんな音が聞こえたかどうかは定かではありませんが、赤黒く染まった──何か長い筋状の束がヴォルの肩から引き抜かれました。
同時に勢い良く噴き出す赤。
手早くベンダーツさんが消毒として濃度の濃いお酒を掛けて洗い流し、止血の為の薬草を傷口に当てます。
その間、ヴォルは何も発しませんでした。それでも肉体は正直で、明らかに苦痛を感じているのが分かる程発汗しています。
私は耳鳴りがしていましたが、身体は自然と近くにあった清潔な布をとって彼の額の汗を拭っていました。
そしてベンダーツさんによってその傷口に厚い布が当てられ、細く裂いた別の布が幾重にも巻かれます。
「これで良しっと。とりあえず、この結界の中ならすぐに治癒されるだろうと思うけどね……って!」
安堵の息をついたベンダーツさんの言葉が、途中で驚きに途切れました。
私は耳鳴りが酷く、あまり周囲の音が聞き取れません。
〈良く頑張ったねぇ〉
精霊さんの声が聞こえたような気がします。
しかしながら、私の意識はそこで途切れてしまいました。
「……本当に、良く頑張ったねぇ。最後までちゃんと見ていたもんね、メル。俺、見直しちゃったなぁ」
感嘆の声を漏らすベンダーツ。
俺は崩れ落ちるように意識を失ったメルの身体を右手一本で受け止めるが、血液不足の為か情けない事に僅かにふらつく。
「あ、寝袋を用意しておいたから。ここにメルを寝かせたら、ヴォルも少し休むと良いよ。次の治療の為に体力を回復させてもらわないとならないしね。あ、俺が彼女に触れて良いなら……って、そんな状態でも許可する訳ないよねぇ。うん、知ってる」
ベンダーツの声に振り向くと、用意周到な従者は寝具の用意まで整えていた。
自身も今の治療行為で疲れている筈なのだが、ベンダーツは少しも態度に表さない。精霊の回復結界でも、精神力は戻らないのにだ。
後半ふざけた事を口走っていたが、視線を向けただけで勝手に話を締め括る。両手を軽く上げて無抵抗の意思表示をするくらいなら、そんな軽口は叩かなければ良いのだ。
「…………ありがとう」
それでも精神的にも肉体的にも余計な事を言う余裕がない俺は、短く礼だけ告げる。
そしてメルを抱き寄せて立ち上がるが、寝具の場所までの二、三歩すら身体が悲鳴を上げる体たらくだった。
やっとの事で寝袋を広げた上にメルを静かに横たえたが、既に限界が来ている俺はその隣に倒れ込むように身体を伸ばす。
それだけで全身が軋んだ。左肩は最早感覚がないが、ただただ熱い。
「おやすみ、ヴォル。お疲れ様でした」
穏やかなベンダーツの声が聞こえた。
だが俺はそれへ返す事すら出来ず、意識が落ちる。これ程までに疲弊したのは久し振りだった。
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