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第二章

憎しみの発露

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 ミレーネは数歩進んで部屋に入るとそこで足を止めた。
「どうした?もっとこっちに来いよ。…ああ、もしかしてさっきの女たちを見ておくしたのか?だが、ここに来たら何をされるかなんてわかっていただろう?」
 なぶるようにミレーネへ言葉をびせるネファスだが、
「まあ、待ちたまえ、ネファス」
 それをグラオムが止めた。

「何ですか、グラオムさん。今日は僕の好きにさせてもらえる約束じゃ―――」
 ネファスはグラオムが約束を反故ほごにする気ではないかと警戒けいかいするが、それは続くグラオムの言葉で否定された。
「もちろん、この玩具おもちゃはキミのものだ。きるまで好きに遊べばいい。こわれていなきゃその後俺も楽しませてもらうかもしれんがな」
「じゃあどうしたっていうんです?僕は昨日から楽しみ過ぎて昨夜ゆうべは発散するのが大変だったんですよ?」
「キミにしてはめずらしく一夜で壊してしまったくらいだしな。それは十分わかってるさ。いやな、この女、いやクルームハイト公爵家はキミに支払うべきものがあるだろう?それを先に受け取ったらどうかと思ってな。こちらは当初の約束通り半分をもらうぞ?」
「ああ、なるほど。確かにそれもそうですね。約束はちゃんとわかってますよ。おい、ミレーネ。手ぶらに見えるが、金貨三百枚はどうした?ちゃんと用意したんだろうな?」
「…………」
「女、早くネファスの問いに答えろ。今回の金は大事な資金しきんなんだ。俺達が楽しむのにも自由に使える金が必要でな。そのためにわざわざ馬鹿ばかな王子の機嫌きげんをとって、かつぎ出したんだ」
「ああ、そうだ。本当、僕達があの馬鹿を動かすのにどれだけ苦労くろうしたことか。思い出しただけでイライラしてきた。対価はしっかり貰わないと。それで?金はどうしたんだ?」
「まさかと思うがクルームハイト家は王子の命令にさからう訳ではあるまい?」

 耳をふさぎたくなるほどひどい会話だった。
 グラオム、ネファス、二人ともその表情や言動から―――いや、その存在自体から下衆げすな人間性がはっきりと伝わってくる。
 親が親なら子も子ということだ。
 こんな人として最低なクズ達が思うがままにやりたい放題するために、自分達家族はこわされたのかとにくしみの炎が一層いっそうさかる。そして先ほどの女性達を見てもわかる。この連中に人生をめちゃくちゃにされたのは間違まちがいなく自分達だけではないのだろう。いったいどれほどのつみなき人々がこんな奴らにもてあそばれてきたのか。

「……お金は持ってきていません。私はもうクルームハイト公爵家のメイドではありませんので」
 ミレーネの声は少しふるえていた。何かを必死でこらえているように見えたグラオム達はそれを恐怖でいっぱいなのだろうと受け取った。
「はぁ!?」
 ネファスはおびえているくせに金を持ってきていないなどとふざけたことを言うミレーネに目をむいた。一方、グラオムはメイドではないという言葉に反応する。
「クハハハッ!なんだお前、クルームハイトに捨てられたのか?こいつは傑作けっさくだな。お前を捨てたところで王子の命令が無くなる訳ではないというのになんと滑稽こっけいな。お前もひどい家につかえてしまったものだなぁ」
「笑い事じゃないですよ、グラオムさん!金はどうするんですか!?」
「問題ないだろう。言った通り、王子の命令は健在けんざいなんだ。あの馬鹿を前面に出して堂々どうどうと取り立ててやればいいだけだ」
 この考えがあったから、グラオムはミレーネが金を持ってきていないと言っても余裕だったのだ。
「そっか。そうですよね!」
 グラオムの言葉に、あせった様子だったネファスの顔が明るくなる。
「それに期限は今日だ。おくれるようならその分の利子りしも追加してやろう」
「おお!いいですね!ぜひそうしましょう」

 グラオムとネファスが盛り上がっているところに、
「……いいえ。あなた達がお金を受け取ることはありません」
 ミレーネの静かな声がひびいた。もう声は震えていない。先ほどはどうにかなってしまいそうなほどの怒りや憎しみで震えてしまったが、今はその気持ちが飽和ほうわしてしまったからなのか、みょうに冷静だった。
「何?」
「どういう意味だ?」
 話に水を差されたグラオムとネファスは不快げな表情でミレーネに目を向けたが、彼女は下を向いていてその表情はうかがえない。

「……あなた達は知らないかもしれませんが、七年前、第一王子殿下の暗殺未遂みすい事件が起きました。その際、クルエール家とブルタル家は、曖昧あいまいな証言一つで、他に何の証拠しょうこもないにもかかわらず、当時第二王子派にぞくしていたジェネロ男爵を即座そくざに犯人と断定だんていした。そして弁明べんめいの機会も与えられないまま男爵及び夫人は処刑しょけいされた」
「いったい何の話をしているんだ?」
「……まさか?」
 ネファスは突然昔の話をし始めたミレーネを不審ふしんがるが、グラオムは何かに気づいたようにつぶやいた。
 ミレーネは顔を上げると、キッとグラオムとネファスをにらみつけ、
「……私は無実のつみ無念むねんの中殺されたジェネロ男爵家の娘です!私は両親を殺されたうらみをずっとかかえ続けて生きてきた!」
 二人に向かって声を張り上げ自分の正体しょうたいかした。
「なっ!?お前がジェネロ男爵の娘だって!?」
「…………」
 ネファスが動揺どうようしたような反応を示し、グラオムは目を見開きつつも、無言でミレーネを見つめる。

「それでもクルームハイト公爵家での日々はおだやかだった。けど、そんな私の前に、あの日あなた達があらわれ、あろうことか絡《から》んできた!あなた達が当時の事件に直接関係していないとしても、クルエールとブルタルであるというだけで、あなた達への憎しみがどんどんしていった!しかもあなた達は、親が私の両親にしたのと同じように私につみを着せた!そんなあなた達への怒りや憎しみを私はもうおさえることができなくなった!…だから今日、私はあなた達を殺しに来た!」
 感情が一気いっき爆発ばくはつしてしまったミレーネは、言い切った後、はぁ、はぁと荒い息を吐いている。二人を睨む目からはいつからか涙がこぼれていた。

「ぼ、僕達を殺しに来ただと!?」
 ネファスが狼狽うろたえた様子を見せるが、
「フ…、フハハ…、フハハハハッ!」
 グラオムは大きな笑い声をあげた。
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