死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

文字の大きさ
上 下
64 / 101
第二章

ミレーネの覚悟

しおりを挟む
 少しだけ時はさかのぼる。
 レオナルド達が一時間目の勉強をしている頃のこと、ミレーネは私服姿となり、誰にも別れを告げることなく、クルームハイト公爵家の屋敷を出た。そこで一度立ち止まると振り返り、遠い目で屋敷を見つめる。その表情にはいくばくかの寂しさがにじみ出ていた。

 昨日、フォルステッドから最後に言われた言葉がよみがえる。

「ならば私から言えることは一つだ。私は君のご両親に君を守るとちかった。もちろん君との約束も忘れてはいない。だからもしも君がおさえてくれるのならこれからもここで働いてもらいたいと思っている。今回の件も私が処理する。だが、そうでないならば、その力を使い自身の衝動しょうどうしたがうというのなら……、公爵家とは無関係の者として、ここをめてもらわなければならない」

 そこまで言ってもらえて嬉しくなかったと言えばうそになる。
 ぞくを追跡するレオナルドを追うためとはいえ、あんな非道な―――少なくともミレーネ自身はそう思っている―――暗殺対象をどこまでも逃がさないための闇魔法『ハイディングエイム』を使ったのは自らの意思だ。

 身体強化魔法『エンハンスフィジカル』や探知魔法『エリアサーチ』といった使用者の魔力属性に関係なく多くの者が使える魔法は、一方で使用者による効果の差が大きいものだ。ただ、その理由については属性の影響えいきょうを受けているからだとか、使用者の魔力量の差によるものだとか、育ってきた環境によるものなんていう説まであるほど、現在でもまだまだ解明されていない。だから考えついた言い訳で誤魔化ごまかせると思っていた。

 けれどフォルステッドは誤魔化せなかった。そもそも、あのときのレオナルドはミレーネが闇魔法を使えると知った上で、騎士をれてきてほしいと願った。直接闇魔法を使ってくれと言われた訳じゃないし、確認こそしていないが、知っていたのは間違いないだろう。すでにレオナルドに気づかれていたのだから、フォルステッドに気づかれないだろうなんていう考えは甘かったのだ。

 それなのに、フォルステッドは厄介者やっかいものでしかないだろう自分に、これからも居ていいのだと言ってくれた。

 クルームハイト公爵家に引き取られてからの日々は本当におだやかだった。優しい人達ばかりの中、親のかたきを目にすることもなく過ごすことができたのだから。特にここ一年くらいはレオナルドを時々揶揄からかって、主にレオナルドやセレナリーゼのお世話をする日常が楽しかった。楽しめている自分に驚いたが、そんな自分も嫌ではなかった。
 これからもそんな日々が続いて、いつの日かフォルステッドがクルエール公爵家とブルタル伯爵家のつみあばき、ジェネロ男爵家の汚名おめい返上へんじょうし、再興さいこうしてくれる未来もあったかもしれない。

 でもそんな未来はもう来ない。他でもない、自分自身でその道はざしてしまった。
 あの日、グラオムとネファスにからまれたときからこうなる運命だったのだ。
 自分には彼らの家へのうらみを忘れることなど決してできないのだと痛感つうかんしたから。
 もしも彼らがもう少し心根こころねの良い人間だったなら、なんて詮無せんないことが頭をよぎるが、自分のかかえる恨みがそんなことでうすらぐとは思えない。結局は出会ってしまった時点で殺意を抑えることなんてできなかっただろう。

 だからやっぱり今このタイミングで自身の闇魔法のことを問いただされたのはいい機会だったのだ。フォルステッドも言っていたが、これで心置きなく自分の衝動に従える。

 もうここに戻って来ることはない、そう考えると胸の辺りに息苦しくなるような痛みを感じるがこれは自分で決めたことだ。
 ミレーネは、未練をち切るように前を向くと一歩一歩しっかりとした足取りで歩み始めた。向かうのはもちろんネファスに渡された紙に記載きさいのあった場所だ。グラオムとネファス、この二人を殺すために―――。


 その場所にあったのは、二階建ての酒場だった。
 指示された正午にはまだ早いがそんなことはおかま《かま》いなしに、ミレーネは扉を開けて中へと入る。
 もしまだ来ていなかったら待ち構えてやればいい。

 まだ昼間だからだろう、一階に客は一人もいなかった。
 ただカウンターの中に店主とおぼしき男が一人立っていた。筋骨きんこつ隆々りゅうりゅう禿頭とくとうの男は、店主というよりも、いかにも荒事あらごとれた裏稼業かぎょうの人間に見える。
「あんたミレーネか?」
 そんな風貌ふうぼうの男がうつろな目で入ってきたミレーネを見やり、確認してきた。
「はい」
 ミレーネの声がかたくなる。どうやら彼にも話は通っているようだ。
は二階でお待ちだ」
 ミレーネの返事を聞いた男は親指で階段を指差し、それだけを言った。
 当然かもしれないが、この男もネファス側の人間なのだろう。そして、ネファス一人ではなく複数人いることもわかった。昨日の感じからすると、グラオムも一緒にいる可能性が高い。
 一対多数での戦い、しかもそれなりの魔力を持っていることが確定している貴族を同時に相手するのは正直きびしいが、今さらそんなことを気にしても仕方がない。むしろ彼ら二人とここで決着をつけられるのなら望むところだ。

 ミレーネは一つ深く息をくと、決意をあらたに、警戒けいかいしながら慎重しんちょうに階段をのぼっていく。

 ミレーネが階段のおどえた瞬間、彼女は奇妙きみょう違和感いわかんおぼえた。それと同時にそれまで感じなかったむせ返るような嫌なにおいが鼻をつき、思わずまゆを寄せる。

 一層警戒心を増しながら階段を上りきったミレーネは、
「っ!?」
 広がる光景に目を見開き固まってしまった。

 そこは広々とした部屋で、大きなベッドが二つに、ソファとテーブルがある。それだけでなく、拷問ごうもん器具のようなものがあり、一目で卑猥ひわいな道具とわかるものもあちらこちらにころがっていた。
 さらには床に裸の女性が二人倒れており、気を失っているのかピクリとも動かない。彼女達がここで何をされていたのか、想像するのもおぞましい。ミレーネの中で怒りが沸々ふつふつき、心が冷たくなっていく。

 そんな部屋で、ガウン姿のグラオムとネファスがゆったりとしたソファに座り、優雅ゆうがにワインを飲んでいた。
 二人は、ミレーネの姿を目にとめると、ニヤリと下卑げびた笑みを浮かべる。そして、
「ミレーネか。約束の時間よりも随分ずいぶん早いじゃないか。こちらの準備のことも考えてほしいなぁ」
 固まっているミレーネを面白おもしろがるように見つめながらネファスが言った。
「…………」
 ミレーネは言葉を返さない。いや、もしかしたら返せないのか。
「まあいい。はすぐに片づけさせよう」
 ミレーネが無反応なことも楽しんでいるのか、ネファスがニヤニヤしながらそう言うと、どういう理屈りくつなのか、すぐに下から店主の男が上がってきて、ネファスの指示に従い、倒れている女性二人をかかえて下りていった。
 ミレーネは顔をしかめつつも、その様子を見ていることしかできなかった。今の自分に彼女達を助ける余裕はないから。
「さあ、いつまでもそんなところに立ってないで入ってくるんだ」
 ネファスは少し興奮こうふん気味ぎみなのか、嗜虐しぎゃく的な笑みでミレーネに命令した。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

処理中です...