魔女の闇夜が白むとき

古芭白あきら

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第十章 剣仙の皇子と月門の陰謀

十の壱.

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「ご足労頂き感謝申し上げます」

 刀夜達を呼び止めたのは丹頼と名乗る老人。

 彼は刀夜達を自分の屋敷へと誘った。

「いや、構わない」

 丹頼の名に刀夜は聞き覚えがあり、一度会ってみたいと思っていた。

「丹頼、お主は翠蓮の祖父だそうだな」

 翠蓮の話では丹頼が蘭華の後ろ盾になっているらしい。そこら辺の事情で刀夜は引っ掛かりを覚えた。

「はぁ、確かに翠蓮は手前の孫娘でございますが……」

 刀夜から意外な問いを掛けられ丹頼は驚きで僅かに目を見開いた。

「あれにお会いになられたので?」
「ああ、聞き込みに診療所を訪ねた時にな」

 突然やって来て蘭華の胸に飛び込んだ元気な翠蓮を思い出し、刀夜の口元に自然と笑みが溢れる。

「孫娘が何か粗相を致しましたでしょうか?」

 目に入れても痛くない可愛い孫娘だが、それだけに甘やかしてお転婆娘となった孫が知らずに皇子様に無礼を働いたのではないかと丹頼はひやりと肝を冷やした。

「申し訳ございません。あのように跳ねっ返りに育ってしまいまして」

 丹頼は恐縮したが、刀夜はからりと笑った。

「確かに少々元気過ぎるようだが、芯のしっかりした真っ直ぐで良い姑娘むすめだ」
「恐れ入ります」

 刀夜が悪い印象を持っていないと分かり丹頼はほっと胸を撫で下ろす。

「蘭華に随分と懐いているようだったが?」
「翠蓮は常夜の森で妖魔あやかしに襲われているところを蘭華に救われましたからな」
「それで翠蓮は蘭華を慕っているのか」
「はい、あれはもう三年も前の事になりますか……」

 丹頼は路干によって常夜の森で危険に晒された翠蓮が蘭華に救われた出来事を語った。その話に刀夜は頷き納得したが、夏琴は驚きにうなった。

「玃猿は並の武人では歯が立たない難敵ですぞ」

 それをいとも容易たやすく一蹴するとなると、蘭華の実力は少なく見積もっても宮の方士と同等となる。

「驚く事でもない」

 だが、刀夜は予想していた範囲内だと然程さほど驚かない。

「蘭華は常夜の森で生活しているのだ今更であろう」

 刀夜の指摘に夏琴はそうでしたなとぽりぽり頬を掻いた。

「だが、確かに施療院での治療や常夜の森の結界の件も含め、あのわかさで蘭華の能力は異常ではある」

 引っ掛かりはそこである。

「それに、あれ程の術者がどうして片田舎で隠棲しているのかも不思議だ」
「そうですな。迫害を受けながら月門に留まっているのも奇異な話です」

 刀夜の疑問に夏琴も同調する。

「その迫害も妙だ」

 まちで蘭華の扱いを目の当たりにして刀夜にはどうにも納得できない。

「強い力を持つ者を恐れるのは分からなくもない。常夜の森で一人暮らす蘭華を不気味に思う気持ちもな」

 人は弱く、強大な力に恐怖する。また、自分の常識から外れる者に忌避感を抱くものだ。だから刀夜も月門の者達が蘭華を敬遠するのを理解できなくもない。

 だが――

「蘭華は献身的に尽くしている」

 刀夜が納得できないのはそこだった。
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