「結婚しよう」

まひる

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第五章

10.クスカムの人間は穴熊か?【3】

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「よし、それなら三人まとめて一晩俺んとこ泊まっていけ。あ、言っとくけど狭いからなっ」

「本当か、ありがたいねぇ。ほとんど毎日野宿だから、久しぶりに屋内で寝られそうだ。狭かろうと何だろうと、ヴォルに縮んでもらうから問題ないさっ」

 ベンダーツさんと意気投合した、若い男性の家に宿泊出来そうです。
 それにしても話の振り方が上手いですね、ベンダーツさん。こんなスキルがあるとは思ってもいませんでした。

「はははっ、その魔剣士は確かにデカイがなっ。さぁ、こっちだ。俺の後についてきな」

 他の人達も手にしていた農具を完全に下ろしているので、特別反対意見等もなさそうです。
 そしてその人の後に続きながら、私達はクスカムの奥へといざなわれました。

「この集落はクスカムってんだが、外地からの来客がほとんどないから宿屋自体ないんだ。食事処はあるから、飯はそこで食べてくれ。んで、ここが俺ん家。母ちゃ~ん、ちょっと友達泊めてくれ」

 道すがら聞いたのですが、この男の人はネパルさんと言うらしいです。お母様と二人で暮らしているとの事でした。
 そしてネパルさんは私達を玄関先に待たせ、中へと大声をあげながら入っていきます。

「んまぁ、冒険者かい?魔力がなければここには来られないから、その魔剣士とやらは余程の強者つわものだねぇ。え?精霊つき?尚更、何をするか分かったものじゃないじゃないか。……ったく。一晩泊める事は構わないが、気を付けなよ?強者は常に力にものを言わせようとするからね」

 奥で話しているようですが、どうやら壁があまり厚くはないのでしょう。お母様らしき女性の声が丸聞こえでした。そして当たり前の事ながら、私達を警戒しているようです。
 いきなり知らない人達を自宅に宿泊させるのですから、普通は怖いと私も思いました。

「聞こえてるっての。わざとか?」

 呆れたようにベンダーツさんが呟きます。
 苛立っている訳ではないでしょうが、建家の周囲を観察しながらの言葉でした。それに対してヴォルは首肯しつつ、それでも善意を向けてくれたネパルさんのお母様を擁護します。

「間違ってはいない。力ある者が傲慢ごうまんであるのは、いつの世も変わらない」

「でもヴォルは違うのに……」

「それ、計算?メルってば、本当にどうやってヴォルを落とし・・・たんだか」

 何故か、ベンダーツさんに胡乱うろんな視線を向けられてしまいました。
 けれども言葉の意味が理解出来ず、私は首をかしげてしまいます。

「私、ヴォルを落とし・・・てなんかいないですよ?」

「……いや、それたぶん意味が違うから」

 呆れたように溜め息をかれました。どうやらベンダーツさんと私は、この件に関して言葉が通じ合っていないようです。

「余計な事を言うな、マーク。メルが混乱するだろう」

「何、この馬鹿さ加減が良いの?」

「お前、口が過ぎるぞ。メルをおとしめるような事をすれば、俺がお前を潰すからな」

 そんなベンダーツさんにヴォルが鋭く口を挟みました。
 急に怖い口調になったヴォルに、私の方が驚いてしまいます。──潰すって何をですか。

「はいはい、すみませんね~。ったく、コロッと性格が変わりやがって。……まぁ、今の方が人間らしくて良いけどな」

 後半はかなり小声でした。でも、ベンダーツさんも今のヴォルが好きだと言ってくれましたよ。
 何だかとても嬉しいです。

「はいは~い、お待たせっ。母ちゃんを説得するのに手こずってさ。本当に待たせて悪いな」

 ネパルさんが家から頭をきながら出てきました。──いえ、話は聞こえていましたけれど。

「いや~、こっちの方が突然邪魔したもんだから。悪いね、本当。喧嘩にならなかったか?」

「良いって事さ。まぁ、風呂はないから泉で水浴びするくらいしか出来ねぇけど」

 人懐っこい笑みでベンダーツさんが問えば、ネパルさんは少しだけ苦笑を浮かべます。
 このような小さな集落でお風呂が各家庭にある事は稀なので、その辺りを私達は気にしていませんでした。──でも。
 『泉』という単語に、私たち三人が思わず視線を交差させます。このクスカムに立ち寄った目的が『精霊の泉』なのですから。
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